6話 ミアと父親、初めての長い会話


 属性と魔力量を測定した翌日の14時。

 我が家に護衛騎士が迎えに来た。

 20代半ばの男性で、ローズ騎士団の白い制服を着ていた。

 制服の胸の部分に、ローズ領の紋章であるバラの刺繍がしてある。

 制服の下には騎士用のチェインメイル。

 赤のマントを羽織っている。

 騎士剣は腰に装備。

 ローレッタがキラキラした瞳で騎士を見ていた。

 まぁ、確かにカッコいい。


 私たちは簡単な挨拶を済ませて、馬車へと移動。

 騎士が私たちをエスコートして、馬車に乗せてくれる。

 騎士はセシリアもエスコートしてから自分も馬車へ。

 城、すぐそこなんだけどね。

 特に会話を交わすこともなく、城に到着。

 このためだけに護衛騎士を呼ぶって、贅沢の極みか!

 騎士はまた私たちをエスコートして、馬車から降ろしてくれた。

 そして優雅に一礼して、「18時にまた迎えに来ます」と言って去った。


「素敵な殿方で、緊張しましたね!」


 ローレッタの頬が少し上気している。


「わたくしも、あと20歳若く、更に未婚だったならと夢を見てしまいますね」


 セシリアまで!?

 ああ、くそ。

 制服効果も絶対にあるはずだ。

 だってあの騎士、顔面は普通だったよ?

 よぉし、私も騎士になって制服貰おう。


 そんなことを思いながら、私たちは城に入った。

 先触れを出しているので、みんな私たちが誰なのか知っているし、混乱はない。

 軽く挨拶してくれる人もいた。

 私たちも軽く挨拶を返し、目的地である領地運営省の法務庁に向かう。


 法務庁の人たちは、私たちを歓迎してくれた。

 先触れで法律書が読みたいと伝えていたので、応接室に2冊用意してくれていた。

 国法書と領法書だ。

 法律は大まかに分けて2種類あるのだ。

 まず、国が定めた国法。

 これがまず大前提となる法律。

 そして、各領地によって微妙に違う領法だ。

 私はローレッタに教えながら、領法書を読み進める。


「しかし、ミア様は本当に賢くございますねぇ」セシリアが言う。「非常に個性的ですが、本当に頭だけは良いのですね」


「はい!」ローレッタが嬉しそうに言う。「お姉様は個性的ですが、とっても賢いのです!」


 あれ?

 個性的って貴族言葉で変人って意味もあったような?

