第28話 『ニューワールド』 <終焉>

 海の向こうで重々しい黒い雲が浮かび、雷の音がしている。

 ぽたりぽたりと雨粒が落ちてきたかと思えば、底が抜けたように激しく雨が降り始めた。

『ニューワールド』の世界は気候が穏やかではあるが、珍しく南国特有の嵐がこの地域を覆っていた。



 だだだだだだだだだだっっっ!



 雨音を引き裂く鋭い銃声が辺りを支配する。

 何度も何度も響き渡り激しいバトルが行われていることを物語っている。

 そのバトルの中心にいたのはレモン、カカオ、ブルーベリーだ。三人は銃を構えて、南国特有の樹木の木々の間をハイスピードで駆け抜けていく。

 三人を追うように駆けてくる影が同じく三人分。

 ちっ、と舌打ちをしたレモンは素早く振り向き立ち止まると、三人に向かってサブマシンガンの引き金を引いた。

 どん、と思い破裂音がした瞬間二つの影が倒れた。すぐさま頭上に現れた光の渦に回収された。

 しかし、逃した一つの影が飛び出した。撃ったレモンに襲い掛かる。


「消えろ」


 低く呟いた声とともに断続的な銃声が響き渡る。レモンに襲い掛かった影は倒れ、同じく光の渦に回収された。

 手にしていたショットガンから硝煙が立ち上っていた。撃ったのはカカオだった。

 軽快なファンファーレが鳴り響き、『BATTLE WIN』と空間に派手なネオンに彩られた文字が現れた。

 バトルイベントの時に出てくる勝利のサインだった。


「雑じゃん。Sランクのくせに」


 口を歪ませ、吐き捨てるようにカカオが言った。


「うるさいわね」


 レモンが静かに言い捨てた。レモンは振り返りもせず、自分たちの住居である白いモダンハウスへ歩いて行った。

 ふん、と一つ鼻を鳴らすとカカオもそれに続く。


「この世の終りのような空みたい……」


 バトル中一度も引き金を引かなかったブルーベリーが、顔に雨粒を受けながらぽつりと呟いた。

 三人がシェアハウス・ビタミンに到着する頃、風雨が猛り狂い始めていた。

 いつも美しい姿を見せる背の高いガラス窓が特徴の白いモダンハウスは、激しい風雨でその姿を曇らせていた。嵐が間近に迫っていた。

 三人はずぶ濡れだった。所々泥が跳ねているが全く厭わず玄関へ入った。


「あのバトル……何をやってるんだ、君たちは。ずぶ濡れになってまで」


 三対の双眸が視線を動かす。声がした方を見ると仁王立ちをしたアセロラがいた。

 三人とは違い、上質なダークレッドのスーツは清潔そのものだった。

 片眉をぴくりと跳ね上げたアセロラは、手に持っていたバスタオルをそれぞれに投げつけた。


「レベルの差がある無駄なバトルだったじゃないか。我々チーム・ビタミンは無駄な争いごとは好まない。そうだろう?」


 アセロラは三人を覗き込むが、無言だった。


「しかも、ランクSとランクAのバトルパーティーなのに、戦い方が美しくない。君たちの実力ならもっと……」

「説教ならいらねーよ」

「そこ、どいてもらえる?」


 カカオとレモンがアセロラをぎっと睨み、アセロラの肩を押しのけて室内へ入って行った。

 たたらを踏んだアセロラは二人のいつもと違う雰囲気に押され、眉間にしわを寄せた。


「待ちなさい!」


 アセロラは問いただそうと、リビング・ダイニングルームに入っていった二人を追いかけた。

 先についていたレモンはダイニングテーブルの席に座り、イライラした様子で水滴を拭う。カカオはこの部屋にある掃き出し窓の傍に立ち、タオルを頭に乗せてがしがしと力任せに拭いていた。

 いつもならこの窓から美しい青い海を眺めることができるのだが、横殴りの雨が窓ガラスを叩きつけていた。


「み、みんな……イライラしてるんです。どうしてかは分からないんですけど……」


 アセロラの後ろからゆっくりとついてきていたブルーベリーが、小さな声音で言った。

 おどおどしていつもと様子の違うブルーベリーに対しても、アセロラは訝しげに見た。


「君たち……何があった?」

「別に……」

「何もねーよ」


 アセロラが声をかけても反応は素っ気ないものだった。


「ずっとこんな調子なんです」

「ブルーベリー」

「ここではないどこかで……何かあったのかもしれません」


 アセロラは目を瞠り、ぐっと喉を詰まらせた。


「それは……持ち込まないルールだろう」

「そんなことは分かってます。でも……耐えられない時もあると思うんです」


 ブルーベリーはアセロラの反応に目を伏せて、持っていたタオルをぎゅっと握った。ぽたりぽたりと床に黒いシミを作っていく。


「……ルールはルールだ」


 アセロラははぁと溜息を零すと重苦しい空気を醸し出す三人に向き合った。

「君たち少し話し合おうじゃないか」

「話し合うことなんて何もねーよ」


 どんと窓ガラスに拳をぶつけ、低く唸るような声音で言ったカカオが振り返った。


「話し合って、何か状況が良くなんのかよ?」

「状況……?」

「こっちはバンドの解散まっしぐらなのに、ここで話し合って何か解決するわけじゃねーだろ」


 ケンカ腰のカカオにアセロラはたじろいだ。


「同感ね。私は大切にしていたチームから離脱させられることになった。私はそんなの望んでないのに……。ここで話し合ったって、仲間が裏切らないとは限んないでしょう?」


 冷めた双眸でレモンがアセロラを見据えた。


「裏切るだなんて……僕たちは大事な仲間じゃないか! シェアハウスにともに住んで、仲間としてお互い切磋琢磨しながら素晴らしい時間をこの世界で過ごしてきた! 大事な仲間に違いないでしょう!?」


 アセロラは腹の底から搾り出すように叫んだ。

 わなわなと唇が震え、顔を真っ赤にしてレモンを睨みつけた。


「仮初の世界のだけの関係です……」


 ブルーベリーがぽつりと呟いた。アセロラはその言葉に目を瞠った。


「結局……私たちは赤の他人なんです」

「そう。赤の他人。ホンモノの自分を受け入れたくない人間が傷を舐めあっていたにすぎないのよ」

「仲間なんてな、一時的なもん。そんな絆、ニセモノに決まってんだろ」


 レモンが冷たく言い放ち、カカオが顔を歪めて吐き捨てるように言った。


「ニセモノ……」


 アセロラは奥歯をぐっと嚙み締めた。そして、何度も何度も首を横に振った。


「違う……そんなんじゃない。僕にとってはニセモノなんかじゃない! 現実を忘れさせてくれる楽しい仲間で現実世界の人間関係よりも大事で……僕のたった一つの居場所だったんだ!」


 アセロラが顔をぐしゃぐしゃにしてもう一度叫んだ。両の目から冷たいものが流れた。


「そうね。たった一つの居場所だった。誰にとっても。でも、もうこのシェアハウスも終わりね」


 レモンは口を歪めて目を伏せた。


「……一人で熱くなんなよ、リーダー」


 カカオはアセロラの肩をぽんと叩くとこの部屋を出て行った。


「仕方がありません……」

「残念ね」


 ブルーベリーが虚ろな表情で言い、レモンが溜息を零した。

 二人はアセロラと目も合わせずにカカオと同じように部屋を出て行った。

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