Extra Story

EX01 戦闘計画とカサカサ移動


「お姉様! 隣の領地を討ち滅ぼすための戦略、及び戦略目標を攻略するための戦術、更には要所での戦闘計画まで立てました! 見てください!」


 ローレッタ様が何か言い出した。

 わたしはローレッタ様の側仕え、フィリス・オドーアティ。

 17歳の女である。

 15歳で平民学校を卒業し、すぐに侍女育成学校に入学、16歳で卒業。

 そしてすぐにローズ家の侍女として就職。

 そのまま結婚まで侍女をやるはずだったのだけれど。

 なぜか。

 そう、なぜかローレッタ様はわたしを側仕えに抜擢した。

 侍女は家に仕え、側仕えは人に仕える。

 もちろん名誉なことだし、給料だって上がるけれど。

 うん、でもね?


「よくやったローレッタ! 確認しようじゃないか!」


 ミア様がローレッタ様の頭をナデナデする。

 ローレッタ様が気持ちよさそうに目を細めた。


「ふふっ、あたし、一切の容赦なく、最速で隣の領地を我が物とするため、一生懸命考えました!」


 隣の領地を征服しようとする令嬢とか勘弁してぇぇぇ!!

 ああ、嫌だわ!!

 ローレッタ様もミア様も真剣そのもの。

 これ、将来、本当に隣を攻めちゃうんじゃないの!?

 やーめーてー!

 うちの国は長いこと内乱もなく、平和なのにぃぃぃ!

 わたしはミア様の側仕えであるセシリアさんに視線を送る。

 セシリアさんは全てを諦めた風な表情で首を振っていた。


 ミア様はローレッタ様の書いた計画書を入念にチェックしている。

 2人とも、大人しくしていたら本当に可愛いのに。

 天使が寄り添ってるのかと思うほど絵になるのに。

 ちなみに、ここはローズ家のリビングルーム。

 ミア様とローレッタ様は現在、外出禁止中。

 正直、もうすぐ年が明けて2人が外出できるようになる日が恐ろしい。

 2人とも目を離すと何をするか分からないお転婆令嬢なのだから。


「これはいい計画だね! 父様に進言してみ……」

「おやめくださいミア様」


 顔を上げたミア様に、セシリアさんが真剣な表情で言った。


「でも隣の領地を……」

「滅ぼしてはいけませんミア様」


「ですがセシリア」ローレッタ様が言う。「我が領地が世界最強の座に就くための第一歩なのです」


「そんな一歩は踏み出さないでください」


 セシリアさんが苦笑い。

 そう、ミア様もローレッタ様も、お転婆なだけではないのだ。

 公爵令嬢にあるまじき凶暴性を発揮するのである。

 普通、公爵令嬢は隣の領地を踏み台にしない。


「しょ、将来が不安だわ……」


 わたしが呟くと、ミア様がわたしに視線を向けた。


「君は本当に悲観的だね」

「誰のせいですか!?」


 わたしは思わず突っ込んだ。

 朝の挨拶の代わりに、隣の領地を滅ぼす計画を立てる令嬢に仕えてるんだよわたし!

 ああ嫌だわ!

 きっと2人は覇道を進み、どこかで倒されるのよ!

 その時に、2人を育成した側仕えとしてわたしも処されるんだわ!


「あたしは、ローズ領を大きくしたいですお姉様」

「それもありだよね」

「ナシでお願いします!!」


 わたしは必死に叫んだ。


「2人とも、仮に隣の領地を倒しても、ローズ領に編入することはできませんよ?」


 セシリアさんが淡々とした声で言った。

 2人はキョトンと首を傾げた。


「あのですね」セシリアさんは頭痛がした時のような表情で言う。「現在の公爵領は建前上、中央から預かっているという形です。よって、土地の振り分けは中央が行います。分かりますか?」


「つまり、私たちが戦争に勝っても、中央の許可がなければ隣の領地はそのまま残るということだね?」


 ミア様の言葉に、セシリアさんが大きく頷く。


「まぁそもそも、戦争が始まった時点で中央が即座に介入してくるでしょうね」


 セシリアさんの言葉は事実だ。

 学校で習うことだけど、まぁミア様とローレッタ様はまだ幼いので、知らないのも無理はない。

 我がハウザクト王国は、現在の王家が統一して以来、内乱や内戦が起こらないようにかなり気を配っている。

 領兵の制限や傭兵の禁止もその一環。


「ではやはり」ローレッタ様が真剣な表情で言う。「先に中央を滅ぼす方がいいですね」


「余計ダメです」


 セシリアさんの頬が引きつっている。

 ローレッタ様、何を普通に中央に牙を剥こうとしてるんですか?

