2話 ローズ領に鉄砲隊を作ろう
ローズ領のお城、軍務省軍務大臣の執務室。
そこは12畳ぐらいの広さの部屋だ。
本棚と執務机、それから来客用のソファとテーブルが置いてある。
壁には歴代軍務大臣の肖像画。
みんな黒の軍服を着用している。
カッコいいなぁ、私も欲しいなぁ。
そんな風に思いながら肖像画を見ていると、
「ミア様? お気に入りの人物でもいますかな?」
軍務大臣のエリック・スマイスが私の隣に立って言った。
「いや、制服が素敵だと思っただけさ」
私は肩を竦めた。
そうすると、入り口付近に立っているセシリアが私を睨んだ。
言葉使いが悪い、という意味の視線だ。
セシリアの隣にはフィリスも立っている。
この部屋にいるのは私とローレッタ、セシリアとフィリス、そして軍務大臣のエリックとエリックの補佐官。
合計6人である。
「ひとまず、ミア様とローレッタ様はこちらへ」
補佐官がソファを示す。
私とローレッタは優雅な動作でソファに座った。
ドーンっと座ってはいけないのだ。
一体、私とローレッタがどれだけ座り方の訓練をしたことか。
進んでやったわけじゃなくて、マナー講座でしごかれたのだ。
「美しい所作ですな」
エリックは微笑みを浮かべてから、私たちの対面に座った。
エリックは55歳の男性。
筋肉質なオッサンで、黒髪短髪。
服装は肖像画の軍務大臣たちと同じ黒い軍服。
若干、ナチスのSSっぽい。
左腕にローズ領の腕章。
軍帽は執務机の上。
「ありがとう存じます」
私は公爵令嬢モードの言葉使いで言った。
これ以上、普段の喋り方をするとあとで落雷がある。
セシリアの説教という名の落雷が。
「ミア様とローレッタ様が原案を出した改革のおかげで、ワシもかなり楽になりましてな」
うんうんと頷きながら、エリックは上機嫌だ。
機嫌がいいのは、可愛いローレッタがいるからかな?
あ、私も一応、見た目だけはかなり可愛いはず。
「恐れ入ります」
「いやぁ、軍務省内での全権限がワシにある、ということは」エリックが言う。「騎士団内の全権限を騎士団長に委ね、領兵団の全権限は兵団長に委ねることができる。現場は最適な判断を自分たちでできるし、ワシらは全部の書類に目を通さなくてよくなり、みんなハッピーである」
騎士団も領兵団も軍務省の下部組織だ。
以前、改革する前は決定権が領主にしかなかった。
その弊害は、多くの省庁に広がっていた。
物事は進まず、責任者は書類に追われ、領主は過労死寸前。
そんな状況だった。
今はもう違う。
そろそろ、次の改革案を両親に話しても良さそうだ。
私は慎重に改革の影響を見極めていたのだが、問題はなさそうである。
「喜んで頂けたなら、わたくしとしても本当に嬉しい限りです」
言いながら、公爵令嬢スマイルも浮かべる。
なるべく自然に、かつ美しく見える微笑みだ。
これもかなり訓練した。
キツい訓練だったが、令嬢はみんなやっていると言うから驚きである。
セシリアいわく、笑顔は令嬢の武器だそうだ。
武器と聞いたら、訓練せずにはいられない。
「うちの伯爵領も、行政がスムーズになったと喜んでおりましたぞ」
エリックは元々スマイス伯爵だった。
我がローズ領内に、伯爵領は2つ。
東と西の伯爵領だ。
スマイス伯爵領は東。
ちなみに、今のスマイス伯爵はエリックの息子で、エリックは準男爵だ。
「我が領地のためになったようで、ホッとしますわ」
丁寧に喋る私にも、だいぶ慣れてきた気がする。
「さてミア様、本日は新たな武器を開発したとか? その設計図の買い取りを検討して欲しいという話ですな?」
エリックが本題に入った。
私が指をパチンと鳴らす。
そうすると、セシリアが丸めた設計図を持って私のソファの隣まで移動。
「どうぞミア様」
そして私の方に身体を向け、片膝を突いてから設計図を差し出す。
私が受け取ると、セシリアはスッと立ち上がって元の場所に戻った。
私が視線をエリックに送ると、エリックが指で補佐官に指示を出す。
補佐官はすぐに私の隣に移動。
私は補佐官に設計図を渡す。
これ、セシリアが直接、補佐官に渡したら早くね?
