12話 新しい人生に乾杯
護衛騎士が治安維持隊に連絡して、侍女の死体は彼らが始末してくれた。
ついでに、事情聴取も護衛騎士が全て代わりに行ってくれたので、私たちはとっても楽だった。
護衛騎士、便利すぎ。
「さてと、それじゃあ、そろそろ私たちは帰ろうかローレッタ」
クリスタル家の応接室で、私が言った。
全てが片付くまで、私たちはここでお茶会をしていた。
すでに、日が傾き始めている。
「そうですね。今日は楽しかったですノエル」
ローレッタが微笑みを浮かべると、ノエルも微笑みを返した。
仲良しかっ!
それにしても、ローレッタはまだしも、ノエルもメンタルは割と強いようだ。
死体を見たショックも、殺人を見たショックもほとんど残っていない。
少なくとも、表面上はそう見える。
まぁ、母を苦しめていた存在が消えたからスッキリしているのかもしれないけれど。
ちなみにノエルの母は、あれから部屋を移ってまだ休んでいる。
毒を除去しただけで、体調を戻したわけではない。
「2人とも、今日は僕の母を救ってくれてありがとう存じます。2人は僕の英雄です」
ノエルは照れ笑いを浮かべながら言った。
「そうは言っても、金は取るよ? 私は聖女じゃないからね?」
言いながら、私はソファから立ち上がった。
続いてローレッタも立ち上がる。
「はい、当然です」ノエルが言う。「むしろ、お金ではなく、僕がローズ領で働いて返したいです。はい。2人の近くに、特にミアの近くにいたいです」
「いいけど、私は助ける度に金を取るから、君は一生、私の下で働くことになるかもね」
私が冗談交じりに言うと、ノエルは「それでもいいです、むしろそれがいい……」と小声で言った。
そんなにクリスタル家は金がないのか?
魔法医療は高価だけど、中流階級なら分割すれば普通に払えるはず。
日本でたとえるなら、車買うぐらいの値段でいいのだから。
こっちだと金貨2枚か、3枚ってとこ。
ああ、そっか。
今回の件はダライアスには内緒で、ノエルが全部支払うという約束だったか。
まぁ、内緒は無理だろうけどさ。
「じゃあ、成人したらうちの領地で働いてもらおうかな。その頃までには、魔法省は無理でも、魔法庁を作っておきたいね」
「領地で魔法使いを管理するのですね?」ローレッタが言う。「中央に取られないように」
「まぁね。もちろん、本人が中央勤務を望むなら仕方ないけど、領地を富国強兵したいからね、私」
魔法使いは貴重だから、領地に残ってくれた方がありがたい。
犯罪者にならなければ、という注釈が必要だけど。
「あ、そうだミア」ノエルも立ち上がった。「あの銃っていう武器? かっこいいですね。僕の属性では作れないから残念です」
ノエルの属性は【幻影】である。
相手に幻を見せたりできる。
「さすが男の子。銃の良さが分かるか」
「あたしもかっこいいと思っていますけど?」
ローレッタが頬を膨らませた。
可愛い。はい可愛い。
私はローレッタに微笑みを向けた。
そしてノエルに向き直る。
「幻の銃を使えるんじゃないかな?」
「幻の?」
「そう。でも相手が銃の威力を知らなければ意味ないか」
「どういう意味です?」
「うん。幻でも人は死ぬ。幻を本物だと錯覚すればね」
私の言葉に、ノエルもローレッタも首を傾げた。
「幻のナイフで刺されても、本物だと認識していたら身体はダメージを負う。精巧な幻は本物と変わらないって意味」
ゲームの私は、私の行った残虐行為の幻でダメージを受けていた。
「なるほど」とノエルが頷く。
「案外、強力な属性ですね」とローレッタ。
「そう。今後、銃が主流の武器になって、みんなが銃の威力を知れば、幻の銃でも人を殺せるようになる」
「……人を殺すのは、ちょっと僕には……難しいです……」
ノエルは曖昧に笑った。
「あ、別に誰か殺せって意味じゃないよ。将来、うちで働いてもそういう命令は出さない。私は自分で殺したいタイプだし」
私の背後で、セシリアが溜息を吐いたのが分かった。
お茶会の場でなければ、お説教だったかもしれない。
いや、私にも分かるんだよ?
