第51話
ウィルバートは不機嫌顔のマリウスと対峙していた。
マリウスはティアナの社交界復帰にエスコート役として華を添えるためにフランネア帝国を訪れていた。
「これが、我が女王陛下からの書状です。お納めください。ウィルバート皇帝陛下」
「ありがとうございます。マリア様はご息災でしょうか?」
「ええ。もちろん。でも、やはり残念がっていましたね。社交界への顔見せはプロスペリア王国でもできるのに、と」
ウィルバートはドキリとした。いつティアナがプロスペリア王国に帰ると言い出すかとひやひやしている毎日なのだ。
社交界への復帰こそフランネア帝国でする気になってくれたようだが、それが終わればティアナをフランネア帝国に留める理由はなくなる。強いていうならブランシュで請け負っている仕事が留まる理由になるだろうか?そのようなことをつらつらと考えながらウィルバートはあえて挑戦的に答えた。
「そうですよね。でも、ティアナ嬢が望んだことですから。お世話になった人たちがいるこのフランネア帝国で顔見せしたいと」
「ええ。わかっていますよ。あの子は私に似て情の深い子です。いかに辛い目に遭った場所であっても、恩人が一人でもいればあの子はその恩人に報いようとするはずですから」
うっ……。それを言われるとウィルバートは心が痛かった。お前にはティアナは守れないだろう、また辛い目に遭わせるのだろう、と言われているかのような言い方だった。
実際、守りきれなかった過去があるので、ウィルバートは大きなダメージを受けた……が、踏ん張って切り返した。
「そうですね。本当に素晴らしい女性なので、いまや多くのフランネア帝国民に愛される存在となってしまいましたから……」
ティアナは自身の名誉の回復にウィルバートの助けをさして必要としなかった。自分の力で貴族の支持を手に入れたかと思ったら、意図せず周りを動かして自らのファンを増殖させてしまった。
ウィルバートはティアナのことを損得抜きで心から愛していたが、彼女のそういう面は非常に皇后に相応しいとランドールに熱弁されたばかりで、その弁には否と言える要素がひとつもなかった。
ティアナはいくら努力しても手に入れることは難しい、誰よりも皇后に相応しい気質を生まれながらにして持ち合わせている。だが、それはすなわちーー。
「ティアは我がプロスペリア王国でも人気の高い王女ですからね」
「彼女の出身国ということで、我が国でもプロスペリア王国は尊敬と憧れを集めていますよ。彼女の母親として、マリア女王陛下にも注目が集まっていますし」
「ティアは本当にすごい子です。自然と人望を集めますし、いつの間にか関わったみんなに愛されている。自慢の姪です。よい女王になることでしょう。将来が楽しみです」
ーーそう。次代のプロスペリア王国女王としても相応しいのである。
(やはり、ティアナは私を選んではくれないのだろうか……)
「……それは美しく、みなに慕われるよい女王陛下になることでしょうね。ティアナ嬢は、舞踏会の後は生活拠点をプロスペリア王国に移すのでしょうか?」
「さあ? 私は聞いていませんね。ただ、女王陛下は熱心に国へ戻ってくるよう誘っていましたね……記憶が戻ってからあまり多くの時間を共に過ごせていませんし、寂しいのでしょうね」
「そうですか……」
マリウスは勝ち誇った表情でしょんぼりしているウィルバートを見て言った。
「では、女王陛下からの書状はお渡ししましたからね。私はこれで失礼させていただきます」
マリウスは、本当は姉家族の幸せを壊したロバートを心底憎んでいて、殺すだけでは足りないのでどう苦しめてやろうかと考えを巡らせていた。
しかし、ティアナが人を恨む心を押し込め、前を向こうとあがいている姿を目の当たりにして考え直すことにした。自分の気持ちをコントロールできない叔父なんてかっこ悪いじゃないか、と。
可愛いティアナが我慢するならその気持ちを尊重する。そのためなら自らの憎しみを封印するなど容易いことだ。
だから、マリウスが盗賊団の残党を見つけ出し、ロバートが誰よりも大事にしているエリザを襲うようそそのかしたことは、誰にも言えない秘密なのである。
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