4話 お花を愛でたいお年頃


「えー、本日はお日柄もよろしく、中央もローズ領も、誠におめでとうございます」

「結婚式ですかミア様。違います」

「えー、本日はお日柄……雨だったらどうしようセシリア」


「お日柄は天気のことではありません」セシリアが溜息を吐いた。「縁起の良い日という意味です」


 私は現在、挨拶の練習中である。

 なぜって?

 中央騎士とローズ騎士の合同訓練の最初に、私が領主一族として挨拶するからだ。

 どうしてそうなった。


「訓練の日は縁起がいいのですか?」


 ローレッタが首を傾げた。

 ああん、首を傾げるローレッタも可愛い!


「いえ、普通の日です」


 セシリアは壁のカレンダーを見ながら言った。

 ここは我が家のリビングルーム。

 おかしいな、リビングって憩いの場じゃなかったっけ?

 最近は私とローレッタの勉強部屋みたいになってるんだけど。

 ちなみに、縁起の良い日は領地によって微妙に違う。

 国が定めた縁起の良い日はみんな一緒だ。

 建国記念日とか、そういうの。

 日本で言うところの祝日に近い感じだ。


「ミア様、他に挨拶は思い浮かびませんか?」


「えっと、挨拶、挨拶……」頭の中に校長先生の挨拶が浮かぶ。「卒業生のみなさん、おめでとうございます」


「何から卒業するんですかミア様は……」


 セシリアが呆れた風に言って、フィリスが口元を押さえた。


「ぐぬっ……」

「お姉様、頑張って!」

「レンジャー!!」


 私が返事をすると、ローレッタが頷く。

 そしてフィリスがビクッとなった。


「なんですかレンジャーって」とセシリア。


「レンジャー教育課程にある場合、返事は全てレンジャーだよセシリア」

「そんな教育課程はありませんミア様。普通に返事をしてください」

「レン……はい」


 くそう。

 早くレンジャー教育をやりたくて、気が逸ってしまった。

 最高に楽しいんだよね、レンジャー教育課程って。

 訓練大好き。

 あ、レンジャー徽章欲しいな。


「ワッペン作ろう」と私。


「どうしたんですか急に?」セシリアが首を傾げる。「まぁ、お裁縫はご令嬢らしい趣味なので問題ありませんが」


「じゃあ、材料買ってくれる?」

「いいですよ。しかし、ちゃんと挨拶ができたら、です」

「了解」


 やった。

 ワッペンは制服や戦闘服に貼り付けて、どの教育課程を修了したか一発で分かるようにしたい。

 そう、レンジャーだけでなく、色々なワッペンを作ろう。

 ああ、その前に制服と戦闘服も作らないと。


「ともかく、ミア様にはローズ公爵令嬢として恥ずかしくない挨拶をして頂きます」


 ああ、これ、ちゃんと挨拶できるまで今日の訓練できないパターンだ。


「あ、そうだ、セシリアが原稿書いてくれたら、私がそれを読むよ?」


「何を自然に楽しようとしてるんですか!?」セシリアが驚いた風に言う。「ちゃんと自分で相応しい挨拶を考えてください!」


 いい考えだと思ったのに、速攻で却下された。

 私が複雑な表情をしていると、セシリアが小さく息を吐いた。


「ではヒントを」

「セシリア大好き!」


 私は思わずセシリアに抱き付いた。

 セシリアは照れた風に私の頭をナデナデした。


「いいですかミア様? イベント開催の挨拶は、まず開催できたことへのお祝いを述べ、イベントの目的を述べ、最後に参加者への激励で締めるのが基本です」


 なるほど。

 私はセシリアから離れ、思い付いた挨拶を口にする。


「中央にローズ領の強さを見せつける場を得られたこと、幸福に思うよ! 我らローズ領が世界最強だと、内外に示そうじゃないか! 諸君!! 今日は中央を打ち倒し、新たなる……」

「違います」



 そして当日。

 私は号令台に乗って、無難な挨拶を口から吐き出している。

 口元には鉄製の音響メガホン。

 ちなみに私はメガホンを左手で握っている。

 ここはローズ領、騎士団の屋外訓練場。

 客席の少ない円形闘技場、という表現がシックリくる場所だ。

 多くはないが、観客もいる。

 現在はまだ午前中で、天候は最高。

 中央の騎士たちは、胸に王家の紋章を刻んでいる。

 ローズ騎士たちは当然、バラの紋章だ。

 みんなが、挨拶中の私を見ている。


「本日の訓練は、中央とローズ領の騎士たちの連携を深めることが目的でございます」


 私は淡々と言う。

 緊張しないのかって?