公爵令嬢は普通、人を銃で撃ったりしない。
うん、完璧にそうだと思うよ?
でも、私は、無性に戦場に行きたくなることがある。
「ミアは、強いんですね……」
「どうかな?」
戦車よりは弱いし、ミサイルでバラバラになる。
そういうか弱くて儚い人間だよ、私は。
まぁ【全能】があるから、普通の人間よりは、強く長く生きられるかもしれない。
「ま、そろそろ本当に帰るよ」
「外まで送ります」
私たちはゾロゾロと玄関を出て、順番に馬車に乗った。
もちろん、護衛騎士のエスコートで。
「手紙を書きます!」ノエルが大きな声で言う。「本当に! 本当に、ありがとう存じます!」
「いいさ! 将来、うちで働いておくれよ!」
私は窓から手を振った。
ノエルもずっと手を振っていた。
◇
その日の夜は戦場の夢を見た。
きっと銃で人を撃ったからだ。
懐かしい傭兵団の面々と、素敵な戦場を駆け回る夢。
私は傭兵団よりも自衛官の方が長いのに、思い出すのは傭兵だった頃ばかり。
本当に、楽しかったのだ。
夢のように流れて、でも私は砕け散った。
骨も残らなかっただろう。
私は死ぬ時に、乙女ゲームのヒロインに生まれ変わりたいと願った。
なのに、目覚めたら悪役令嬢でビックリさ。
乙女ゲームと言えば、私はずいぶんと設定を変えてしまった。
ノエルの攻略方法は、もう既存のものではなくなったはずだ。
ノエルの心を占有していた母親の死が、泡のように消えたのだから。
主人公はノエルを攻略するのに苦労するだろうなぁ、なんて思った。
まぁいいさ。
私は1番好きだったキャラを、変態女から救った。
悪いことじゃないはずだ。
朝、目が覚めるとセシリアと侍女たちが私を着替えさせてくれる。
侍女は祖父母の屋敷の侍女たちだ。
鏡を見ると、前世とは違う私の姿が映った。
艶のある美しい金髪に、若草色の瞳。
「ねぇセシリア、私は誰だっけ?」
「ミア・ローズ公爵令嬢です。お忘れですか?」
セシリアが怪訝な表情で言った。
「いやまさか。覚えているとも」
私はミア・ローズ。
現在6歳。
傭兵だった。死ぬまではね。
今は死んで、転生した。
乙女ゲームの悪役令嬢。もとい悪役王妃かな。
食堂に向かうと、祖父母とローレッタがすでに待っていた。
私の支度が1番遅かったようだ。
いや、起きるのが遅かったのかな。
朝の挨拶を済ませると、ローレッタが私に笑顔を向けた。
ローレッタは私の大切な妹で、現在5歳。
桜色のふわふわした髪の毛に、空色の綺麗な瞳。
可愛い。はい可愛い!
そしてみんなで朝食を摂った。
初めて目覚めた時、前世を思い出した時、私は1人ぼっちだった。
でも今は違う。
ローレッタがいて、祖父母がいる。
領地に戻ったら、両親だっている。
「よしローレッタ、各種訓練をしたら、領地改革について話そう。一緒に最強の領地を目指そうじゃないか」
「はいお姉様! ローズ領は世界最強です!」
ああ、傭兵団のくそったれの仲間たちよ!
私は今、幸せに生きているよ!
仲間たちよ!
君らも生まれ変わったのかな?
だとしたら、
君らも幸せであれ!
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