第2話
まず、人物。
僕の向かい、老紳士の隣に座っている女性は、老紳士の妻らしい。刺すような目線を僕に送っている。
そして、遺言書作成の立ち会いをするということで呼ばれたという弁護士はこれまた厭らしい笑みを顔に貼り付けたよく太った男で、いかにも小細工をしそうだ。
そして僕にスープを運んだ給仕の男。老紳士の妻が何やら目配せをしていた。この男もグルか。スープには毒か何かが仕込まれているのだろう。
そしてこのホテルのレストラン。
「六角堂十字館」なんて物々しすぎる名前もないものだ。ましてやこんな道の悪い山奥に建っているなんて。
遠くで雷鳴が音を立てはじめた。空を埋める暗雲が、ぽつりぽつりと雨粒を窓ガラスに投げかけている。このあとおそらく記録的暴風雨を呼び、ホテルを完全に外界から遮断するのだろう。
そこに、「不幸な生い立ちをもち、ひょんなことから莫大な資産を手に入れるチャンスを得た青年」。つまり僕がいる。
まったく、舞台が整いすぎている。
ホテルはあと30分もしないうちに、豪雨により陸の孤島と化し、このレストランで僕が毒殺されるという殺人事件が起きる。犯人は老紳士の妻で、動機は、どこの馬の骨ともしれない小汚いガキに、自分が手に入れるはずだった遺産を渡したくなかったから。
といったところか。
不幸なことに、僕はこのドラマにおいて、事件を解決させる探偵役でも、影のある犯人役でもなく、いちばんはじめの犠牲者という、かわいそうな役柄なんだそうだ。
にこにこと微笑む老紳士と、一言も話さずにミネストローネをすするその妻、そして至ってしまったこの状況の真理と、湯気を立てるビスク。
これを飲まなければ。
体調が悪いからもう帰ると言えば。
きっとこの場からは解放される。
しかし…。
生唾を飲みながら逡巡していると、バタバタとした足音が聞こえた。
レストランの入口を見遣ると、ホテルが貸し与えたであろうタオルで髪や体を拭きながらテーブルにつこうとしている男女の姿が目に入る。
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