8話 個性的なのはいいことだよね?
ノエルの手紙を要約すると、母が病気で死にそうだが、治療法が分からない。
高額な魔法医療を受けて調子が良くなっても、しばらく経つとまた苦しみ始める。
だから【全能】の私に救って欲しいという内容。
要するに魔法を使ってくれってこと。
だとすると、ノエルの父であるダライアスはこの手紙の内容を知らないだろう。
彼は魔法を使うことに慎重だったから。
「大変ですね」ローレッタが言う。「助けてあげてくださいお姉様」
「そう簡単じゃないよローレッタ」
私は手紙をセシリアに渡した。
セシリアは手紙を受け取り、小さく首を傾げた。
「セシリアも読んでみて。そして意見をおくれ」
私が言うと、セシリアが手紙に目を通す。
私とローレッタは黙って待った。
ちなみに、ここは屋敷のリビング。
私とローレッタはソファに座っていて、テーブルにはお茶が置いてある。
「ふむ。お断りくださいミア様」
セシリアが手紙をテーブルに置きながら言った。
「どうしてですか?」
ローレッタが納得いかないという風に唇を尖らせる。
可愛い。はい可愛い。
「本当に助けられますか?」とセシリア。
「分からんね」私が肩を竦める。「魔法医療で治らないって時点でかなり特殊だよ。ローレッタも魔法医療について知ってるだろう?」
「はい。普通の医療よりも遙かに高額ですが、術者の魔力によってはほとんどの病気が治ります」
そこまで言って、ローレッタがハッとする。
「分かったようだね」私が微笑む。「プロの魔法医療で治らないのに、私の魔法医療で治るとは思えない」
「ですが、試してみるぐらいは、いいのではないですか?」ローレッタが言う。「ノエルも必死です。友達になったばかりのお姉様を頼るのですから」
「だろうね。でもローレッタ、問題は治せるかどうかだけじゃないんだよ」
私がセシリアを見ると、セシリアが小さく頷いてから言う。
「ローレッタ様、もしも、仮に、ミア様が治せてしまったら、非常に困ったことになります」
「困ったことですか?」
「はいローレッタ様。病気を治したい者が殺到します。魔法医療を受けられない者、または魔法医療でも治らなかった者、多くの者が救いを求めて来るでしょう」
「そして私の時間も魔力も有限だし、そもそも私は無料奉仕なんて大嫌いだよ。領民ならまだ考えてやるけれど、全然関係ない人間を救ってやろうなんて欠片も思ってない」
当たり前のことだ。
私の人生を、知らない奴に捧げるつもりは毛頭ない。
「そしてミア様が断り続ける限り、殺到した者たちには不満が溜まります。なぜあいつは助けたのに自分は助けないのか、と」
「そんな身勝手な……」とローレッタ。
「人間とは身勝手なんだよローレッタ」私が微笑む。「まぁそれでも、私はまだ無視し続けるだろう。でも殺到した連中はいつか、手段を選ばなくなる。私なら治せると知っているから。もし連中が君や、両親やセシリアや城の人たちを傷付けたら?」
私は容赦なく殺す。
そんなに苦しいなら頭に銃弾をくれてやろう、ってなもんさ。
それで簡単に楽になる。
「……そこまでは考えませんでした……」ローレッタが俯く。「でも、それだと、お姉様のせっかくの【全能】も……」
「まぁ、人間に対して酷く悲観的で最悪な推測だがね」
私は肩を竦めた。
私はかつて、傭兵だったのだ。
人間がどれだけ身勝手で汚いかよく知っている。
まぁ、同時に、そうでない者がいることも知っているけれど。
「どうであれ、公爵令嬢であるミア様が、わざわざ自ら治療を施す必要はありません」
セシリアは優しい声で言った。
「分かりますけど……」ローレッタが言う。「ノエルはお友達ですし……」
「ローレッタは私に、ノエルの母を治して欲しいのかい?」
「……はい。そう思っています……」
「さっきの話を聞いても?」
「普通にお金を取ればいいと思います」ローレッタが言う。「そうすれば、普通の魔法医療です。多くの人が殺到することはないと思います」
