9話 ノエルの母を助けよう


 数日後。

 私たちは中央にいた。

 私たちと言うのは、私、ローレッタ、セシリア、護衛騎士2人の計5人。

 中央、即ち王都。

 うちの領都より栄えているので、最初はちょっと驚いた。

 いや、栄えているのは想定していたけれど、想像以上に栄えていたのだ。

 ちなみに、ローズ領の領都ロルルから王都までは馬車で4日ほどの道程。

 距離だと400キロから450キロ程度。


「ゆっくりしていってねー」


 祖母が笑顔で私たちを迎えてくれた。

 祖父は仕事があるので、今日は屋敷にいないが夜には戻るとのこと。

 祖父母の屋敷は領都の屋敷と同じぐらい大きかった。

 当然だが、門前には中央兵が立っている。

 祖父母は護衛騎士とセシリアの部屋も用意してくれている。

 連れて行くことを事前に話していたからだ。


 ローレッタが祖母と初めましての挨拶をして、セシリアは久しぶりの挨拶をした。

 私も軽く挨拶して、とりあえず部屋で休む。

 私とローレッタの部屋は同じだった。

 大きなベッドに枕が2つ。

 あは。新婚さんみたい!

 私たちはその日をゆっくりと過ごした。

 夜には祖父も戻り、ローレッタを紹介した。

 祖父は孫娘が増えて心底喜んでいる様子。


 そして翌日。

 ノエルの家に遊びに行く日。

 表向き、遊びに行くことになっている。

 私、ローレッタ、セシリア、護衛騎士2人で馬車に乗って、ノエルの家まで移動。

 ノエルの家は、中流階級の家屋が建ち並ぶ住宅街にあった。

 当代貴族や商家の家がある地区だ。

 私たち貴族のお屋敷がある地域からは少し離れている。

 護衛騎士のエスコートで私が馬車を降りると、すでにノエルが門前で待っていた。

 門番の兵はいないが、ノエルの背後に侍女が2人立っている。


「お久しぶりです、ミア様、ローレッタ様」


 ノエルが微笑みを浮かべ、柔らかな口調で挨拶。

 私とローレッタも挨拶を返す。

 セシリアが土産の菓子をノエルの侍女に手渡した。


「どうぞ。お入りください」


 ノエルに連れられて、私たちは家の中へ。

 ちなみに、護衛騎士たちも一緒だ。

 ノエルの家には警備の兵士がいないのだから、仕方ない。

 私たちは応接室に通される。

 そこで、最初にノエルがソファに座る。

 続いて、私とローレッタが対面に座る。

 セシリアとノエルの侍女たちがお茶の準備を開始。

 護衛騎士2人は壁に寄って、邪魔にならないように立った。

 見た感じ、ノエルの家の侍女は2人だけのようだ。

 まぁ、中流階級ならそんなものか。


「本日は、遠路はるばる……」

「そういう挨拶はなしでいいよ」


 ノエルの台詞を、私が遮った。

 ノエルは少し困った風に笑った。


「私たちは友達だし、もっと気楽に喋ろう?」

「ですが……」

「不敬とか気にしなくていい。私は友達と気楽に会話がしたい。ダメかな?」


 私が言うと、ノエルは困った顔のままでセシリアを見た。


「この場だけなら、いいのでは?」セシリアがお茶の用意をしながら言う。「公の場ではありませんし、私たちは口を噤みます」


「分かりました」ノエルが頷く。「ではミア様……」


「ミアだ」

「……えっと……」

「私はミアで、こっちはローレッタだよノエル」

「はい。あたしはローレッタです、ノエル」

「……ミア、ローレッタ」


 ノエルはおっかなびっくり、私たちを呼び捨てにした。

 ああ! 可愛い!

 くっそ! 可愛いなぁもう!

 押し倒したいわ!


