被害者の覚悟

sigh

第1話

「オマール海老のビスクでございます」


 澄ました顔の給仕が、控えめな音を立てて目前に置いた皿からは、煮詰められた海を感じる匂いと湯気が立っていた。

 オマール海老なんていうから、てっきり皿からはみ出さんばかりの大海老が悠々と出汁に浸かっているようなスープだろうと期待していたのに、どうもビスクとはこういうものらしい。

 これなら、向かいの席の女性が頼んだミネストローネのほうがまだ具が多くてよかったかもしれない。


「なんでも好きなものを注文しなさい」と言われたから、少しでも豪華そうなものがいい、とこのスープを注文したが、いらぬ欲をかくからこうなるのか。


 でもこれぐらいの欲をかくぐらい、いいじゃないか。


 僕は、このスープを飲んだら、死ぬのだから。


 両親を事故で亡くし、物心ついたときには天涯孤独。預けられた施設ではいじめられ、進学する学費もなく、きついアルバイトに明け暮れる毎日が続いていた。

 そんな僕が19歳を迎えようとしているある日、一通の手紙が届く。

 差出人は、亡くなった僕の母の父親だという男性で、ずっと僕を探していたらしい。

 駆け落ち同然で出ていった一人娘の子どもを一目見たいから、来てくれないかと言われ、まさかそんなうまい話がと思いながら、僕は招待されたこの「六角堂十字館」という名のホテルのレストランを訪れた。


 そして僕の対面に座る、品のいい髭を蓄えた老紳士が、初めて会う僕の祖父で、どうも話を聞いていると老い先短い命、辛い思いをさせた娘への償いとして、僕を受取人にして財産を遺したいということらしい。


 その話の途中で、僕は猛烈な既視感に気づいてしまった。


 これは、よくある「サスペンスドラマ」なのだ。

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