第17話 10月16日
十月十六日木曜日
言ノ葉がいつも通りに起床すれば、家は聞き慣れた静けさに満たされていた。
両親は仕事で家に居ない事が多く、今日も今日とて誰も居ない家のドアノブを捻る。
早朝言ノ葉はタイムリープから空けた十六日目の朝を迎え、いつも通りに支度を整え、玄関を出ようとしてポストから覗く一枚の紙が目に入った。
何時もであれば見て見ぬ振りをしていく郵便物なのだが、その日は何気なく入っていた一枚をポストから引き抜いた。
見覚えのない白紙の多いA4の紙。
書かれている文面を見た瞬間、小さな叫びと共にその紙を気持ち悪さから手放した。
目に入ったのは、規則正しく歪な定規文字。
羅列された赤文字で『愛してる』とただ一筆書かれている紙。
何度も何度も何度も何度も、無気力な言ノ葉が見た、その文字を見間違う筈がない。
「なんで……どうして、アレは終わったんじゃ……」
頭を過るのは、一年間を繰り返す日々。
もし今の時間すら、もう一度繰り返す事になったら……そう考えて、その恐れが全身を支配する前に震える指先で携帯を取り出しその呼び出しをどうにか押し込んだ。
「出て……お願い……早く……出てよぅ……」
数度のコールが鳴り響き、その人物が出た。
「どうしたんだ?こんな朝早くに、電話なんて珍しいじゃないか」
あまりにもいつも通りの、その声を聞いた途端、言ノ葉の全身を安堵が包み込んだ。
「八重くん……助けて……」
どうにか絞り出した言葉は、あの繰り返しの中で誰にも言えなかった言葉で、その言葉を聞いてくれる人物の心当たりが言ノ葉には一人だけしかいなかった。
「わたし……また……」
要領を得ない言ノ葉の言葉に、八重は直ぐさま今の状況が非常事態だと認識する。
「よく分からないがゆっくり息を吸え。お前は今何処に居る?」
「家の……前に居る……けどあの紙が……」
「かみ?かみとは何の事を言ってる?今お前の前で何が起きている?」
震える声でようやく聞き取る事ができたのは、『紙』と言う単語だった。
「手紙が……入ってて……それで私……また……ストーカーが…………」
涙声の中の手紙という言葉を八重はどうにか聞き取り、それがつまり此処に来た続きなのだと推察する。
「了解した。家の前に居るなら今すぐ家に入って全ての鍵を掛けろ。そして安全を確認してから、俺の携帯に住所を送れ、俺が今からそっちに行く」
「ねえ……八重くん。どうして……私なの……?」
「分からないが、とにかく大丈夫だ。俺が行くまで、誰にもその事を知られるな。今は兎に角動け。家に入ってじっとしていろ。それが今のお前にとって今最も重要な事だ。いいな?」
八重の諭す言葉に言ノ葉は自分の今すべき事を確認する。
「分かったわ……」
八重は手早く会話を済ませると、その通話を切る。
言ノ葉どうにかその紙を拾い上げ、重い身体を引きずりながら今しがた出て来た家の中へと入って行く。
先出た時と変わらない筈なのに、薄暗さの影から今にも人が出て来そうな気配がして狭いところヘと逃げて行く。
結局一番狭いトイレに鍵を掛け、八重からの連絡を待つ事しばし、気を紛らわせようとかけた、楽しい動画も、好きな音楽も、今は何も頭に入って来ない。
見えるもの全てが不気味に歪み、聞こえる全てが雑音となる。
今の言ノ葉の心には電越しで聞いた彼の言葉だけが残っていた。
「大丈夫……八重くんが、来てくれるから……大丈夫」
なけなしの折れそうな心に、言い聞かせ言ノ葉は祈るように瞳を閉じた。
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