三章

1話 ローズ姉妹、王都に降り立つ


 私とローレッタは天高く舞い上がった。

 正確にはローレッタの風魔法でぶっ飛ばされた感じ。

 けっこうな速度で雲の上まで到達した私たちは、顔を見合わせて笑った。


「さぁローレッタ! 今日から私たちは空挺だよ!」

「はいお姉様! あたしたちは空挺です!」


 私とローレッタが自由落下を開始。

 雲を突き抜けて、眼下に中央の街並みが広がった。

 そう、ここはローズ領ではない。

 ハウザクト王国の中央直轄領、その王都である。

 大きな王城があって、王城の周囲には水堀。

 そして、綺麗で統一感のある民家やお店などの屋根。

 碁盤のようにきっちりと引かれた道。


 うーん、なんとも美しい街並みだね。

 ローズ領も負けてないけどさ!

 まぁそれはそれとして、高いところから落ちるのって、本当に楽しいなぁ。

 チラッとローレッタを見ると、ローレッタも楽しそうだった。

 私たちは2人ともドレス姿にパラシュートを背負っている。


 パラは仮創造したもの。

 そのうち、本物を作ってもらう予定だ。

 私は割と金持ちなのだ。

 公爵令嬢だからじゃなくて、火縄銃の設計図を売ったお金と海賊退治の報奨金があるから。

 さて、そろそろかな。

 私がパラシュートを開くと、ローレッタも同じタイミングで開いた。

 そこからは、ゆっくりのんびり空中の散歩である。


「空から下界を見下ろすの、本当に楽しいですねお姉様!」ローレッタが言う。「神様になったみたいです!」


「なるほど! 神様視点か! いいねそれ! とりあえず、祖父母のお屋敷の庭に着地するんだよ!」

「はい! 大丈夫です!」


 私たちは移動方向を操作しつつ、祖父母の屋敷を目指した。

 祖父母の屋敷がハッキリと視認できるようになると、庭に側仕え2人と護衛騎士2人が立っていた。

 そして私たちを指さしている。

 側仕えは中央に一緒に来たセシリアとフィリスだ。

 護衛騎士はローズ領から私らを護衛している。

 つまり中央騎士ではなくローズ騎士。

 まず私が庭に着地し、手際よくパラシュートを仕舞う。

 少しタイミングをずらしてローレッタも着地。

 私と同じようにパラシュートを仕舞った。


「うん! 完璧だよローレッタ! これで私たちは、いつでもどこでも好きな場所を急襲できるね!」

「はいお姉様! 空挺訓練修了のワッペンは貰えますか!?」


 ローレッタがキラキラした瞳で言った。

 私は力強く頷く。


「ミア様」


 私の背後に立ったセシリアが低い声で私を呼んだ。


「どこかを急襲する必要はありません」

「だけどセシリア……」

「だけど、はナシですミア様」


 セシリアはちょっと怒った風に言った。


「ローレッタ様、勝手に空高く飛んで行かないでください」


 フィリスが頬を膨らませながら言った。


「しかしフィリス……」

「しかし、はナシですローレッタ様」


 フィリスが溜息を吐いた。

 そして泣きそうな表情で頭を抱えた。


「目を離さなかったのに、離さなかったのにぃぃぃ!!」

「知っていますフィリス。わたくしも、目を離していません。わたくしたちが見ている前で、突然飛びましたからね、2人とも。ええ、わたくしもビックリです」

「ぐすんっ、2人がどこに行ったのかも分からず、ああ、嫌だわ! わたし、今度こそ解雇されるって気が気じゃなかったんですよ!?」


「ごめんよ2人とも」私が謝る。「今度からは、空に行くってちゃんと伝えるよ」


「「むしろ空に行かないでください!」」


 セシリアとフィリスの声が重なった。

 護衛騎士たちは苦笑いしながら私たちを見ていた。


「あらー? 2人は空に行っていたのぉ? どうだったぁ? 街並み、綺麗だったでしょー?」


 非常におっとり、のんびりした口調で言ったのは私の祖母。

 ちょうど、屋敷から庭に出てきたところだ。


「はいお祖母様!」ローレッタが言う。「ローズ領に勝るとも劣らない美しい街でした!」


「そうでしょう、そうでしょう」


 祖母はニコニコと笑いながら、何度か頷いた。

 まぁ、祖母と言ってもまだ47歳である。

 名前はイヴリン・ローズ。

 赤毛を低い位置で括っている。

 ちなみに、イヴリンの両親、つまり私の曾祖父母は健在だ。

 でも別の領地に住んでいるし、会ったこともない。

 祖父の方の曾祖父母は両方とも死亡している。


「お城がうちのよりずっと大きかったね」


 私が言うと、イヴリンが私を見る。


「王城だもの。今日の午後はお祖父ちゃんがお城の見学に連れて行ってくれるでしょう?」

「そうだね。私はとっても楽しみだよ」


 事実だ。

 王城の図書館は、ハウザクト王国で最高の蔵書量を誇っている。

 私はそこで、お勉強したいのだ。

 まぁ勉強のついでに?

