第52話
「ティアナ、少し話がある」
「なあに? 改まって。あ、じゃあ一緒にお茶の時間にしましょう。待ってて、すぐに準備するから」
「いい。そんなに長くならないから」
お茶の準備に向かおうとしたティアナを制し、サミュエルはふわっと微笑んだ。さすがフランネア帝国一色気のある男と言われるだけある。真正面からその笑みの攻撃を受けてしまったティアナは少しドキドキしながら、その場に留まった。
「わかった。じゃあ応接室で聞くね」
ティアナは前日ドレスのデザイン画を描いていて気がつけば徹夜してしまっていた。朝、ミリアーナに速攻でバレてしまって、ベッドに押し込まれたのだ。睡眠不足は美容の大敵なのだと言って。そういうわけで、ティアナはいま朝寝?から起きたばかりで、すなわち寝室にいて、もっと言うとベッドの上に座っている状態なのである。しかも、服装は頼りないネグリジェである。
移動しようと思いベッドを降りると、すかさずサミュエルが肩にガウンを羽織らせてくれる。ありがとうーー、そう言って振り返ろうとしたところで、起き抜けのぼーっとした足はティアナの思い通り動いてくれず、もつれてこけそうになった。
「ティアナ!」
「ーー! 危なかった! 重ね重ねありがとう」
そう言って恥ずかしそうにサミュエルの顔を見上げて笑ったティアナは、次の瞬間、硬い胸板にすっぽりと頭を預けていた。
「限界だ。ティアナ、私の女神」
「え? なに? サミュエルもあの小説のファンなの?」
「違う。いや、あなたに関係あるものならばなんでも愛する自信はあるがーー」
「うん?」
「私は、小説の女神ではなく、今ここにいる生身のティアナが好きだ。愛している」
ティアナはぎゅうっとサミュエルの胸に抱きしめられながら、混乱していた。
「うん……? え!? あ、あい……?」
「ああ。そうだ。私の妻になってほしい。ずっと言いたかったが、あなたの負担になってはいけないと思い、言えなかったんだ」
「うそ……」
サミュエルは抱きしめていた腕を解き、ティアナの手を取って、足元に跪いた。
「嘘じゃない。何度でも言うよ。サミュエル・スペンサーはティアナ・プロスペリアを愛している。私の妻になってほしい。あなたを他の男に渡したくない」
「うそ……」
ティアナは驚きすぎてまた壊れた人形のようになっていた。
***
「ついにサミュエル・スペンサーもティアナ様に求婚したようだねー」
「ちっ……。そのまま胸に秘めていればよかったものを……」
「陛下、正々堂々と戦って勝つんじゃなかったんですかー?」
ウィルバートは執務机でせっせと執務を片付けながら悪態をついていた。
「それで? 君たち側近の二人も僕のライバルに立候補するのか?」
小説にはランドールとフィリップも皇太子の側近として登場していて、女神の恋人候補として描かれていた。
「世間ではダークホースとか言われているけど、僕、恋人いるから」
「はああー? ランディ、いつの間に……! 相手は誰だ?」
「教えないー」
「くっ……!」
「俺も恋人いるから。ティアちゃんは可愛い妹って感じだしな。陛下、頑張れよー」
「くそー! フィル、おまえもかー!」
実は小説のおかげでウィルバートの側近二人にも恋人ができたのだが、それをウィルバートが知るのはまだ先の話である。
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