第4話 『ニューワールド』 <訪問>
「ムーンさん、ブリッジさん!」
「呼ぶのが早すぎだろう、マカロン」
「だってぇブリッジさん、仕方がないじゃないですかぁ」
「この方たちのお相手はマカロンさんには荷が重すぎましたか」
マカロンが甘えた声で駆け寄ると二人の男はホバーバイクから降り立った。
ブリッジと呼ばれた男は眼つきがキツく、体躯のがっちりとした大柄な男でショットガンなどの武器よりも肉弾戦が得意な格闘家の道着を身に着けている。
もう一人のムーンと呼ばれた男は魔導士のような黒いローブを身に纏い、フードを目深にかぶっていた。
薄っすらと笑みを浮かべた口元のみが見えるその男が口を開いた。
「どうも、チーム・ビタミンの皆さん」
「コイツら誰? 誰か知ってる?」
不気味な雰囲気のムーンに対して、眉根を寄せたブルーベリーが三人に問うたが首を横に振るだけだ。
「初めましてですよ。『ニューワールド』内バトルパーティーランキング三位の皆さんとは」
「ふーん、ウチらのこと知ってんだ」
レモンはにやりと口の端を上げて笑った。
『ニューワールド』内のアクションバトルゲームには様々なランキングが存在する。その中の一つがバトルパーティーランキングだ。規定バトル数においてのバトルポイントに応じてランキングが変動する。
チーム・ビタミンは現在三位をキープしていた。
「俺たちに何かご用ですか? それにマカロンさんとはどういう……」
「実力者であるアンタらにバトルを挑みたくってね。簡単には受けてくれないだろうからマカロンに協力してもらったんだが……無意味だったな」
「ブリッジさん、ひどーいっ。マカロン、頑張ったのに☆」
「結果、チーム・ビタミンの皆さんにバトルを受けてもらえるんですから、まぁ良しとしましょう」
「何が良しとしましょう、ですか。俺たちはバトルを受けた覚えはないですよ」
「アンタ達二人対チーム・ビタミンの四人じゃ、話になんないでしょ」
ムーンたちに勝手にバトルを挑まれ、カカオとブルーベリーは迷惑そうに眉間にしわを寄せた。
「二人ではありません。マカロンさんもパーティーに入ります」
「ウッソ、マジで? マカロン超弱いじゃん。バトル見たことあるけどヤバかったわ、アレ」
ぷくくとレモンは指差して笑えば、マカロンはあざとく頬を膨らませた。
「アタシ達とは実力差がありすぎるんじゃないの?」
「ケガしますよ」
「チーム・ビタミンはランキング四位のパーティーに追いつかれようとしてるらしいじゃないですか。我々との勝負、受けるしかないのでは?」
ムーンの指摘にカカオとブルーベリーはぐっと押し黙った。
ムーンの指摘通り、チーム・ビタミンは現在三位だが四位のパーティーとはポイントが僅差になっている。バトルの数、勝敗によってはランキングが入れ替わりになってしまう状況にある。三位と四位の重みの差は大きい。
それをよく知っているカカオとブルーベリーは顔を見合わせ、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
その時、
がががががががががっっっ!
