第3話 戦闘、そして ―― vsねこ好き ――
「あった! ニャアビス像だ。これが呪いの根源ならこれを破壊すればいいんだよな?」
「分からないわ……でも、他に手がないのなら……」
レンリの言葉に頷いてアルドはニャアビス像に向かって大剣を振り上げた。だが、振り下ろせなかった。このニャアビス像はアルドたちが頑張って復元した、あのニャアビス像にそっくりだったからだ。ニャアビス像を巡る思い出の数々が、アルドの脳裏に浮かび上がる。
「待ってよ、お兄ちゃん! ねこを壊そうとするってことはお兄ちゃんはねこ好きの敵なの?」
「フィーネ! それに、レレやオトハ、キキョウまで!」
アルドの仲間の四人が瞳に肉球を映して立ちふさがっていた。
「おにいちゃんは、敵……なの?」
「誤解だ! ええと、お前たちはこのニャアビス像に操られていて……」
そのとき、どこかから闇の力が噴出した。
「ねこ好きの敵は」
『ブッ潰ス!』
瞳に肉球を浮かべた猫好きたちは、一斉にアルドたちに襲い掛かる。
「どうするのアルド!」
「何とかして気絶させよう!」
オトハの刀を受け流しながらアルドは必死に応える。
なんとかそれぞれを引き離して各個撃破に持ち込みアルドたちは戦闘に勝利した。
「レンリが仲間で助かったよ。きっと一人じゃ負けていた」
「光栄だわアルド。でも、無駄口を叩く余裕はないみたいよ」
満身創痍のアルドとレンリの前に、凄まじい圧を放つ二人のサムライが立っていた。
「アルド……こんな形で刀を交えることになるとは思わなかったよ」
「シオン、なんてことだ」
「はっはっは! 俺もいるぞ! アルド! 普賢一刀流の龍虎の実力見せてやろうぞ!」
「シグレまで……」
二人は刀を抜き放ち、各々がアルドに向って構えた。
二人の双眸には例の肉球マークが色濃く浮かんでいる。
「行くぞシオン。俺に合わせろ! ねこ好きの敵は……」
「ブッ潰ス!」
シオンとシグレは刀を振りかぶり、刀鬼となってアルドたちに襲い掛かった。
「こうなったら、やぶれかぶれだ。うぉおお!」
シグレの繰り出す切れ目のない三連撃を、剣の側面でいなして何とかしのぐ。息をつく間もなくシオンの普賢一刀流・竜が襲い掛かる。レンリが斧で受けて庇うも、斧ごと弾き飛ばされてしまった。「大丈夫かレンリ!」「ええ!」
繰り返される抜群のコンビネーションによる高速連撃。数多の剣戟を交わして実感する。
この二人は、掛け値なしに強い。今のオレたちじゃ……勝てない。
アルドが敗北を覚悟し剣を落としたその時、シグレの刀を、巨大な斧が弾き飛ばした。そのまま斧の横腹がシグレの頭を思いっきり叩く。
「……ってえ!」
華麗な不意打ちを食らったシグレはそのまま気絶した。
今の斧、レンリの斧じゃない! 誰だ?
アルドが視線をあげるとそこには、長い銀髪を大きなゴーグルで纏めた少女、空賊団『海猫団』の元団員であるヤヅキが立っていた。
「やっほーアルド。刺激的なことになってるね!」
「助かったよ、ヤヅキ! でも、どうして?」
「話はあとあと! あの人も敵なんでしょ?」
ヤヅキの瞳に肉球のマークは見えない。だったら信じていいはずだ。
「敵っていうか、みんな操られているみたいなんだ! どうにかして気絶させられないかな?」
アルドの言葉に呼応するように、シオンから針のような圧が発せられた。
「余裕だな……アルド。シグレにはわずかな隙があったのかもしれない。だが私にそんなものは――微塵もない」
刀気と共に発せられたシオンの静かな言葉がアルドには重く感じられた。先ほどまでより威圧感が遥かに増している。三対一なのに不用意には動けない。
なにかないのか、この事態を打開するなにか……?
