第2話 『ニューワールド』 <日常>



 どがががががががっっっ!



「おいしょーーーっ!!」


 アサルトライフルをぶっ放しながら、高い塀の上から長い黒髪をなびかせた若い女が舞い降りた。

 ハイスピードで飛んだ弾丸はターゲットである武装した男に見事にヒットする。倒れた男は頭上に現れた光の渦に回収された。

 それと同時に軽快なファンファーレが鳴り響き、『BATTLE WIN』と空間に派手なネオンに彩られた文字が現れた。


「バトルウィーーンっ! ナイスぅ!」

「ナイスじゃないです! ブルーベリー!」


 ブルーベリーと呼ばれた女が声のした方を見ると、背の高い身体を器用に折り曲げしゃがみこんでいるツンツン頭の若い男がいた。

 彼の背後にあった幹の太い樹木には彼女が放った弾丸の一つが撃ち込まれていた。


「アンタの命中率の悪さ、どうにかして下さい!」

「あは。やっちゃった。テヘペロ☆」

「古っ。もう誰も言いませんよ、テヘペロなんて。年齢バレしますよ」

「ア゛!? なんつった!?」


 ブルーベリーは切れ長の双眸をさらに吊り上げ、クール系美人の容貌を台無しにしてしまっている。

 青を基調としたスレンダーな体形をキレイに見せるぴたりとしたノースリーブに、ロングスカート風ボトムスのコスチュームを着こなしているブルーベリーは、ゆっくりと立ち上がった男にアサルトライフルの銃口を向けた。


「カカオ、女性に年齢はタブーに決まってんだろ」

「女性扱いをしてほしかったら、それなりの態度が必要だと思いますが?」


 カカオと呼ばれた男はツンツンとした髪を左手で撫でつけながら、右手にあったショットガンの銃口をすでにブルーベリーに向けていた。


「へぇ。アタシとやんの?」

「受けて立ちますが?」


 カカオが来たる攻撃に備えてぐっと足を踏ん張り構えれば、身に着けている武将のような甲冑風のスリムなブラックスーツがかちゃりと鳴った。

 二人の視線が交錯する。刹那、最初の一撃を繰り出そうとした。


「カカオさーん、ブルーベリーさーん。そろそろブランチにしませんかぁ?」


 突然割って入ってきたのほほんとした女の声に、ぴくりと反応した二人は声のした方向に振り向いた。

 そこには二階建てで背の高いガラス窓が特徴の白いモダンハウスがあり、その玄関先でぶんぶんと手を振っている女がいた。


「ラ、ライチさーん。今のムード見てたぁ?」

「え、何です?」

「まさに一触即発のピリピリムードっ。手に汗握る戦いが幕を開けそうだったのに!」


 ブルーベリーはかっくりと頭を垂れ、カカオはやれやれと肩をすくめてショットガンを収めた。


「あらあら、そうなんですか? バトルイベントが終わった頃だと思ったので、お二人を呼びに来たんですよ」


 ふふふ、と大きな青い瞳で二人に優しい眼差しを向けて笑ったライチに二人は目を瞠った。


「天使だ」

「天使がいる」


 太陽の光が反射し金色の髪がきらきらと輝き、加えて白を基調とした聖職者のローブ風コスチュームをまとったライチは、二人よりも幾分年を重ねているのだが金髪碧眼の容姿も相まって慈愛の天使のようだった。


「お腹すいたでしょう? さぁ、行きましょう」


 ライチに促されて、二人は彼女の背後にあるモダンハウスに向かって歩き出した。

三人がいる場所は『ニューワールド』南地区である。

 この『ニューワールド』という世界は四ブロックに区画されていて、地区ごとに特色を持っている。

 南地区は南国がイメージされた地区で、じりじりと日差しの強い太陽が青い空を支配し、その空を映しこんだ海は透き通るような美しい青を表現していた。

 通りには南国特有の葉の大きな樹木が程よい距離で植えられ、南国のバカンスが楽しめるような街が造られていた。


 その一画に三人が今いるモダンハウスがある。『シェアハウス・ビタミン』と名付けられたこの建物は、三人が『ニューワールド』内で拠点としているシェアハウスだった。このシェアハウスには五人で住んでいる。

 五人はこの世界で各々思い思いに過ごしているが、『ニューワールド』の人気ジャンルであるアクションバトルゲームに参加する際は、チーム・ビタミンとしてパーティーを組んでいた。

