二章

1話 立派な空挺さんになろう


 冬の訪れを告げる少し冷えた空気が、私の頬を撫でる。

 ここはお屋敷の1階の屋根。

 空は高く青空で、雲は白く穏やかに流れている。

 この世界の暦は13ヶ月で、春夏秋は3ヶ月だが冬は4ヶ月もあるのだ。

 12月、13月、1月、2月の4ヶ月。

 ちなみに今はまだ12月なので、冬と言っても雪が降るほど寒くはない。

 お屋敷の屋根からは、庭や領兵の立っている門もよく見えた。


「お、おやめくださいー! ミア様! ローレッタ様!」


 庭でオロオロしているのはローレッタの側仕え。

 名前をフィリス・オドーアティといい、現在17歳。


「ああ、危ないですよー!」


 20歳になったらフィリスは結婚して引退する。


「大丈夫ですフィリス! あたしもお姉様も、ちゃんと訓練していますから!」


 ローレッタが凜とした声で言った。

 自信に満ち溢れたいい声だ。

 そもそもローレッタの声って超可愛いんだよね。

 ああ、もうずっと聞いていたい!


「ですが! ですがぁぁぁ!」


 フィリスは茶色の髪をサイドテールの形でまとめてる。

 服装は普通のメイド服。


「ではローレッタ、まず私から行く」

「はいお姉様」


 私は屋根の途切れる部分まで移動。

 あと1歩踏み出せば地面にダイブできる。


「あああああ! なんでセシリアさんのいない時にぃぃぃぃ!」


 フィリスがリアルに頭を抱えた。

 あは。

 セシリアがいたら怒られるじゃん。

 セシリアは今日の午前中は休みなのだ。


「ちょっと目を離しただけなのにぃぃぃぃ! いつの間にか屋根の上って!! どういう移動してるんですかお嬢様たちは!!」


 迅速な移動だ。


「さてローレッタ。立派な空挺になるためには、五点着地は必須」


 高いところから落ちた時、あるいは降下した時に使える技術だ。

 簡単に言うと、衝撃を身体中に分散させる方法のこと。


「はいお姉様。何度も練習したので大丈夫です」


 もちろん、もっと低い位置からの練習だ。

 私に至っては、前世でもかなり訓練している。

 水陸機動団に入る前は第一空挺団に所属していたからね、私。


「ああ、きっとお嬢様たちは飛び降りてケガをして、わたしは良くて解雇、悪ければ刑罰を受けるんだわ! ああ、嫌だわ!!」


 フィリスは半泣きで言った。

 元々、フィリスは悲観的な性格なのだ。

 まぁその分、仕事が丁寧だけれど。

 私は溜息を1つ。

 そして頭を切り替え、屋根から飛ぶ。

 力を抜いてつま先で着地、身体を丸めて地面を転がる。

 もちろん、正しい順番で接地して転がった。

 そしてスッと立ち上がる。

 一回転で衝撃を殺せなければ、何度でも回転すればいい。


「素敵な回転ですお姉様!」


 ローレッタが屋根の上で叫んだ。


「ああ、良かったぁ! ミア様は無事! ミア様は無事だったわぁぁ!」


 フィリスが両膝を地面に突いて、神に祈るような姿勢を取った。

 なんて大げさな。

 2階から飛び降りたぐらいじゃ、兵士は死なない。

 ぶっちゃけ、五点着地しなくても無傷だよ?


「では、次はあたしですね」

「おやめくださいぃぃぃぃ! ローレッタ様はおやめください!! お願いですから飛ばないでぇぇぇぇ!!」

「大丈夫だよフィリス」


 あんまりフィリスが悲観的なので、私はフィリスの肩にポンッと手を置いた。

 フィリスの視線が私に向く。

 その瞬間に、ローレッタが飛んだ。

 さすがローレッタ!

 一瞬の隙を突くとは立派な兵士……じゃなかった、公爵令嬢になれるに違いない!

 ローレッタは私と同じように着地し、転がり、衝撃を分散してから立ち上がった。


「どうでしたかお姉様!」


 ローレッタは瞳をキラキラさせて私に駆け寄った。

 ああ、クソ、可愛い!

 はい可愛い!


「素晴らしい五点着地だったローレッタ」私はローレッタの頭を撫でる。「これならもっと高いところから落ちてもきっと無事だよ」


「無事でよかったぁぁぁ! ローレッタ様も無事で良かったぁぁぁ!」


 フィリスが私とローレッタをまとめて抱き締める。

 割と苦しい。

 ああ、でもフィリス見た目より胸あるね!


