第8話
「さて、ここからはティアの知らないティアの話をしたいと思う」
「私の知らない私……?」
「そう。僕はティアに求婚して、受け入れてもらえた。だから僕とティアはまず婚約を結ぶことになる」
「ええ。皇太子殿下のお相手だから身分がないとだめだけれど、私、運良く公爵令嬢になれたから一応身分は釣り合うのよね?あ、もしかして元平民だから相応しくないって話なのかしら……?」
「ティアが僕に相応しくないなんてことは絶対にない。けど、僕が皇太子である限り、申し訳ないことに身分の話は避けては通れない。
ティアはクリスさんが元ルスネリア公爵家の長男だったことは現ルスネリア公爵から聞いて知っているよね?でも、マリアさんのことは聞いてない。そうだね?」
「ええ。母のことは何も聞いていないし、あの方から聞こうとも思わなかったわ。でも、もう母本人から聞く術はないし、もしウィルの口から聞けるなら嬉しいわ」
「……ティアの母上のことなのに、了承も得ず勝手に調べてごめんね」
「ウィルの口から聞けるなら嬉しいって言ったじゃない。謝る必要はないし、悲しそうな顔しないで」
ソファーに座った自分の隣で、こちらに身を寄せて頬をなでるティアナの手を感謝の思いを込めて握り、ウィルバートは続ける。
「……調べたところ、マリアさんがプロスペリア王国の王家の人間であることがわかった」
「え!?プロスペリア王国って東の森に隣接する王国よね?母はそこの王女様だったってこと?」
「そういうことだ。それから、ティアナにはもう一人叔父さんがいるんだよ。名前はマリウス様。プロスペリア王国の今の国王陛下だよ」
「国王陛下‥‥!両親は結婚に反対されて駆け落ちしたって言ってたから、てっきり公爵家嫡男の父に比べて母の身分が低かったから反対されたのだと勝手に思っていたの。だから驚いた。母がプロスペリアの王女様だったなんて……」
「ティアは帝国史を勉強していたよね。プロスペリア王国とフランネア帝国が和平を結ぶ時に締結された不可侵条約を知っているだろう?当時の女王は王女のマリアさんが政治的に利用されることを危惧して、フランネア帝国の政治の中枢に限りなく近い地位にいるクリスさんとの結婚を反対していたのかもしれないね」
ルスネリア公爵家に引き取られて以降、最低限の教養は淑女教育の一環でつけさせてもらった。その中に帝国史の勉強もしっかり盛り込んであった。
プロスペリア王国は、代々フランネア帝国を守ってきた王国である。
300年前プロスペリア王国がフランネア帝国に侵略されそうになった時、プロスペリア王家の女性にのみ受け継がれるという宝玉に秘められた膨大な魔力を消費してフランネア帝国に結界を張り、守護する代わりにプロスペリアの安寧を約束するという不可侵条約を二国間で結んだ。
プロスペリア王家に伝わるその特別な宝玉を持つものが次代の後継者、つまり女王となり、その重責を継承していくという。
習った当時はなんて不平等な条約なんだと思ったものだ。それが国力の差だと言われてしまえばどうしようもないのだが。
そこまで思い出して、大変な事実に気付く。
「あれ?プロスペリア王家の後継は確か女系と定められていたわよね?私の叔父さまが国王になったということは、女王であったはずのお祖母さまは……病気か何かで……引退されたのかしら?そして母に姉妹はいないということで……ということは、王女であった母が産んだ私が次の後継者?女王になる……?」
「僕の妻は可愛いだけじゃなくて理解も速いなんて素敵すぎる……!ただ、ひとつ訂正すると、ティアのお祖母様は亡くなっているんだ。マリアさんの死に余程ショックを受けたのか、追いかけるように亡くなってしまったそうだよ」
ティアナはさらにぎゅうぎゅうとウィルバートから抱きしめられながら呟いた。
「……そう。お祖母様も亡くなってしまったの……。私に大事なこと何も教えてくれないまま逝っちゃうなんて、みんな薄情だわ……」
「あの日、ティアのご両親が事故に遭わなければ、家に帰った後に伝えるつもりだったんだと思うよ。その日二人はプロスペリア王国に出向いていたらしいんだ。お祖母様の女王陛下から宝玉を継承するためにね」
「そうだったの……。二人は結婚を許してもらえたってことかしら?そうだったらいいわね」
「うん。……それで話を戻すけど、うちの父はプロスペリア王国に並々ならぬ執着心を見せていてね。ティアの血筋の話をしたら、婚約はすんなり許可されると思うんだ」
「そうなの?私自身全く実感はないし、全ては両親のおかげだけれど、私の生まれがウィルと婚約するのに役立つなら嬉しいわ。……ただ、私はいいのだけれど、プロスペリア王国には迷惑はかけたくないわ」
「ティアにもプロスペリア王国にも迷惑はかけないと誓う。僕は父とは違うやり方でプロスペリア王国と親交を結んでいきたいんだ。そのためにも、ティアに協力してもらいたい。ティアの生まれを利用する形になるのは本当に心苦しいんだけど……」
「フランネア帝国の皇太子殿下がそんな情けない顔しないで。私のこの身体から血に至るまで全部あなたのものよ、ウィル。あなたのことは心から信頼しているから、何をどう使われたとしても文句はないわ。どうぞ好きに使って?」
にこっと可愛く首を傾げるティアナに悶絶しながらウィルバートは低い声で唸った。
「なにそのすごい殺し文句。そんなのどこで覚えたの……!わかってて言ってる?ねぇ、わかってて言ってるよね?」
はぁ。僕の婚約者が可愛すぎてつらい……
ウィルバートの呟きは、夜の闇に溶けていった。
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