 カカオとブルーベリーはライチが来るまでバトルイベントに参加していたのだ。

 ライチによってすっかり戦う氣が逸れてしまったカカオとブルーベリーは、『シェアハウス・ビタミン』に着くと温かみのある木製の玄関ドアを開けた。


「遅いじゃん。二人とも」

「レモン!」


 光がたっぷりと入ってくる吹き抜けの玄関に入れば、仁王立ちをしている少女が待っていた。


「さっきのバトルイベントに時間かけすぎじゃね? マジヤバイんだけど」


 レモンと呼ばれた少女が小首をかしげると茶髪のツインテールが揺れる。カカオは片眉を跳ね上げ、ブルーベリーの口の端がひくりと動いた。


「ランクSの腕を持つレモンが欠席せずに来てくれたら良かったんですが」

「ウチ、弱すぎてマジ興味なかったし」

「アンタねぇ、約束守れよ! ってか、ソコソコだったわ。弱いことないわ」

「ウチなら秒でヤレるよ?」


 ワンサイズ大きい黄色のパーカーの袖を萌え袖にして、レモンは口元に手を当てて笑った。

 四人目の住人であるレモンはバトルイベントで腕が立つ。最上級のランクSの称号を持っていた。

 説得力がありすぎる言葉に、最近ランクAに昇格したカカオとブルーベリーはぐっと押し黙った。


「はいはい、皆さん。それぐらいにしてダイニングに移動してくださいな」

「ライチさーん。ウチ、お腹すいたぁ」

「レモンちゃんのブランチも用意してますよ。こちらにいらしてください」


 レモンはライチの腕を引き、ミニスカートからすらりと伸びた足で元気よく歩き出した。

 広めの玄関から続く廊下を通り抜けると、大きな掃き出し窓から美しい青い海を眺めることができるリビング・ダイニングルームに入った。


「ただいま。あれ? アセロラさんはいないの?」


 ブルーベリーはダイニングテーブルの席に着きながら、きょろきょろと辺りを見回した。


「今日はまだシェアハウスに来ていないようですよ。私、シェアハウスを軽くお掃除してたんですけど、どの部屋にも気配がなくお見掛けしなかったので」

「そうなんだ」


 ライチはこのシェアハウスでは寮母的存在で、このシェアハウスの管理や掃除、料理などをしている。彼女が特に好んでいるのは料理である。

 本日も席に着いた三人のためにブランチを用意した。

 カカオにはベーコンと野菜を挟んだイングリッシュマフィン、レモンにはエッグベネディクト、ブルーベリーにはフルーツたっぷりのパンケーキをサーブした。


「おいしい!」

「ヤバっ、マジヤバイんだけど!」

「美味しい。流石ライチさんですね」

「ふふ、ありがとうございます。ところで、皆さん今日のご予定はどんな感じですか?」


 それぞれお気に入りの飲み物を三人にサーブしながらライチは聞いた。


「俺はこの後、コンサルタントの仕事が控えていますね。今日は……三件ですね」


 カカオは腕時計型のウェアラブル端末を操作して、スケジュールを確認した。

 『ニューワールド』では仕事をすることができるが、カカオの場合はコンサルタントをしていた。


「お。意識高い系コンサルタントご出勤~」

「茶化さないでください、ブルーベリー」

「はいはいはーいっ。ウチはゴールドリーグでバトルね。ランクSうじゃうじゃいるけど、どんだけ叩けるかマジ楽しみ」


 レモンは楽しそうに指をぽきぽき鳴らした。

 『ニューワールド』では人気のあるジャンルがいくつかある。その内の一つがショットガンなどの銃を使う、サバイバルゲーム要素があるアクションバトルゲームだ。

 このゲームには種類が三種類ある。

 一つ目はカカオとブルーベリーが参加していた定期的に開催されるバトルイベント。

 二つ目はランクが分かれたリーグバトル。これからレモンが参加しようとしているバトルだ。ゴールドリーグはランクSの称号を持つものだけが参加できるリーグだ。

 そして、最後の三つ目はよくチーム・ビタミンとして参加する、二つのパーティーが勝負をする団体戦である。


「アタシはねぇ……」



ぴんぽーんっ



 ブルーベリーが口を開いたとき、突然インターホンが鳴った。

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