「とりあえず、もう絶対に目を離したりしませんからね!! それと、服を着替えましょう! ああ、どうして2人に庶民の安い服を着せるのか、なんて疑問に思った時もありましたけれど! すぐボロボロにしてしまうから仕方ないんですよね!」


 フィリスが私たちを解放して立ち上がった。

 ちなみに、私もローレッタも屋敷から出ない時は安い服を着ている。

 理由は、さっきフィリスが言った通り。


「戦闘服があればいのだけど」


 私がそう言うと、フィリスがブンブンと首を振った。

 首もげるんじゃね?

 そう思えるほど激しかった。


「一体、どこの公爵令嬢が戦闘服を着ると言うのですか!」

「ローズ領の公爵令嬢」


 私が淡々と言うと、フィリスが苦笑い。


「お願いですフィリス」ローレッタ上目遣いでフィリスを見る。「戦闘服を買ってください」


「うっ……」


 さすがのフィリスも、ローレッタの可愛さに言葉を詰まらせたようだ。

 そりゃそうだ。

 私も今、ローレッタの可愛さにやられている。

 私がお金持ちなら、速攻で何でも買ってあげるね!

 バリバリ貢ぐね!


「そ、それは……セシリアさんと、相談してください……」


 フィリスが目を逸らす。

 実は私もローレッタも自由に使えるお金を持っていない。

 理由は簡単。

 ローズ家のお金は両親が管理しているし、私たちの生活費やらはセシリアが管理している。

 よって、欲しい物があれば両親かセシリアに頼まなくてはいけないのだ。


「ですがフィリス、セシリアは買ってくれないのです」


 ローレッタが両手を組んで、瞳をウルウルさせた。

 かーわーいーい!!

 ああ、もう!

 ローレッタに貢ぎたい!


「仕方ないよローレッタ。私たちで、お金を稼ごう」


 私がそう言うと、ローレッタは驚いた風に私を見た。


「ミア様!? 何をするつもりですか!? ああ、きっとわたしが責任を問われるようなことをするんだわ! 嫌だわ!」


 フィリスが悲観的に天を仰いだ。


「いやいや、君ちょっと本気で想像力が豊かだね」私は苦笑い。「大丈夫、とりあえずは軍務省に新しい武器の設計図を売るだけだから」


「火縄銃ですか?」とローレッタ。


 さすがに察しがいい。


「その通りだよ。元々、最強領地10年計画の中に銃の配備は組み込んでいるからね。多少、順番は前後するけど大丈夫だろう」


 すでに火縄銃の設計図は書いている。

 ちなみに、私は銃の設計なんかできない。

 書けたのは【全能】の魔法を使ったからだ。

 目的は『現在のローズ領でも作れる銃の設計図を書くこと』で、イメージは自動書記。

 この魔法で、万年筆を持った私の手が勝手に設計図を創り上げた。

 すごく手が疲れた。


「ちょっと待ってくださいミア様」フィリスが言う。「最強領地10年計画って何ですか?」


「ローズ領を世界最強にするため、最初の10年でやる改革」


 私が言うと、フィリスの頬が引きつった。


「さ、最強の領地って、ミア様は将来、何をするつもりですか!? 世界征服でも目論んでいるのですか!? 覇道ですか!? 覇道を征く系ですか!?」

「そこまで考えてないよ。今はまだ」


 領地を富国強兵したいだけで、世界征服は目指してない。


「ああ、ミア様、もっとお淑やかで穏やかな人生を過ごしましょうよ!」

「ん? 私の人生は十分、穏やかだよ?」


 前世に比べれば、全然もう平和そのもの。


「全然穏やかじゃないです! 特に周囲の人間は!」

「君はちょっと悲観的だからそう思うんだよ」

「わたしのせいですかぁぁぁぁ!?」


 フィリスは相当驚いたようで、ものすごく大きな声で言った。

 自覚なかったのか。

 まぁ別にいいけどさ。


「とりあえず、軍務大臣にアポを取っておくれ」


 私が言うと、フィリスは小さく溜息を吐いた。


「分かりました。侍女に伝えに行き……」


 そこまで言って、フィリスは言葉を切った。

 そして私とローレッタを順番に見た。

 どうしたのだろう?


「お嬢様たちは目を離すと何をするか分からないので、一緒に屋敷に入りましょう」


 あはー。

 もう1回ぐらい飛びたかったのになぁ。

 

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