 叛意を隠そうともしないっ!

 ああ、嫌だわ!

 これいつか中央の耳にも入って、逮捕とかされるかも!

 その時にわたしも仲間だと思われて、一緒に処されるんだわ!


「中央を滅ぼすなら、そのままローズ王朝を打ち立てた方がいいね」

「いえ、打ち立てないでくださいミア様。そして滅ぼさないでください」


 セシリアさんが間髪入れずに突っ込む。


「そうなんだよねぇ、私が支配しちゃうと、バッドエンドがちょっと怖いよね」


 ボソボソとミア様が言った。

 よく聞こえなかったけど、何かが怖いらしい。

 ミア様にも怖いものってあるんだなぁ。

 できれば中央のことも、もう少しでいいから恐れてください。


「まぁとにかく」ミア様が話を締めに入った。「計画は素晴らしかった。中央向けのも……」


「お願いだから作らないでぇぇぇ!」わたしは半泣きで言った。「それ、叛意の揺るぎない証拠ですから! 本当、危ないですからそれは!」


「フィリスの言う通りですミア様」セシリアさんが補足する。「中央への叛意だけは、形に残してはいけません。というか、口に出すのも止めてください」


「なるほど。私たちがもっと力を付けるまで、爪は隠しておいた方がいいということだね」


 ミア様がいい表情で言った。


「なるほど。さすがセシリアですね」


 ローレッタ様も納得した様子。

 うん。

 でもね?

 そうじゃねぇぇぇぇぇ!!

 わたしは下品な口調で叫びたくなるのを、必死に我慢した。


「よし、じゃあローレッタ、計画は頭の中だけで立てるとして」


 頭の中でも、できれば止めてほしいけど。

 それでも形に残されるよりはまだマシである。


「今日も訓練しようか!」

「はいお姉様!」


 2人が安物の服のまま、庭に出た。

 わたしとセシリアさんも続く。

 見張ってないと、何をするか分からないから本当、目が離せないのだ。

 そしてミア様とローレッタ様は地面に這いつくばった。

 もうこの時点で公爵令嬢にあるまじき行為である。

 でも、さすがにこのぐらいはわたしも慣れた。

 慣れなきゃ身が保たない。

 ああ、もちろん精神も。

 セシリアさんも涼しい顔をしている。


 ミア様とローレッタ様は地面に伏せたまま、虫のようにカサカサと移動を始めた。

 絶対に他人には見せれないやつ!

 見られたら婚約破棄されるレベル!

 まぁ2人ともまだ婚約とかしてないけども。

 2人は庭の端から端まで這って移動。

 わたしとセシリアさんも付いて歩く。

 このカサカサ移動は、ほふく前進というらしい。

 ミア様曰く、


「隠密性と遮蔽性を高めた移動方法で、銃弾飛び交う戦場での被弾率を下げる効果もある」


 とのこと。

 なんで戦場に出る気満々なんでしょうね?

 歩兵に求められる基本的な技術だそうです。

 うん。

 なんで歩兵になる気なんでしょうね?

 あと、銃弾が飛び交うのってまだ先の話ですよね?

 この前、銃の設計図を売ったばかりだし。

 まぁどうであれ。

 公爵令嬢は戦場に出ないっ!

 公爵令嬢は歩兵にならないっ!

 わたしは心の中で何度も突っ込みを入れた。


 そう。

 これがわたしの日常。

 勘違いして欲しくないのは、わたしは別に2人が嫌いなわけじゃないってこと。

 むしろ2人とも可愛いし、好き。

 ただね?

 もうちょっと公爵令嬢らしくして欲しいだけ。

 もうちょっと、お淑やかに過ごして欲しいだけ。

 現在、領民たちの間では、『ローズ領の万能美少女姉妹』と名高い2人なのだけど。

 今のカサカサ移動見られたら、一瞬で全部消し飛ぶからっ!

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