 ふっ。

 私は訓練された令嬢。

 何も問題はない。

 割とスムーズに、私は開会の挨拶を済ませた。

 そうすると、みんなが拍手を送ってくれる。

 ああ、ちょっと嬉しいな!

 挨拶しただけなんだけど、賞賛されてるみたいだよね!

 そんな風に、いい気分で私は号令台を下りた。

 そして階段を上って家族のいる客席へ。


「良かったわよー」

「うむ。素晴らしい挨拶だったよミア」


 母のジュリアと父のカイルが私に微笑みを向けた。

 ローレッタも「さすがお姉様」と嬉しそう。

 私はローレッタの隣に座る。

 さっきまで私が立っていた号令台に、ローズ騎士団長が登った。

 そして短い挨拶。

 入れ替わりで、中央騎士団の副団長が号令台に移動。

 ちなみに、中央の団長は来ていない。

 今日、中央騎士たちを率いているのは副団長だ。

 って。


「あれ?」


 私はあの副団長を見たことがあるような気がする。

 髪の色は青。

 髪型はアップバング。

 要するに、前髪を上げているという意味。

 筋肉質で、見るからに強そう。

 年齢は30歳前後かな?

 私は副団長をジッと見詰めた。

 そして唐突に、頭の中で何かが繋がり、そして弾けて閃いた。

 いや、弾けちゃダメだろ、って突っ込みは置いとく。

 とりあえず、


 デニス・フォスターじゃん!!


 攻略対象者、レックス・フォスターの父親だ。

 ちなみに、レックス・フォスターはマッチョ好きにはたまらない、屈強な中央騎士である。

 確か、レックスは最年少で騎士になったのだ。

 15歳で騎士になって、ゲーム開始当時は17歳だ。

 私より1つ年下なので、ローレッタと同じ年齢だ。


 さて、話をデニスの方に戻そう。

 ゲーム内で、デニスは騎士団長に昇進していた。

 あは。

 私がぶっ殺すんだよね。

 デニスは正義を重んじる人で、私の言うことをあまり聞かない。

 だから、最終的に、私は彼を殺すのだ。

 レックスルートだと、お葬式のシーンで屈強なレックスが涙を流す。

 すごく印象的で、ドキッとする。

 まぁ、私はリアルマッチョたちと生活していたので、マッチョはそんなに好きじゃなかったけれど。

 あれ?

 これもしかして、レックスも応援に来てたりするんじゃね?

 はふーー!

 マッチョは微妙とか言いながらも、攻略対象者には会いたい私!


「お姉様、キョロキョロしてどうしたのですか?」


 ローレッタが不思議そうに言った。


「刺客がいるかもしれないから、チェックしてるんだよ」


 私はごまかした。

 だって、レックス探してるって言っても、「え? 誰それ?」ってなるしね。


「なるほど!」


「2人とも、ここには騎士と、警備の領兵も多数配置されているんだよ?」カイルが苦笑い。「刺客がいても捕まえてくれるから安心していい」


「あ、うん」


 私は頷きながらも、コッソリと【全能】の魔法を使用。

 目的はレックス・フォスターを見つけること。

 範囲をこの修練場の客席に絞る。

 範囲と人数を減らさないと、きっと魔力が足りないと思ったから。

 イメージは矢印。

 客席の上空に小さな魔法陣が浮かび、赤い矢印が下を示した。

 あそこに、レックスがいるということ。

 魔力も思ったほど減らなかった。

 とりあえず、

 やったぜレックスいるじゃん!


「お姉様?」


 ローレッタが怪訝そうに私を見た。

 魔法陣に気付いたのだ。

 まぁそれはいい。


「お花を愛でに行ってきまぁぁす!」

「お待ちくださいミア様! 愛でるではなく、摘むのでは!?」


 私が立ち上がると、セシリアも慌てて立ち上がった。

 私が駆け出すと、セシリアも駆け出した。

 更にローレッタも私を追った。

 ローレッタが走り出したので、フィリスも走り始める。


「ああ嫌だわ! またミア様が何かやらかすのよ! そしてローレッタ様もやらかして、今度こそわたしは解雇されるのよぉぉ!」


 相変わらず、フィリスは悲観的である。

 私はちょっとレックスを可愛がるだけだし。

 それに、ノエルの時みたいな愚は犯さない。

 ちゃんと挨拶して、ちゃんと友達になるのだ。

 この私が、そう何度もやらかすはずがあるまいっ!

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