7話 領地改革の第一弾


「まず父様が忙しい1番の理由はね、父様にしか決定権がないことだよ」


 泣き止んだ私が、淡々と言った。

 ここはまだ医務室。

 カイルはベッドに座っている。

 医者は少し離れたスペースに座っていた。

 診察するためのスペースだ。

 カイルの前に私とローレッタとセシリア、そして法務庁の文官が立っている。


「ん? 領主に決定権があるのは普通だろう?」


 カイルが小さく首を傾げた。


「もちろん。だけれど、それは死ぬほど効率が悪い」


 厳密には、領主代行にも決定権はある。

 領主に何かあった場合や、緊急を要する場合、領主代行権を持った者が裁定する。

 ちなみに、現在の領主代行権の順位は母、私、ローレッタ、その他親族。

 私が成人すれば、私が代行権の1位になる。


「どういう意味だ?」


「まず領地運営省の大臣と軍務省の大臣が色々と書類を見るだろう?」私が言う。「そして彼らは却下する権利はあるけど、決定する権利がない。だから彼らが却下しなかった書類は宰相である母様のところに行く」


「そして母様にも決定権がありません」ローレッタが私の言葉を繋ぐ。「ですから、母様が却下しなかった書類は父様のところに行きます」


「ああ。それの何が問題だ?」とカイル。


「まず母様に決定権を与えれば、父様のところに来る書類はかなり減る」


 私は小さく両手を広げた。

 単純に、両親の仕事量が多すぎるのだ。

 私がローレッタに視線を送ると、ローレッタが続ける。


「そして、2人の大臣にも省の権限内で実行可能な書類への決定権を与えれば、母様の負担も大きく減少します」


「更に更に!」私が言う。「東西の伯爵たちにも決定権を与えればいい! 伯爵領内で収まる案ならね! ついでに男爵たちにも男爵領内での決定権を与えればいい!」


 何もかも、全てにおいて領主の許可が必要というこの状況がおかしいのだ。

 パンクするに決まっている。


「その際に」ローレッタが言う。「権限を増した人たちが不正を働かないよう、新たな監督機関を設けます。領主である父様の直轄としておけばいいと思います」


「名称は特務隊だと軍務省の特務隊とかぶるから、情報調査室とかでいいと思うよ」


 私の考えはローレッタと共有している。


「すごいな」カイルが驚いた表情で言う。「よく考えてある。権限を与えて不正が増えたらどうするのか問うつもりだったが、情報調査室か」


「そう。発生しそうな問題にも対処済み。この案を受け入れてくれるね?」


 私が言うと、カイルは小さく首を横に振った。


「残念だが、領法で決定権は領主と領主代行のみと決まっている」


「もちろん知っているよ」私が微笑む。「発生しそうな問題には対処済みだと言っただろう?」


「どうするんだ?」

「領法を変える」

「領法を?」


 カイルが首を傾げた。


「うん。ローレッタ、説明を」


「はいお姉様」ローレッタが澄まして言う。「領法改定法によると、すでに存在している領法を変更する場合、領主と宰相の許可があり、なおかつ伯爵領、男爵領の長の過半数が賛成すれば、変更可能です」


 我がローズ領には伯爵が2人。

 それから男爵が7人。

 合計9人だ。

 よって、5人が賛成すればいい。

 みんな自分の権限が増えるのだから、特に反対はないはずだ。


「……本当に領法の変更は可能か?」


 カイルが文官に視線を送る。


「間違いありません」


 文官が自信満々で頷いた。

 このためだけに、文官さんに同行してもらった私である。

 カイルが長い息を吐く。


「そうか……。毎日忙しくて、ただ目の前の仕事を捌くのに精一杯だった……」


 カイルは領主だが、領法を丸暗記しているわけではない。

 必要に応じて、文官が調べるだけだ。


「じゃあまずは母様の許可を取って、それから伯爵たちに手紙だね」私が言う。「領法を変更したあとは、法務庁に正式な書類を送れば、あとは勝手にやってくれる」


 私が文官さんを見ると、文官さんが頷いた。


「お前たち、本当に賢いな」カイルが微笑んだ。「セシリアからの報告で知ってはいたが、実際に目の当たりにすると驚く」


「自慢の娘かね?」

「ああ。お前たちを誇りに思う。ありがとう」


 カイルが手を広げたので、私はローレッタと一緒にカイルの胸の中へ。

 ちょっと照れるけど、まぁいい。


「実は他にも、領地のための案がある」私が言う。「でも、一気に変更するのは不安だから、この改革が終わってからにしよう」


「ミアが将来、領主になって、ローレッタが宰相として支えてくれれば、父さんは安心だ」


 それはいい考えだと思う。

 まぁ、戦闘国家ならぬ戦闘領地にするけどね!