 いやいや、2人に限って、そんな悪口なはずがない。

 きっとそのままの意味だ。

 ちなみに、私でも理解が難しい部分は法務庁の文官さんに教わりながら読んだ。

 私、頭脳明晰設定だけど、前世の団長の方がずっと賢いみたい。

 前世の団長、IQが190だったから、まぁよっぽどじゃないと勝てないけど。


「ミア様、領法を全て暗記するつもりなのですか?」とセシリア。


「いやいや、まさか。私の考えに関連する部分だけ覚えてる、ってかもう覚えた」


 私は領法書を置いて、国法書を手に取った。


「お茶を淹れてきましょう」


 セシリアが席を立つ。

 私とローレッタは、国法書を読み進める。

 これも文官さんの助けを借りながら読んだ。


「よし、完璧だよローレッタ」


 私は国法書を閉じて、テーブルに置いた。


「さすがお姉様。あたし、法律は少し難しくて、理解が追い付いていない部分がまだあります」

「問題ないよ。領法改定法は?」

「暗記しました」

「ふむ。そこだけ覚えておけば、目的には足る」

「それなら良かったです」


 ローレッタがホッと息を吐いた。


「あれ? セシリアまだ戻らないって変じゃない?」

「そういえば、そうですね」


 セシリアが席を立ってから、かなりの時間を経過しているように思う。


「迷子ってことはないだろうし……まさか刺客!?」

「ついに刺客が現れたのですか!?」


 私とローレッタはさっと立ち上がる。

 応接室で私たちの相手をしてくれていた文官さんが、驚いたような表情をした。


「お嬢様方、僕が見てきますので、お待ちください」


 そう行って、文官さんが応接室を出た。


「テロリストに城を占拠された可能性も考慮しなくちゃ」

「はいお姉様。逃げる奴はテロリストです。逃げない奴は訓練されたテロリストです」


 私たちには魔法がある。

 割とがっつり練習した魔法が。

 そして私は元傭兵。

 どんな状況にも対応可能だ。


「ローレッタ、城の間取りは?」

「完璧に記憶していますお姉様」


 私たちはすでに、城の見取り図を暗記している。

 領地運営の情報収集を決めた時から、隙間時間に眺めて覚えたのだ。


「他領地や中央と開戦した可能性は考慮しなくていいのですかお姉様?」

「その動きはなかったはず。それに、宣戦布告が先にあるはずだから、突然城を包囲されているという状況は有り得ない」


 私とローレッタが真面目にそんな話をしていると、セシリアが文官と一緒に帰ってきた。

 セシリアの顔は真っ青だ。

 文官の方も苦い表情。


「セシリア、攻撃を受けてる状況かね? であるならば、敵勢力の見当は?」

「違いますミア様、そうではなくて、旦那様が、旦那様が倒れてしまいました!」


 攻撃を受けているのは父親で、敵勢力は過労だった。

 それはそれで、大変な状況だね。

 まぁ、両親は私に殺されるはずだから今死ぬことはないと思うけど。

 ともかく、私たちは医務室へと向かった。

 文官さんにも同行を頼んだ。


 母が父を心配して医務室にいるかと思ったが、母はいなかった。

 医者が状況を説明してくれたのだが、どう考えても過労である。

 私は溜息を吐いた。

 右掌をベッドで寝ている父親に向ける。

 目的は疲労の全回復。

 イメージは癒やしの光。

 しかし魔法は発動しない。

 魔力が足りない?

 どんだけ疲労してんだよオヤジ殿。


 目的は可能な限りの疲労回復。

 イメージは同じく癒やしの光。

 私の右掌に魔法陣が浮かぶ。

 魔法が発動して、父親の身体がキラキラと光った。

 医者がビックリしていた。

 魔力がゴッソリ消えたというか、全消費した。

 もっと魔法の効率を高めないとなぁ。

 なんて思っていると、父親が目を醒ます。


「なんだこれは?」


 父親はバッと身体を起こし、各種伸びを行う。


「身体が軽いっ! まるで若返ったかのようだ!」

「いや、あんたまだ26歳だろうに」


 私は呆れた風に言った。


「ミア? それにローレッタとセシリアか? ここで何をしている?」


 私の父親であるカイル・ローズは怪訝な顔をした。


「魔法を使って父様を回復させた」私が言う。「ありがたく思え。1つ貸しだよ?」


「魔法?」


 カイルが目を細め、それからハッとした表情を浮かべる。


「そうだった、報告を聞いていたはずだ。お前たち姉妹が、魔法を使えると」


 カイルは金髪、ショートツーブロック。

 細身なのは、不健康な生活を続けたからだ。


「っと、仕事に戻らねば」


 カイルがベッドを下りようとしたので、私が押さえ込む。

 カイルは再びベッドに転がった。

 制圧するのは得意なんだよね。


「何をするミア!」

「黙れ。過労で倒れた自覚を持て。私は怒っているんだ。娘を完全に放置して、あげくの果てに過労で倒れる? アホめが。娘が魔法士になれるのに、属性すら聞きやしない」


 私は別に放置されても構わない。

 ママのおっぱいは何十年も前に卒業済みだ。

 でもローレッタは違うだろう?


「ミア様、旦那様にそのような言葉使いは……」


 セシリアが弱い口調で言った。

 一応、たしなめたという程度。

 たぶんセシリアも、気持ちは私と同じなのだと思う。


「仕事があるんだミア。父さんは、領主なんだ。民に対して責任がある」

「だろうね。でも、もっと仕事を楽にする方法があると言ったら?」


 私の言葉に、カイルは目を丸くした。


「さっきの貸しを今返せ」私が言う。「これから私が言う改革をすぐに行え。それで父様と母様の仕事は大幅に減るはずだよ」


「改革? ミア、行政は遊びじゃな……」


 私はカイルの唇に自分の人差し指を当てた。


「いいから聞け。黙って聞け。頼むから一生に1度ぐらい、娘の話を聞いておくれよ!」


 ミア・ローズとして生きた、前世を思い出す前の素直な感情。

 私の話を聞いて!

 私と遊んで!

 私を構って!

 私がラスボス王妃になってしまう原因の半分は、あんたたち両親だ。

 もちろん、残り半分は私の性質だろうけど。

 親に放置された子供が、みんな悪党になるわけじゃないからね。


「……分かった。分かったから泣くなミア」


 カイルが私の頭を撫でた。

 なんてこった。

 前世を思い出す前の私の感情に引っ張られて泣いてしまったようだ。

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