第4話

 突然ではあるが、今俺は作家という職業の中では一番大変な事をやっている。

 そう。それは物語を生み出す工程。生みの苦しみという言葉もあるくらいだ。難しく、大変な作業である。

 これまでいくつもの物語の種をまいてきたことだろうか。だが、ほとんどの種は日の目をみることすらなく忘却の彼方へと消えていってしまった。


 そんな過酷な物語生存競争を突破して、ある程度の設定とストーリーをつけていくと、物語の基礎となるプロットになる。

 プロットになったものは一度担当に見せることになる。

 そしてほとんどのものは—————


「これじゃ、駄目ですね」


 却下される。

 大変な思いをして創り出したものを数分数秒見ただけで潰されるというのはなかなかこたえるのだが、そんな事で落ち込んでいるようでは作家は務まらなかった。


「どこが駄目でした?」


「何といいますか、勢いが足りないんですよね。主人公がもっとなりふり構わない感じじゃないと、面白みに欠けます」


 そう冷静な分析を下したのは、俺の担当の編集者であるミレイだ。

 赤い瞳のキリっとした目じりをした眼、さらりとした金髪は後ろで結んでいて眼鏡をかけている美人な女性、なんだと思う。


 そのサバサバとした性格のせいなのか、それとも言葉のナイフでえぐられたトラウマなのかは分からないが、俺はどうも好きになれない。


「というか過労で二日ほど入院していたとはいえ、これだけしか書けなかったんです?前に見たときからもう三週間ほど経っているんですからもう二、三作品くらいストックがあってもいいと思ったのですが」


 とまあ、正直な意見を言ってくれるだけでも良い担当なのかもしれない。

 いや、多分作品を急かされてるだけだと思うんだけど。


「失礼します、お茶をお持ちいたしました」


 ちょうどいいタイミングでメイドさんがお茶を持ってきてくれたので、少しだけ落ち着くことができた。

 このままミレイの言葉のナイフを受け続ければ、胃に穴が開いてしまうかもしれない。と思い始めた頃だったので。


「あら、貴女あなたは先生のメイドさん?」


「はい。一週間前ほどから勤めさせてもらっております」


「それはそれは……。大変でしょう?」


「いえ、仕事ですから」


 なにうちのメイドさんを懐柔させようと試みてるのですか、とでも言いたいところだが、下手なことを言えばこちらにしっぺ返しが来るのでやめておく。


「そうね、いくつか束になった原稿用紙を持ってきてくれません?」


「あ、分かりました」


 はあ、全くもって大胆な担当さんだよほんと……。


「!?」


 待った待った、この家には確かに束になっておいてある原稿用紙がある。

 しかしそれは……!


「お持ちいたしました!」


 メイドさんが持ってきたのはざっと数十枚の原稿用紙。

 俺がメイドさんとの暮らしを綴った面白くもなんともない怪文書であった。

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うちに来たメイドさんが可愛いだけ 夏樹 @natuki_72

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