第3話 『ニューワールド』 <唯一>

「どなたかしら?」


 ライチがぱたぱたと玄関へ向かったが、すぐさまバタバタとリビング・ダイニングルームに帰ってきた。


「はぁい、どうもこんにちはぁっ☆」


 このシェアハウスには不似合いな可愛らしい声が響いた。

 あざとくひょっこりと顔を覗かせたのは、大きな瞳をぱちぱちさせ、キラキラと笑顔を振りまいた十代くらいの美少女だった。


「君のハートを狙い撃ちっ、キラキラ笑顔のアイドル・マカロンです☆」


 フレアスカートがふわりと舞い、指でハートを作ってポーズを決めたマカロンに対して、レモンはわなわなしながら指差した。


「動画クリエイターのマカロンじゃん! え、マジ、ホンモノ?! ヤバイヤバイっ」

「誰、コイツ?」

「俺も知りません」

「はぁ? マカロンって『ニューワールド』内で人気のアイドルじゃん。みんな知ってるって」

「しらね」

「これだからオジサンとオバサンは……」

「ア゛!? なんつった!?」


 やれやれと肩をすくめたレモンに対して、気の短いブルーベリーが激高した。


「わ、私のために争わないでください☆」

「うわっ、発言が昭和! アンタもしや年齢が……もがっ」

「ブルーベリー、ちょっと黙ってください。マカロンさんでしたか、このシェアハウス・ビタミンにどんなご用件が?」


 カカオは咄嗟にブルーベリーの口を塞ぎ、もがもがとおそらく文句であろう言葉を投げつけてくるブルーベリーを無視して話を進めた。


「そうでした! あの、突然お訪ねしてごめんなさい☆ 私のチャンネルで配信している『突撃! お宅訪問☆』の企画でお邪魔させていただきましたぁ。今回はシェアハウス・ビタミン邸が選ばれましたっ。おめでとうございますぅっ☆」


 肩に乗せていた鳥型のカメラ付きドローンを飛ばしたマカロンは、カメラに向かってあざとくポーズを決めた。


「は? 何?」

「お宅、訪問?」

「そうです☆」

「ウチ、何度か見たことある。家の中紹介してまわるヤツじゃん」


 カカオとブルーベリーがぽかんとした表情を浮かべていると、レモンがドヤ顔で説明した。


「えぇっ!? シェアハウスの中が紹介されちゃうんですか!?」

「はい! 紹介しちゃいます☆」

「うきゃあぁっ!」


 素っ頓狂な声を上げたライチはすぐさまリビング・ダイニングルームをバタバタと駆け抜けていった。


「ど、どうしたんでしょうか?!」

「多分ライチさんは家の中を片付けに走ったんじゃないでしょうか。寮母さん的存在なので」

「め、迷惑でしたかぁ……?」

「迷惑だなんて、とんでもなーいっ!!」


 突然、リビング・ダイニングルームの入り口から豪快に飛び出してきた男がいた。

 突然の登場にここにいる全員がぎょっと目をむいた。


「ちょっと! びっくりさせないでよ、アセロラさん!」

「いつの間にシェアハウスに来たんですか!?」

「はっはっはっはっ。ついさっきだよ。君たちに会いたくってね」


 アセロラと呼ばれた男はダークレッドの上質なスーツで身を固め、髪がロマンスグレーの所謂イケオジだった。

 このシェアハウスの五人目の住人でありオーナー、そしてチーム・ビタミンのリーダーでもあった。


「マカロンさんと言ったかな? 全て話は聞かせてもらったよ。素晴らしいじゃないか。私たちの愛するシェアハウス・ビタミンが紹介されるだなんて。ありがとう、我が家へ来てくれて。オーナーとして心より歓迎するよ」