 あくまでついでだけど?

 攻略対象者の第二王子とか、遠目からチラッとでもいいから、見れたらいいなと。

 ついでにね?

 見れたらいいよね?


「庭園が見たいです!」


 ローレッタが言った。

 そうすると、セシリアとフィリスが溜息を吐いた。


「お願いですから、2人とも、王城ではお淑やかにお願いしますね?」

「本当に、本当に、お願いしますよ? 間違っても中央を倒すなんて言っちゃ、ダメですからね?」

「大丈夫。公爵令嬢らしく振る舞うよ」


「ミア様。ローレッタ様。わたくしとお約束をしましょう」セシリアが言う。「まず、爆弾は絶対に禁止です。空挺もレンジャーも禁止です。いいですね?」


「「はぁい」」


 私とローレッタの声が重なる。

 私らの声って、重なると可愛さが増すから好き。


「爆発物一式ダメです」とフィリス。


 私とローレッタが頷く。


「特に、間違っても迫撃砲を撃ち込んだりしないように」とセシリア。


「ふふっ」イヴリンが笑う。「ミアちゃんあなた、『ローズ領の爆発娘』なんて呼ばれてるのよぉ。ふふっ、おっかしいの」


 他にも色々な呼び名があるようだ。

 あは。

 私ってば有名人!


「真面目に」


 セシリアが私のすぐ前に移動し、膝を突いて、私の両肩に手を置いた。


「ミア様、王城には王族がいます。それに、元々は各領地の公爵だった人たちも多く働いています」


 ハウザクト王国では、公爵の爵位を子供に渡して引退した場合、第二の人生として中央で要職に就く者が多い。

 うちの祖父もそうだ。

 もちろん領地でのんびり余生を過ごす人もいる。

 しかし、長年領地を治めた実績があるので、中央から声がかかるのだ。

 その手腕、今度は国のために使ってみない? 的なね。


「ミア様の言動、ローレッタ様の言動が、今後のローズ領の立ち位置に影響を及ぼすのです。大旦那様のお仕事にも」

「大丈夫だよセシリア。私は余程のことがないと、大人しくするって誓うよ」

「……余程のこと、とは?」

「そうだねぇ、たとえばだけど、私の大好きなドーナッツを奪われるとか?」


 私は冗談のつもりで言った。

 セシリアが小さく溜息を吐いて、私の肩から手を退けた。


「ドーナッツを奪うなんて万死に値しますね」


 ローレッタが怖い顔で言った。

 ローレッタも私も、お菓子大好きである。

 もちろん、食べ過ぎないように注意はしているがね。


「ドーナッツなら、何度でも作って差し上げますから」フィリスが言う。「取られても怒らないようにしてくださいね」


「ふふふ、大丈夫よ」イヴリンが言う。「いざとなったら、修練場を消し飛ばしたみたいに、王城も消し飛ばして何事もなかったことにすればいいのよぉ」


 私は修練場を消し飛ばしてない。

 ちょっと穴を空けただけである。

 どうやら、中央では尾ひれが大量に付いて伝わったようだ。


「大奥様……」セシリアが苦い表情で言う。「ミア様はやりかねないので、滅多なことを言わないでください」


「いやいや! さすがに冗談だって分かるよ!?」


 私は慌てて言った。

 さすがの私でも、自国の王城を爆破したりしない。

 よっぽどのことがない限り。


「おお、こっちにいたか」


 屋敷から祖父が出てきた。

 ちなみに、今日の仕事はお休みである。

 私たちが遊びに来るから、わざわざ合わせて休みを取ったようだ。


「ランチにしよう。それが終わって少し休んだら、お待ちかねの王城探検じゃ!」


 祖父は元気よく言った。


「やった! 楽しみだねローレッタ!」

「はい! 王城楽しみです!」


 ふへへ。

 チラッとでいいから、第二王子に会いたいな!

 図書館のついでにね!

 一応、『愛と革命のゆりかご』のメインルートだしね!

 

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