「今日は本当にありがとう」ノエルが言う。「早速、ママの話をしてもいいですか?」


 私はどうぞ、と右手のジェスチャで示した。

 ノエルが小さく頷く。


「普通のお医者様には、原因不明だしどうにもできないって言われました」ノエルは悲しそうな表情で言う。「魔法医療を受けて治ったのに、また調子が悪くなって、今日はもう起き上がれなくなって……」


「今どこに?」と私。


「ママの部屋で眠ってます」


 ノエルが言うと、セシリアたちがお茶とお菓子をテーブルに並べた。

 お菓子はさっき渡した土産の品だ。


「ひとまず方針を決める前に質問がある。ローレッタ」


 言ってから、私はお菓子を食べた。

 サクッとしたクッキーで、非常に美味しい。


「魔法医療を受けた時」ローレッタが言う。「魔法士はどんな目的で魔法を使いましたか?」


「病気の除去と体調の回復、合計2回の魔法を受けました……」

「なるほど。だったら再発ってことだね」


 私はお茶を飲みながら言った。

 癌か何かだろうか。


「その2回は同じ日に受けましたか?」ローレッタが言う。「それとも別々?」


「同じ日です」ノエルが言う。「まず除去して、それから回復。2回魔法を使うのが、その魔法士の治療方法だったみたいです」


「その魔法士に落ち度はないね」私が言う。「除去して回復。別に普通の魔法医療だと思うよ」


 だからやはり、再発したということ。


「そのようですね。あたし、あまり病気に詳しくはないですが、お姉様の言うように再発した可能性が高そうです」

「治しても治しても、無駄ということですか?」


 ノエルは酷く怯えた風な表情で言った。


「分からない」私は正直に言う。「でも希望はある。とりあえず今日は診断をしてみようと思う」


 現代日本なら別にどうってことない病気の可能性もある。

 まぁ、病気には全然詳しくないけれど。

 それでも病名が分かれば、一歩前進だと思う。

 魔法医療ではいちいち病名を確認する必要がない。

 病気を全部除去してしまえばいいからだ。

 それができるからこそ、高額でもある。


「診断ですか……」とノエル。


「そう。診断さえすれば、普通の医者でも処置方法が分かるだろうしね。わざわざ高額な魔法医療を受けなくていいかもしれない。あ、診断の値段は……」

「大銀貨1枚ですミア様」


 セシリアが強い口調で言った。

 それ以上は安くしてはいけない、という意思が込められている。

 大銀貨1枚は、日本円だとだいたい10万円ぐらいの価値か。


「働けるようになったら、必ず払います」


 ノエルは決意を込めた瞳で私を見た。


「いいだろう。じゃあ早速、ノエルの母様のところに行こう」


 私が立ち上がると、ローレッタとノエルも立った。

 そしてノエルに案内されて、みんなでゾロゾロと移動。

 ノエルの母の部屋には、私とローレッタとノエルだけが入った。

 もちろん、危険がないか部屋を簡単にチェックしたけれど。

 ちなみに、ノエルの家に入った時も警戒して各所をチェックした。

 実は祖父母の屋敷でもやった。

 そしてローレッタも私と同じことをした。


「ママ、友達のミアとローレッタだよ」


 ノエルは眠っている母にそう語りかけた。

 私は早速、右掌をノエルの母に向ける。

 目的は病気の診断。

 イメージは立体映像的な文字。

 魔法陣が浮かんで魔法が発動。

 空中に『病気ではない』という文字が浮かぶ。

 その文字は私にしか見えていない。


 私は目的を状態異常診断に変更して再度同じイメージで魔法を使用。

 空中に『毒を受けた状態』と文字が浮かぶ。

 なるほど。

 再発するはずだ。

 弱い毒を少しずつ盛って、徐々に弱らせたというわけか。

 自然な死に方に見えるよう。

 ふむふむ。

 となると、魔法医療で体調が良くなったのは、体調の回復の方だけが作用したということか。


「お姉様?」


 ローレッタが首を傾げて私を見た。


「原因が分かったから、とりあえずローレッタに治療を頼みたい」

「あたしで可能なら、はい、やります」


「ノエル、ローレッタ」私は真剣な表情で2人を見た。「これから私が何を言っても、けっして大きな声を出してはいけないよ?」


 私の言葉に、2人がキョトンとした。


「約束できるかい?」


 私が問うと、2人は顔を見合わせたあとで頷く。


「よろしい。ノエルの母は病気ではない」


 2人が目を見開く。


「毒を受けている。これは殺人事件だよ。まぁ、今はまだ未遂だけれど」


 私の言葉を聞いて、ノエルは口を半開きにして言葉を失った。

 ローレッタはなるほど、と頷いた。

 常に冷静であれ、という私の教えをローレッタは守っているようだ。

 軍人にも傭兵にも、冷静さは大切だからね。

 まぁそれはそれとして。


「治療を頼むローレッタ。目的は毒の除去、イメージは何でもいい」

「はいお姉様、やってみます」

 

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