「素晴らしい!」私が両手を叩く。「その通りだよローレッタ! 無料で引き受けることを前提に話をしていたからね、さっきのは!」
そう、問題だったのは私が聖女みたいに振る舞うことだ。
無料で誰でも治すみたいな空気が問題なのだ。
民衆に勘違いさせてしまうことが1番の問題。
「ミア様? まさか引き受ける気ですか?」
セシリアが呆れた風に言った。
「料金は2割増し。ある程度は分割払いにしてあげるけれど、最悪はノエルが身体で払う」
ミア・ローズは【全能】で多くの病気を治せるけど超高額。
全然優しくもないし、金に汚く冷徹だと思わせればいい。
そうすれば、払える者しか寄ってこない。
「か、身体で!? なんてことを考えているのですかミア様! ノエル様をどうするつもりですか!? 男妾にでもする気なのですか!?」
セシリアが真っ赤になって怒った。
ローレッタも顔を赤くしている。
「ち、違う! そういう意味じゃない!」私は慌てて言う。「えっと、労働してもらうとか、そうい意味! 別に奴隷にするとかじゃなくて! うちの国、奴隷制度ないし!」
「労働ですか?」
セシリアが冷たい瞳で私を見下ろしている。
まったく信用されていない。
「お姉様はノエルとどうなりたいんですか?」
ローレッタも怒った風に言った。
「ほ、本当にそういう意味じゃないよ? 違うよ? ノエルはほら、魔法使いだし? 成人したらうちの領民になってもらって、働いて貰いたいなぁって。ほら、魔法使いの多くは中央に取られちゃうし、こっちでも確保したい」
具体的に何をして欲しいとかはない。
魔法使いだし、何か領地のためになるでしょ、ぐらいの感覚。
「まぁ、将来の領主様が優秀な人材を囲う、というのは不自然ではありませんが」セシリアが言う。「本当に、ノエル様に何か不当なことをしようとは思っていないのですね?」
「思ってない! 本当に思ってないから!」
そりゃ、あんな可愛い男の子、ふへへ、うぇへへ。
「お姉様、顔が醜く歪んでいますが?」
ローレッタに睨まれたので、私は咳払いをして表情を整えた。
ローレッタの言葉のトゲが非常に気持ちいいとか思ってしまう私は、割とヤバいかもしれない。
「まぁ、とにかく試しにやってみるという趣旨の返事を書くよ」私が言う。「でも治らないかもしれないし、治ったとしてもお金を払ってもらう。払えそうになければ、ノエルが将来うちの領地で働くことで、ある程度は相殺するって感じで」
「別にノエルがうちで働かなくても、もう一つ方法がありますお姉様」ローレッタが言う。「治療自体を完全に秘密裏にやってしまえばいいのでは? そうすれば無料にできます」
「それは無理だよローレッタ」私が言う。「理由は2つ。第一に、内密になんて言ってもどうせ無理だ。なぜなら、【全能】の私が訪ねたあとで調子が良くなれば速攻で噂になる。第二に、私は無料奉仕なんてしたくない」
たとえ好きなキャラのためでもだ。
私は傭兵だ。
いや、今は違うけれど。
思考的にはまだ傭兵気分が抜け切っていない。
報酬さえ払ってくれるなら、割と色々やってあげられる。
まぁ、気に入らないことはしないけれど。
「無料だけはダメですローレッタ様」セシリアが私の援護をする。「万が一、話が漏れたらさきほど話したようなことになる可能性があります」
「そうですね……」とローレッタが頷く。
「それに、どんなに腐っても……失礼、どんなに個性的でも、ミア様は公爵令嬢ですから。動かすならば相応の対価というものが必要です」
「分かります。お姉様が個性的すぎて時々忘れますが、お姉様は公爵令嬢なのですよね」
あれ?
私、なんかディスられてね?
いやまさか、2人に限ってそんなことはないはずだ。
「と、とりあえずお爺さまたちにも手紙を書くよ。しばらく滞在させて、って趣旨の手紙を。ローレッタを紹介したいしね」
「では、わたくしは旦那様たちに話を通しましょう」
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