でもまぁ、私が渡す、というのがマナーというか前例主義というか、とにかくそうするのが普通らしい。
いつか改革してやる。
補佐官がテーブルの上に設計図を広げる。
エリックがその図をジッと見詰める。
「一応、実演もできますけれど?」
「うむ。この図だけでは、どれほどすごいのかよく理解できんから、実演してもらった方がありがたい」
「こちらが実物の火縄銃です」
私は【全能】の魔法で火縄銃を仮創造。
エリックと補佐官が「おぉ」と目を輝かせた。
火縄銃に、ではなくて私の魔法に。
魔法使いは数が少ないので、一般人が魔法を実際に見る機会は少ないのだ。
「とりあえず、音も大きいですし、外に行きましょう」
私たちは立ち上がって、みんなで城の中庭を目指す。
移動している最中に、私は火縄銃についてシッカリと説明した。
みんなで一斉に撃つのがいいことも話した。
説明を聞いたエリックは、酷く感心した様子だった。
「事実なら、中央を打ち倒してローズ家が新たな王朝として君臨することも夢ではないですな!」
ハッハッハ! とエリックが笑った。
私とローレッタも笑った。
セシリアとフィリス、それから補佐官の表情は少し硬かった。
冗談なのに。
さて中庭に到着。
私は弾丸と火薬を銃口から込めて、朔杖と呼ばれる細い棒で押し込む。
それから、火蓋を開けて火皿に火薬を乗せるところまで丁寧に見せる。
実は私も火縄銃の使い方には詳しくない。
一応、知ってるという程度。
火縄をセットして、火蓋を一度閉じる。
ローレッタに視線を送ると、ローレッタが頷く。
そして大きく息を吸って、
「火蓋切れぇぇ!」
ローレッタが大きな声で号令する。
私は即座に火蓋を開き、姿勢を整え、火縄銃を構える。
戦闘開始のことを、火蓋を切ると言うけれど、これが語源だ。
そして呼吸を整え、対象を狙う。
今回は中庭の木が射撃対象だ。
「撃てぇぇ!」
ローレッタの号令とともに、私が引き金を絞る。
発砲炎が煌めいて、銃声が響き渡り、硝煙が漂う。
音と光に驚いたエリックと補佐官がビクッと身を竦めた。
ちなみに、背後にいるから見てないけど、セシリアは微動だにしていないはず。
もう慣れているのだ。
割と射撃練習したからね、私たち。
「これはすごい、相手を怯ませる効果も実に大きい」
エリックが少し興奮気味に言った。
私は火縄銃を消す。
私たちは木の幹に近寄り、穴が空いていることを確認。
「薄い鎧なら撃ち抜けるよ。距離にもよるがね」
「実に素晴らしい武器だ。弓に代わる新たな遠距離武器として使えるだろうが……」
エリックが思案顔を浮かべる。
「何か問題かね?」
喋り方が普通に戻ってしまったので、セシリアに睨まれた。
だって、銃を撃って興奮しちゃったんだもん!
「時間がかかることですな。準備している間に殺されるのでは?」
「一対一の決闘なら、そうだけど、戦争なら関係ない。あ、いや、関係ございませんわ」私は咳払いして続ける。「それに、わたくしは見せるために、ゆっくり準備いたしましたから。慣れれば、1分もかかりませんわ。訓練した兵士なら30秒前後で一発撃てると存じます」
「軍務大臣には、歴史に残るローズ領最強の鉄砲隊を作って欲しいです」
ローレッタがウルウルした瞳でエリックを見た。
エリックは可愛いローレッタに少し照れたように頬を緩ませた。
これはもう購入でしょ!
可愛いローレッタのおねだりを撥ね除ける強い意志があるとは思えない!
少なくとも、私にはない。
「そ、そんなに可愛くおねだりしても、即決はできませんな……。みんなで一斉に撃った時の、実際に運用した時の様子も見なければ」
エリックが私に視線を送る。
ぐぬ。
どうやらエリックには強い意志があったようだね。
でも、何がなんでも買ってもらう。
私らの戦闘服のためと、ローズ領の強化のために必要なのだから。
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