電子書籍化記念・番外編〜突然の休日④
宮殿に着いた時にはもう夜の帳は下りきっていた。
宮殿のみんなへは明日渡そうかと思ったが、彼らの分は明日届く予定になっている。先にウィルバートたちに伝えておいたほうがいいだろうということで、ティアナは滞在している客室に到着するとミリアーナを探した。
「ミリアーナはどこかしら?」
そう呟いて探しに出ようとしたら、ミリアーナが駆け込んできた。
「ティアーーー! とっても素敵なドレスをありがとうーーーーー!」
どうやら、ティアナが聞かされていた予定より早く品物が届いていたらしい。
「もう受け取ってくれたのね。よかった。似合ってる。ミリィをイメージしてデザインしたのよ」
「これ、ティアナモデルなんでしょう? 本当にさすがね。今まで見てきた中で一番気に入ったわ! ありがとう、ティア」
「喜んでくれて私も嬉しい」
好みドンピシャなドレスを見てはしゃいでいたミリアーナは、はっと表情を切り替えた。
「そうだわ。ティアを呼んでくるように言われたのだったわ。さあ、殿下のところへ行きましょう」
「ふふ。そうね。殿下にも説明しなければね」
ウィルバートの執務室に着くと、トルソーにかけられた礼服を見つめるウィルバートとランドール、扉のそばに控えるフィリップ、そして今日は休日だったサミュエル、レオの姿まで揃っていた。
「ティアナ嬢、おかえり」
ウィルバートは執務室に入ってきたティアナを目にすると、ふわっと安心したように微笑んだ。
「ただいま戻りました」
ティアナは丁寧に腰を落として礼をした後、姿勢を戻し、説明するために口を開いた。
「先に説明するつもりでしたが、品物がそれより早く届いてしまったようで失礼いたしました」
「いいや。つい先程届いたところで、驚いたがマリア様からの手紙が入っていたから。もしこの手紙がティアナより早く着いてしまったらティアナに謝ってほしいと書かれていた。『マリウスの機嫌をとるために一足早く送ってもらった』と伝えてほしいと」
ティアナはなるほど、と思った。送るときは全部一緒に送ってほしいとお願いしていたから、マリウス叔父様に差し上げる分を受け取るために全てを送ったのだわーーと。
(マリウス叔父様、お仕事があるからってあっさり帰って行かれたけれど、やっぱり寂しかったのね。相変わらず可愛い方だわ)
ティアナはマリウスが大人気なく拗ねている様子を想像してふふふ、と笑いをこぼしてウィルバートに向き直った。
「順序が前後してしまって申し訳ありませんでした。こちらはお世話になった皆様への恩返しのつもりで仕立てたお洋服たちです。ウィルバート様やランドール様、フィリップ様、サミュエル、レオへは礼服を、宮殿の使用人の皆様へは制服をデザインしました。お気に召していただければ嬉しいのですが……」
ランドールの礼服はミリアーナと対になるようデザインした。結婚していないのが不思議なくらいの溺愛ぶりだから問題ないだろう。
ウィルバート、フィリップ、サミュエル、レオナルドにはそれぞれに似合いそうな礼服をと心を込めてデザインした。ティアナにとっては満足のいく仕上がりとなったが、みんなの反応はどうだろう?
不安にそわそわしながら表情を伺い見てみると、フィリップは目を細めてにこやかに笑ってくれていて、ウィルバートとサミュエルとレオナルドはお互いの礼服を見比べているようだった。
「いかがでしょうか? みなさまをイメージしてデザインしてみたのですが……」
ティアナが遠慮がちに声をかけると、お互いの礼服を見比べていた三人は同時にティアナへと目を向けた。
「素晴らしいよ。あなたにデザインしてもらった服を身に纏えるなんて、光栄だ。ありがとう」
「ティアナありがとう。とても素敵だ。気に入ったよ」
「ティアにこんなプレゼントをもらえるなんて考えてもいなかった。本当に嬉しい。ありがとう」
ウィルバート、サミュエル、レオナルドの順に感謝の言葉を返してくれた。
よかった。嘘ではなさそう。そう思いながらティアナは胸を撫で下ろした。実はティアナモデルは注文が殺到しすぎたので、今のところは女性のドレスしかデザインを請け負っていない。つまりは今回紳士用の礼服を仕立てたのは実質初めてだったのだ。
安堵しているティアナの側で、ミリアーナは思う存分恋人のランドールに愛でられつつも、真剣に状況を観察していた。
どうやらティアナへ求婚した三人は、お互いの服を見比べ、そこからティアナの意志を読み取れるのではないかとそわそわしているらしかった。ミリアーナが見たところ、ティアナは自分の仕事に誇りを持ち、真摯に取り組んでいるので、今のところ自分の感情をそこに持ち込む余地はなさそうたと感じていた。お互いの服を見比べ、きっと三人も納得したことだろう。
というのも、彼らに贈られた礼服は誰が見ても優劣をつけることなど考えられない程それぞれが見事な出来栄えで、さすがティアナが睡眠時間を削りながら一生懸命に取り組んだだけあると思えたからだ。
衣装は着る人を魅力的に見せるものだが、ティアナはその人の特徴をしっかり捉え、最適なデザインに落とし込む才に優れているのだろう。そして、何よりその人の嗜好に合わせることが上手いのだ。ティアナの才能を目の当たりにして、ミリアーナは恐ろしく思った。
観察をしていたはずなのに、いつの間にかティアナモデルのドレスの安定供給を受けるためにはどうすればいいのだろうと考え始めたミリアーナを、ランドールは愛おしげな瞳で眺めていた。
翌日、宮殿の使用人達にもティアナモデルの制服が配られ、大変喜ばれた。ティアナは余計なお節介にならないようにと頑張って制作にあたった努力が実ったように感じられ、一安心した。
こうして、突然訪れた休日を使ってお世話になった人たちへの恩返し計画が実行できた。
ティアナはとても有意義な休日を過ごせて満ち足りた気分でまた朝から仕事に励んでいた。
ーー礼服を受け取って大感激したマリウスがティアナの部屋までその喜びを伝えに訪れ、困惑しつつも仕事の手を止め、また一緒にマリウスお手製のチョコレートケーキをいただくことになるのは、あと数時間後のことである。
【Web版】捨てられた平民育ちの公爵令嬢は幸せになるために奮闘する 葵 遥菜 @HAROI
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