 世界最強の領地にするけどね!



 それから12日が経過した。

 私たちの改革案はすんなりと通り、両親は仕事が大幅に減った。


「いやぁ、家族でゆっくり朝食を摂れる日が訪れるとは!」


 カイルは屋敷の食堂で半泣きになっている。

 給仕の侍女たちも生温かい目でカイルを見ていた。


「本当ねー。こんなに余裕が生まれるなら、また側仕えを選ばなくちゃね」


 母のジュリア・ローズが楽しそうに言った。

 ジュリアは金髪のハーフアップ。

 胸は普通だが、顔が可愛い。

 少し身体の線が細いのは、カイルと同じで不健康な生活をしていたから。


「セシリアはあげないよ?」と私。

「はい。セシリアはダメです」とローレッタ。


「まずはローレッタにも側仕えを選ぼう」カイルが言う。「一応、セシリアはミアの側仕えだから」


 ちなみにセシリアが休みの時は、別の侍女がくっ付いてくる。

 というか、カイルの口調がかなり穏やかになっている。


「ローレッタが自分で選んでいいわよー」


 ジュリアが笑顔で言った。

 うちの両親、本当に穏やかになった。

 前はいつもすごく焦っていたし、余裕がなかった。


「はいお母様。検討しておきますね」


 ローレッタも笑顔で言った。


「さて、いくつか他にも話しておきたいことがある」とカイル。


「そうねー。まずはミアのとんでもないお転婆からかしらねー?」


 んん?

 お転婆した覚えがないんだけど?

 もしかして、ノエルの手を掴んで振り回したこと?


「いや、その件はいい」カイルが言う。「元気な方がいい。僕はそう思う。そうではなくて、ミアの属性が【全能】だと聞いたんだが、これは少し問題だ」


「問題?」と私。


 ローレッタも小さく首を傾げた。


「王妃様より問い合わせが来たんだ」カイルは苦い表情だ。「王子たちと顔合わせをさせたい、と」


 ああ、なるほど。

 豊かなローズ領の娘で、【全能】の私を確保したいわけか。

 ゲームと同じように。


「もちろん断ったわー」ジュリアが言う。「うちの娘は礼儀作法がてんでダメなので、今はとてもじゃないけど、王族と会わせられませんって」


 あは、礼儀も頑張ってるんだけどね!

 第二王子は攻略対象者だから会ってみたいとは思う。

 第一王子は、ゲーム開始時点で死んでいるからどんな奴か不明ではあるが、王子だし会ってはみたい。


「だが、確実に会うことになるだろう。一般的なお茶会デビューである8歳前後だともう断れない」


 早ければ来年も有り得る、とカイル。


「ところで、何が問題なんだい? 察するに、婚約だろう? 名誉なことだろう?」

「ミアは領主にはなりたくないか?」


 カイルは少し悲しそうに言った。


「え? なるつもりだけど?」


 ローズ領を世界最強にするという目標があるのだ。


「いや、王家に嫁ぐともう領主には……」

「心配しなくても婚約なんかしないよ」


 ゴリ押しするなら戦争辞さず。

 王子には会ってみたいけど、望まぬ結婚をする気はない。

 王子が私の婿になるなら考えてやらんでもないけれど。

 とはいえ、中身傭兵の私がそこまで好かれるわけもないか。


「それはそれで、うちだけ領主税を上げられたり、嫌がらせがあるかもしれないのよねぇ」


 ジュリアが悩ましそうに言った。

 領主税とは、各領主が中央に納める税金のこと。

 ふむ。

 やはり戦争か。

 血が騒いでしまうのは仕方ないよね。


「まぁ、まだしばらくは平気だろう?」私が言う。「とりあえず仕事に行くといい。今度また改革案を話すよ。礼儀作法も、来年までにはマスターしておくよ」


 両親が仕事に向かい、私とローレッタはいつものように各種訓練や勉強に励んだ。

 そうすると、ノエルから手紙が届いたのだった。

 助けてくださいミア様。

 そう書かれた手紙が。

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