第2話

 そのメイドさんはすこし幼げな顔をしており、エメラルドグリーンの瞳とさらりとなびかせた深い緑色の髪がとても特徴的だった。

 小さめの革製トランクを両手で持ち、メイド服を身にまとった彼女はなんともかわいらしく、俺はその姿に息をのんだ。


「ど、どうぞお入りください」


 いつまでも眺められそうだったが、彼女は決して観賞用の愛玩動物などではない。

 れっきとしたメイドさんなのである。それに、トランクを持っている両腕は重さでか少し震えているようにも感じた。


「それ、持ちましょうか?」


「大丈夫です。これくらい自分で持てますので」


 彼女は少しぎこちないながらもとりあえず家までは運び込めそうだったので見守りながら付いていくことにした。


 家に到着し、メイドさんを応接室に案内する。

 なぜ俺の家に応接室があるのか、理由は簡単だ。小説の編集が原稿を受け取りに来るの時に取っ散らかった部屋を見せるのが嫌だったからだ。


「私の名前はココと言います。ケルドさんからお話はうかがっているかと思いますが、住み込みでこのお屋敷のメイドをさせていただきます」


 言い忘れていたがケルドはメイドを俺に勧めてきた俺の友人で、メイドのココとはいとこにあたる。

 そして、ケルドはメイドさんをこの家で暮らさせてやってほしいということも言っていた。どうやら、彼女の家からこの家に来るには電車で五時間ほどかかるらしく、通勤するのにはあまりにも大変だと言われたのだ。


 つまり、俺とこのメイドさんはこれから一つ屋根の下で暮らしていくことになるのだ。


「メイドをさせていただくにあたり、まずはご主人様の要望を聞いておきたいのですが……」


 別にそういう趣味がある訳でもないはずなのに、彼女の口から「ご主人様」と言われた時に少し興奮した。

 だが、なんとか平静さを保ち、いくつかの要望を提示した。


「承知いたしました。それと、この家に住むにあたってやめてほしいことや決まり事などはございますか?」


「やめてほしいこと?」


「はい。例としては、自室には入らないでほしいですとか、お風呂は別にしてほしいとかになります。それはご主人様の意向に出来るだけ沿うようにしたいですので」


 漠然と俺は考えていたが、一緒の家に住むということは家の設備を共有することでもある。

 メイドさんが入ったお風呂……。


「とりあえず、お風呂につきましてはこちらの銭湯を利用してもらっても良いですか?料金はこちらでお出ししますので」


「承知いたしました」


 バカバカバカバカ!

 俺は一体何を考えていた!?

 俺が使った風呂を彼女に使わせるとかどう考えてもアウトだろ、彼女の使った風呂を俺が使うのはもう論外レベルだ。

 変な意識をするな、相手はただのメイドさんだ。ガールフレンドでもなんでもない。


 なんとかかんとか荒ぶる感情の手綱を持ち直し、落ち着く。

 メイドさんが来て早々これで大丈夫なのだろうか。


 まったく、ケルドあいつもとんでもない人材を送り込んできたものだと、心の中で苦笑するしかなかった。

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