 カカオとブルーベリーの抗議はまるっとスルーしたアセロラは、マカロンに優しいオジサマと言った風情の微笑みを向けた。


「それじゃあこのまま撮影してもいいんですかぁ?」

「もちろんだとも」

「やった! オジサマ、ありがとうございます☆ ではぁ、さっそく……」


 マカロンがきゃいきゃいと喜び、早速この部屋以外を紹介しようと一歩踏み出そうとしたのだが、思いの外強い力でアセロラに肩を捕まれぐりんと方向転換をさせられた。


「見たまえ、マカロンさん。この美しい景色を」


 芝居がかった調子でアセロラは、リビング・ダイニングルームの見どころである大きな窓へマカロンを誘導した。

 そこから見える景色は透明度の高いマリンブルーの海と太陽が反射し光ったように見える美しい白浜、日差しの強い太陽を引き立てるような雲一つない青く澄んだ空が広がり、自然の雄大さを一つの絵画に落とし込んだようだった。


「美しいでしょう。このシェアハウスを含めて誰がデザインしたと思う?」

「さ、さあ?」

「それは、アタシ」


 戸惑うマカロンへ向けてブルーベリーがふふんとドヤ顔をし、アセロラの隣へ並んだ。


「ブルーベリーことアルティメットバーチャルクリエイターよ!」

「は? 何ソレ、おいしいの……?」

「ブルーベリーは口が悪くてぶっきらぼうだが、クリエイティブなセンスは一流だ」

「アセロラさん一言多いっ」

「私が彼女の才能に惚れて建ててもらったんだ。この辺りでは人気の建築家なんだよ」

「建築家って言えばいいのに……」

「ア゛!? なんつった!?」

「すっごーい☆ 素敵なシェアハウスを建てたんですね。ちなみに、シェアハウスって住む上で何かルールがあったりするんですかぁ?」


 マカロンはブルーベリーの追撃を躱すかのように、別の話題をアセロラに振った。アセロラはふむ、と言って顎に手を当てた。


「……そうだねぇ。あえて言えば『現実世界のことを持ち込まないこと』かな。この一つに尽きる」

「もし、そのルールを破ったらどうなっちゃうんですか?」

「どうなってしまうんだろうね……気になるかい?」


 すっと流し目でアセロラはマカロンを見たが、彼女はこてんと首を傾げた。


「気になりますけど……私が気になっているのは他のお部屋なので、次の部屋を紹介してくださいな☆」

「いやいやまだだよ。ブルーベリーのこだわりはここだけじゃない。この窓を開けて庭に出るとさらに素晴らしいんだ」

「ちょ、ちょっとっ」


 アセロラはにっこりと微笑むと、ブルーベリーとともに有無を言わさずマカロンを庭へと連れ出した。


「どうだい、気持ちの良い芝だろう。そして、みんなでバーベキューもできるようにしているんだ」

「そうなんですね☆ じゃあ、次へ……」

「実はさぁ、五人揃うってことが一度もなくってまだ叶ってないんだよね~」

「シェアハウスのルールに加えようか、月に一度はバーベキューって」

「何ソレ最高っ」

「あの、もう分ったんで。次のお部屋へ……」

「潮風に吹かれながら美しい景色とともにいただく料理はとても美味しいだろう」

「アセロラさん、アタシ霜降りの良い肉食べたい!」

「だから……」

「はっはっはっはっ。食いしん坊だな、ブルーベリーは。いいだろう。南地区で一番有名な……」

「もーーーーぅ、むーーーりーーーぃっ!!」


 苛立ちを爆発させたマカロンは大声で叫ぶと頭を掻きむしった。


「なんで、人の話聞かないの!? 私、家の中をぐるぐるしながらおびき寄せろって言われてるのに、全然できないじゃない!」


 突然の大声の内容に、シェアハウスの住人四人は目を真ん丸にして驚いた。


「は? 何言ってんの、コイツ!?」

「もう無理っ! ムーンさーんっ、ブリッジさーん!!」


 マカロンが叫ぶと鳥型のカメラ付きドローンがピカピカと光りだした。

 するとういーーーんとモーター音が響き渡る。


「っるせ!」

「一体何の音ですか?!」


 レモンとカカオも庭へ飛び出し、先に庭にいた二人と空を見上げた。

 そこにはいつの間に来ていたのか、黒々とした車体のホバーバイクがモーター音を響かせながら降りてきた。辺りに砂埃をまき散らせながらふわりと着地する。

 そこに乗っていたのは二人の男だった。

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