10話 推理のようなもの


 私は僅かに風を感じた。


「たぶん、これで大丈夫だと思います」とローレッタ。


「何のイメージだったのかな?」

「つむじ風ですお姉様。こう、渦巻き状の風が毒を全部巻き上げて、どこかに消し去るイメージでした」

「なるほど。よくやったよローレッタ」


 ノエルの母に視線を移すと、眠ったままだったけれど、先ほどより顔色がいい。

 ノエルも母の顔色に気付いたようで、泣きそうな表情を見せた。

 それから、「ありがとう存じますローレッタ、ミア」と私たちに微笑んだ。


「うん。でも犯人を見つけないとまた毒を盛られるから、犯人を殺そう」

「殺すんですか? ミアの綺麗な手を汚さなくても……」


 ノエルがギョッとした風に言った。


「うん? まぁ、別に治安維持隊に突き出してもいいけど? 殺した方が手っ取り早いだろう? 他人を殺す奴は他人に殺される覚悟もしておくべきだよ」


 前世の団長がよく言っていた。

 私たちは傭兵で、多くの人を殺した。

 だから、いつか同じように殺されるのだろう、って話。


「突き出す方向がいいです」とローレッタが私の右手を掴んだ。

「ローレッタに賛成です」とノエルが私の左手を掴んだ。


 そしてローレッタとノエルが見詰め合う。

 私を間に挟んで視線を交わすな。


「分かった。とりあえず、殺さないから手を離しておくれ」


 まぁ2人はまだ子供だし、殺人は見たくないのかもしれない。

 犯人が暴れたりしたら、容赦なくぶっ殺すけどね。

 そんなことを考えていると、2人が揃って私の手を両手で包み込んだ。

 私、信用なさすぎじゃね?

 こんなガッチリと両手を封印されるとは。

 ぶっちゃけ、魔法使えるから両手関係なく犯人を殺せるんだけどね。


「ミアの手は、少し硬いですね」ノエルが言う。「でも温かい。初めて会った日は、いきなりで堪能できなかったので……」


「鍛えているからね。剣もよく握っているし、柔らかなお手々ではないね」


 それを残念には思わない。

 私は自身の戦闘能力が低いことには耐えられない。

 だから鍛える。

 公爵令嬢人生を楽しむつもりだけれど、そこだけは譲れない。


「あたしは、いつも頭を撫でてくれるお姉様の手が好きです!」


 ローレッタが強い口調で言った。

 ローレッタを撫でるのは私も気持ちいいから、今後も撫で回す予定だ。


「ありがとう。それじゃあ早速、推理しよう。とりあえず、手は離しておくれ?」


 私は近くにあった椅子に腰を下ろした。

 それと同時に、2人が私の手を解放。


「推理……ですか?」とノエルが首を傾げた。


「そう。幸い、私には団長式プロファイリングの知識がある」


 前世の傭兵団で教わったのだ。

 他人を見抜く方法として。

 元FBIの行動分析課の奴が団にいたので、そいつが団長に教えて、団長が改良したプロファイリング技術。

 ちなみに、行動分析課は凶悪犯罪と向き合うので、心を壊したり闇落ちする捜査官が割と多いらしい。

 うちの団にいた奴も闇落ちしていた。


「それは、どういうものですかお姉様?」

「うん。実際にやってみよう。まず統計的に、殺人で毒を使うのは女性だね。毒を使う男性はあまり多くない。もちろん何だって例外はあるし、殺し屋とかなら毒も使うだろうけど」


 ローレッタとノエルは黙って聞いている。

 私は団長式プロファイリングを覚えていたけれど、実際にはあまり使えなかった。

 でも今の頭脳明晰設定のミア・ローズなら、きっと大丈夫。


「でも殺し屋に狙われている可能性は低いだろう? 狙われるなら魔法省に勤めているダライアスの方だろうし」

「そうですね。準男爵の妻を殺し屋が狙う理由は思い付きません」


 ローレッタが言った。


「というわけで、犯人は一般の女性である可能性が高い。すごいだろう? 犯人が人口の半分に絞れた」私が肩を竦める。「で、これは計画的な犯行だから犯人は秩序型。ゆっくり殺しているから慎重で我慢強いタイプ。もしくは苦しむ姿を見たかったか」