突然銃声が鳴った。
断続的に放たれた弾丸はムーンとブリッジの足先からわずか十センチの地面に着弾し、土を抉り綺麗な線を一本引いていた。
弾丸が飛んできた方向にここにいた全員が一斉に視線を送ると、一人距離を取っていたアセロラがショットガンを構えていた。銃口から空へ向かって硝煙が立ち上っている。
「はっはっはっはっ。無駄なバトルは受けないよ」
「アセロラさん!」
「我々チーム・ビタミンは無駄な争いごとは好まないんだよ。申し訳ないね」
「負けるのが怖いんじゃないですか?」
「まさか。そちらのように即席のチームではないから負けるわけがない」
「そちらも『ニューワールド』内のコミュニケーションエリアで偶然出会っているのでしょう? 私たちと同じように即席のようなものでしょう?」
『ニューワールド』で他のプレイヤーと出会ったり、バトルパーティーのメンバーを募集したりするときは、この世界の中心にあるコミュニケーションエリアを利用する。
ムーンとブリッジがマカロンと出会ったのはもちろんのこと、シェアハウス・ビタミンの住人達も例外ではない。
「確かに君の指摘通り、我々も偶然出会った。しかし、偶然は必然でもある。シェアハウスにともに住み、仲間として濃密な時間を過ごしている。お互い切磋琢磨しながら素晴らしい時間をこの世界で過ごしている。大事な仲間達だ」
「大事な仲間達ですか」
シェアハウス・ビタミンのオーナーであり、バトルパーティーのリーダーでもあるアセロラは、その言葉を肯定するようににっこりと微笑んだ。
「それにフードを被ったままなどマナーのなっていないチームの方とはバトルはお断りだよ」
「フードを取ればバトルを受けてくれるのですか? それならお安い御用だ」
ムーンは口の端を上げてにやりと笑うと、あっさりと目深にかぶったフードを脱いだ。
そこに現れたのは端正な顔立ちの所謂イケメンと分類される男がいた。
「これでいいでしょうか?」
「ひゃあっ! イケメンじゃんっっ!!」
声がひっくり返ったのはブルーベリーだ。
「イケメン、尊すぎてマジしんどい。え、コレって告白していいの? 待って待って、心の準備が!」
「乱心しないでください、ブルーベリー!」
「だって、イケメンだよ!?」
「イケメン耐性ないとかヤバイわ」
「だって、イケメンなんだよ!?」
カカオとレモンが大興奮のブルーベリーに対して突っ込んでいると、ムーンがブルーベリーに近づいた。
「お嬢さん、良ければチーム・ビタミンのリーダーにバトルをお願いしてもらえないでしょうか?」
ムーンはブルーベリーとしっかり目線を合わせ少し困ったように眉を下げると、ブルーベリーは母性本能を一気にくすぐられ、そんなイケメンの破壊力に頬を真っ赤に染めた。
「よ……喜んでっっっ!!」
どこぞの飲食店のような掛け声を発したブルーベリーはアセロラのもとへ飛んでいき、すぐさまアセロラに頼み込んだ。
「アセロラさんっ、バトルしよ! イケメンが困ってて、私に助けて欲しいって言ってくれてんの。ここで助けたらポイント上がるじゃん、好感度爆上がりじゃんっ。アセロラさん、人助けだと思って、お願いお願い!」
「うわっ、欲望丸出し。隠すつもりないじゃん」
「交渉下手すぎでしょう」
レモンはドン引きし、カカオは額を手で覆った。対してブルーベリーに突撃されたアセロラは、眉根を寄せてうーんと唸りながら腕組をしていた。
「ブルーベリー、無駄な争いごとはよくないよ」
「じゃあ、無駄にしなきゃよくない!?」
「活用するってことかい? ……そうだ。こういうのはどうだろうか」
「何々?」
「近々カカオとブルーベリーがランクAに昇格したお祝いのために、シェアハウス・ビタミンでパーティーをするつもりだったんだよ」
「マジで!? 嬉しい!」
「そこでだ。彼らにもパーティーに参加してもらって、彼らとどちらがおいしいバーベキューを作れるかバーベキュー対決をするのはどうだろう? 定番のバーベキューで豪華な食材にするのか、尖ったアイデアが楽しめるバーベキューにするのか、はたまたそれ以外のバーベキューか……それはチームのセンス次第。どうだい?」
「アセロラさん天才! 絶対楽しいじゃん!!」
「はっはっはっはっ。喜んでもらえて光栄だよ、ブルーベリー。私も仲間には甘いな」
ブルーベリーは諸手をあげて喜び、そんな彼女を見てふっと男臭く笑ったアセロラは気取っている映画俳優のようだった。
「というわけで、バトル成立! ムーンさん良かったですね!」
満面の笑みを浮かべてブルーベリーはムーンに向かって振り向いた。
「ありがとうございます、お嬢さん。これでバトルができます。よろしくお願いいたします」
イケメンスマイルで微笑めば、変な奇声を上げてブルーベリーが派手に卒倒した。
シェアハウスの住人達は彼女の名前を呼びながら介抱しに走った。
「おいおい、ムーン。大丈夫かよ? バトルの意味が違っている」
隣にいたブリッジはぎろりとムーンを睨んだ。
「確かにそういう意味ではなかったんですが……まあ、良しとしましょう。計画は続行です」
ムーンはシェアハウスの住人達を眺めながら、食えない笑顔を浮かべていた。
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