第7話
ティアナが目を覚ました時には、全てが整えられていた。
なぜかアドルファス宮殿に泊まることになっていて驚いていたら、どうやら今日だけどころか宮殿に住み込みで働くことになっていた。
そして、その仕事というのもオリヴィア皇女殿下のお話し相手という名目で、もちろんそれもしてもらうけど、本当の仕事は他にあるとのことだ。
ーーえ?皇女殿下のお話相手って……お会いしたこともないけれどいいの?しかもそれって住み込まないと務まらないの?通いでもよくないかしら?それともこれも貴族スタンダード?何が正解なのか全くわからない……。
なぜそんなことになったのか、私が眠りこけている間に一体何があったのか、聞きたいのは山々だが、詳しくはウィルが説明すると言われてしまえば待つより他の選択肢はない。
手持ち無沙汰に読み始めた小説に思いの外熱中してしまっている間に時間が経っていたらしい。日付が変わる頃、少し疲れた様子のウィルが客室に姿を現した。
「待たせてごめんね、ティア」
夜会服を着崩したその姿は、記憶にあるウィルより大分大人っぽく成長しており、会えなくなってからの時間の経過を感じさせた。
だが、眉尻を下げて、困ったように笑うその表情は昔のままだ。
「ウィル!会いたかった‥‥!」
駆け寄ると当然のように抱きしめてくれる。再び懐かしい匂いに包まれると、私の幸せがやっと帰ってきたと実感できた。
「僕も会いたかったよ。何も言わずに急にいなくなったから、何か事件に巻き込まれたのかって心配したし、元気にしてるって知ってからは、連絡すらくれないのは僕に愛想をつかしたからかなって本気で悩んだ」
「違うの!連絡したかったんだけど、環境も変わってしまったからどうすればいいかわからなくて……ウィルに迷惑かけそうで怖かったの」
「わかっているよ。クリスさんとマリアさんのことは残念だったね。僕も大好きな二人だったから悲しかったけど、ティアはそれ以上だっただろう。寂しい思いはしていないか、それだけが気がかりだったんだ」
「……ええ。父と母は私を迎えに来てくれたロバート様が探してくれたと聞いたけど、結局見つからなかったみたいなの。だから、まだどこかで生きているような気がして、もういないって頭ではわかってるのにどうしても信じられなくて……」
「二人の代わりには到底及ばないけど、これからは僕が側にいるよ。ずっと僕がティアのこと守って、絶対に幸せにするから」
「なにそれ?プロポーズ?」
冗談めかして言いながら、ティアナは涙の滲んだ瞳でウィルの顔を見上げた。
そこにはウィルの真剣な瞳があって、ティアナは息を飲んだ。
「ティアナ。1年間、僕たちはお互いの素性をほとんど知らずに付き合っていたね。それでもティアナは僕のことが好きだと、結婚したいとまで言ってくれた。その言葉に嘘はないと思っていい?」
「ええ。私、さっきまでロバート様の指示通りトーマス様と結婚するつもりだったわ。あの方には私のことを養ってもらった恩があるし……にわか仕込みだけど私だって今は一応貴族令嬢だもの。政略結婚は義務だって覚悟してたの。
でも、ウィルに会えたら、全部頭から抜けちゃった。恩返しも、覚悟も、どうでもよくなっちゃったの。何よりウィルじゃないと私がダメなんだってわかってしまったから……。
ウィルは実はかなり高位の貴族なんじゃないかって思っているけれど、努力してウィルに相応しくなれるよう勉強する。ウィルのお父さまとお母さまにも気に入られるように頑張るから。私、ずっとウィルの側にいてもいい……?」
「いいに決まっている!ああ、嬉しくて泣きそうだ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるウィルの胸に頬を寄せながら、愛しい人を喜ばせることができた事実にティアナの口元が孤を描く。
ウィルはそっと抱きしめていた腕を解いてティアナの目の前に跪き、真剣な目をして言葉を紡いだ。
「それを聞いて安心した。ティアナ・ルスネリア嬢。私はウィルバート・フランネア。どうか私と結婚してください」
「……え?」
ティアナはかつてない程の衝撃を受けていた。ウィルはかなり高位の貴族だろうとは思っていたが、まさか皇太子殿下であろうとは少しも考えていなかった。
ーーえ?ウィルバート・フランネアって言った?……え?フランネア?ウィルはフランネア帝国の皇太子殿下ってこと?
「皇太子……殿下?」
「そう。ティアは僕の妻だから皇太子妃になるね。でも大丈夫だよ。明日から妃教育を受けられるように手配済みだから。それが明日からのティアの本当の仕事。僕のために努力してくれるんだよね?」
言質は既にとられている。
にっこりと幸せそうな笑みを向けるウィルに、NOと言えるはずもなく……
「はい。喜んでお受けします」
若干苦笑気味ではあったが、ティアナはウィルバートのプロポーズを笑顔で受け入れたのであった。
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