「苦しむ姿を……?」


 ノエルの表情が引きつった。


「可能性だよ」私は両手を広げる。「さてそれじゃあ、動機は何だろう? サイコパスなら殺したいから殺したとかだけど、これはたぶん違う」


 人生で最初に遭遇した殺人事件が、サイコパスの犯行である可能性は低い。

 もちろんゼロではないけれど。

 普通は、まっとうな動機のある殺人事件の方が多いのだ。

 要するに。


「普通に考えれば、一般的な動機で多いのは愛憎か金銭。跡継ぎ争いなんかもありそうだけど、今回は関係ないよね」


「金銭ではなさそうです」ローレッタが言う。「クリスタル家は資産家ではありません」


「じゃあ、誰かが、ママを憎んでいた……ということですか?」

「かもしれないって話。あるいは目的は別にあるのかも」


 実はゲーム知識で2人にまで犯人は絞れるのだ。

 ゲームでは、ノエルの父であるダライアスは再婚している。

 その再婚を、ノエルは喜ばなかった。

 父があまりにも早く、その女と再婚したからだ。

 母を愛していなかったのではないか、とノエルは子供ながらにショックを受けたらしい。

 その女は侍女だった、とノエルは主人公に語っていた。


「他の目的ですか?」とローレッタ。


 私の推理はこう。

 侍女がダライアスを愛していて、自分が妻になりたくてノエルの母を殺そうとした。

 疑いが残らないよう、病気で徐々に死んだとみんなが思うように。


「うん。金銭ではない。私もそう思うよ。でも憎しみでもないかも。目的のために邪魔だったから殺そうとした、という可能性もある」


 さて問題は2つ。

 その1、自然に侍女が犯人っぽいと推理すること。

 なんで団長式プロファイリングを持ち出したり、面倒なことをしているかと言うと、いきなり侍女が怪しいって言っても説得力がないからだ。


「まぁ、毒で少しずつ弱らせたわけだから、犯人はこの家の関係者だろうね」


 私の発言に、ノエルが目を剥いた。

 その気持ちはまぁ分かる。

 家の関係者ってことは身内ってことだから。

 私だって犯人がセシリアや我が家の侍女だったらショックだ。


「身内で女性が怪しいなら」ローレッタが言う。「侍女の2人はどうですか? 動機は分かりませんけれど」


「私もそう思ってたところだよ」


 さて問題その2、どっちが犯人かはまだ分かってない。

 ノエルはゲームで、ダライアスの再婚相手の名前を言ってない。

 侍女、と言っただけである。


「そんな……」ノエルが床に膝を突いた。「あの2人は、真面目だし、僕にも優しくしてくれました……」


「人間とは仮面を被るものだよノエル」

「お姉様はもう少し仮面を被った方が良いと思う時が多々あります」


 あれ? 私ダメ出しされた?

 ローレッタが片膝を突いて、ノエルの背中をさすった。

 やーさーしーい!

 私にこの優しさはない。

 ローレッタが可愛く優しく育って嬉しい。


「ま、まぁまだ可能性の段階だよ? 決定的な証拠はないからね」

「そんなの、お姉様が【全能】で見抜けばいいじゃないですか」

「その手があったか!」


 私が言うと、ローレッタは「え? 気付いてなかったの?」みたいな微妙な表情をした。

 うん、ごめん、気付いてなかった!

 そう、私ってば【全能】なんだよね。


「犯人候補が無数にいるわけじゃないので、魔力消費も抑えられるのでは? さっきの診断も、お姉様はあまり魔力を使っていないはずです」

「正解」


 診断や鑑定系の魔法は、そもそもあまり魔力を消費しない。

 例として、ローレッタの性別を診断するだけなら消費魔力は5とか、そんなものだ。

 身長の測定でも消費は5ぐらいだ。

 2つを同時に測定するなら、10の魔力を消費する。

 魔法は高度になればなるほど、魔力の消費が増える。


 もちろん、自分の技能というか、魔法への慣れみたいなのも影響するけれど。

 そして、私が使用した魔法は『病名を表示するだけ』の魔法と、『受けている状態異常を表示するだけ』の魔法である。

 魔力の消費だけなら、毒を取り去ったローレッタの方が遙かに消費しているはず。

 実際に作用させる魔法の方が、基本的に魔力消費が多い。


「ではノエル」ローレッタが言う。「侍女2人を呼んでください」


「護衛騎士さんたちも呼びますか?」

「あたしとお姉様がいれば、取り押さえることは可能だと思いますが、どうします?」


 ローレッタが私を見た。


「侍女だけでいいよ。部屋はそんなに広くないし、人口密度が上がると動きづらい」


 私が言うと、ノエルが部屋を出る。

 しばらく待っていると、ノエルは侍女2人と部屋に戻った。

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