アルドが僅かにニャアビス像に視線を投げるとシオンの気配が大げさに揺らいだ。
あれ? これってもしかして? 何度か試してみる。また揺らいだ。これは間違いない。
「レンリ! ヤヅキ! 像を破壊しろ!」
現在の立ち位置的は奥にニャアビス像、入り口にシオン。その間にアルドたちということになっている。アルドたちがニャアビス像の破壊を試みればシオンに防ぐ手立てはない。
「待てアルド! それだけは、よせ!」
「だったら降伏してくれシオン。刀を置くんだ」
「……死すとも、悔いなく……」
シオンは固く瞳を閉じて刀を置いて正座。拍子抜けするほど潔く降伏した。
それからレンリは口をつぐんで微動だにしないシオンに手錠をかけて近くの柱に拘束した。
「とりあえず、このニャアビス像を壊そう」
アルドは奥のケースにしまわれたニャアビス像に手を伸ばした。
しかしその瞬間、ニャアビス像がどこか神秘的で神々しい光を放つ。まるで壊さないでと言わんばかりに。
そしてアルドは静かに悟った。
「違う。このニャアビス像は事件の元凶のニャアビス像じゃない。これはオレが……オレたちが復元した未来のニャアビス像だ……」
「見てアルド。ここの展示案内によると、展示品のニャアビス像は定期的に4Fと1Fで入れ替えられているらしいわ……今の時間だと、元凶のニャアビス像は1Fの展示室にあるのよ」
レンリは肩を落とした。
「わかった! 南の展示室だな! 嘆いている暇はない。行こうレンリ!」
さあ行こうという段階になって、レンリがヤヅキを鋭い視線でにらみつけた。
「ええ。そうね。だけどその前にはっきりさせておきたいことがあるわ。どうしてあなたがいるの?」
「え? レンリはヤヅキを知ってるのか?」
「もちろん知ってるわよ。空賊団、海猫団のメンバーじゃない! エルジオン防衛部隊と何度もやりあった指名手配犯よ! COAたる私にはあなたに司法の裁きを受けさせる義務があるわ!」
レンリは武器を構えた。
「待ってくれレンリ、今は非常事態だぞ! ここは協力し合おう! せっかくヤヅキは操られてないみたいだし……」
「え? 操られてってどういうこと? 感じ的にすっごい刺激的なことになってそうだけど、まだこれで終わりじゃないの? ここでCOAの捜査官とやり合うのも刺激的だけど、もうちょっと話を聞きたいな」
「本当にこの子は操られていないの?」
レンリの言葉にアルドは顎に手を当てて思案した。
「じゃあ試してみよう。あーと、ヤヅキ。猫のために世界を征服するのってどう思う?」
「なにいってるの?」
ヤヅキは困り顔になって小首をかしげた。
「正常な反応。やっぱりヤヅキはねこに操られはいないみたいだ。でも、なんでだ?」
「もうちょっとわかるように説明してよ! わけわかんないでしょ」
アルドはヤヅキに事情を説明した。
「考えてみると不思議だね。そもそもなんであたしに招待状が届いたんだろ。あたしってそんなにねこ好きってわけじゃないんだけどなぁ。もちろん、うみねこは大好きだけどね」
レンリが顎に手を当てて思案する。
「うみねこ好きではあるけど、ねこ好きじゃない……それよ! 招待状を送った人がパーソナルデータを調べる際に、ねこ好きって文字列が含まれている人だけを抽出して、それで、うみねこ好きの人にも招待状を送ってしまったんだわ! そして今回の呪いはねこ好きにしか効かない呪いなのよ!」
「だとするなら、この会場には……」
アルドの言葉にレンリは深く頷く。
「操られていない、うみねこ好きの人が来ているはず!」
「だったらその呪いの像を探すために、うみねこ好きの人みんなに協力してもらわなきゃだね」
「そういうわけだからレンリ。今は過去の確執は忘れてくれないか?」
「背に腹は代えられないわね……私にはCOAとして、この事態を無事に解決する義務もある。元海猫空賊団ヤヅキ。協力を要請するわ!」
「言われなくても、わかってるわよ! さあ、これは刺激的な事件になりそうだね! みんなで頑張ろう」
三人は息をそろえて天高く拳を掲げた。
ヤヅキが仲間になった。
「1Fの展示室ってことは、とにかく階段を下りればいいんだよな?」
「そうね。追手が増える前に行きましょう」
階段を駆け下りて2Fの踊り場に差し掛かったところで中央ステージ側の通路からセキュリティロボットが濁流のように押し寄せてくるのが目に入った。
「流石にあの人数は相手できないぞ!」
「中央との通路を封鎖できないのかな?」
「セキュリティシステムは敵が握っているのよ! 無理だわ!」
「とにかく戦おう!」
アルドたちは手前のセキュリティロボットを蹴散らした。
「ひと段落はついたけど……」
「休む暇はないわ。まだまだ集まってきてる」
「もうひと頑張りしよ!」
「でも、これじゃここから動けないぞ」
「キリもないないわ!」
セキュリティロボットの物量作戦に難儀していると、不意に巨大な斧でセキュリティロボットが薙ぎ払われた。これは……レンリの斧でもヤヅキの斧でもない。アルドが斧の持ち主に視線を送る。
「おい。アルド。この騒ぎの中心はお前か?」
「え? デニー!」
「あたしもいるよ! 困ってんなら助けてやろうかい?」
更にもう一振り、別の斧がセキュリティロボットを切り飛ばした。
「ミランダ!」
二人とも海賊――うみねこ好きだ。助かった。二人ともちゃんと瞳は普通だし腕も立つ。
「ありがとう二人とも、さっそくで悪いんだけど、オレたち南側の通路に向かいたいんだ! ここで敵を食い止めてくれないか?」
「ああ。任せろアルド!」
「今度、酒でも奢ってもらうからね!」
「酒なら火酒だ。頼んだぜ」
「おっ、いいねアンタ。デニーだっけ? アンタとは気が合いそうだ!」
「そいつは光栄だっと!」
二人のところに殺到するセキュリティロボットをヤヅキの斧が薙ぎ払った。
「んーっと、あなたたち、うみねこ好きの同士みたいだしあたしもこっちを手伝うね。あたしはヤヅキ! よろしく」
「ああ。よろしく頼むぜ嬢ちゃん! デニーだ!」
「ミランダだよ、はぁっ!」
ヤヅキも含めた、うみねこ好き三人は抜群のコンビネーションで斧を操り、連綿と湧き出るセキュリティロボットを倒し続けた。
「今のうちに下の階に行こう! ……って、ああっ」
必死に階段に進んだアルドたちの目の前に操られている人の壁が立ちふさがっていた。
「隙間もない人の壁よ。アルド! どうするの?」
「うーん。でも、ここを抜けないと進めないぞ。……でも、力づくで怪我をさせちゃうよな」
人の壁さえ抜けたらその先の通路に障害はない。だけど……
操られている人を傷つけずに突破するのは至難の業だ。
「この際、多少の怪我は目を瞑ってもらう、っていうのはナシよね」
「女性も子供もいるし、他の方法を探そう」
「今はもうそんなことを言っている場合じゃないわ……この人たちには悪いけれど……」
「いや、でも、だけど……」
人の壁はじりじりとアルドたちのほうへと迫ってくる。
途方に暮れていると二人の背後から声が掛かった。
「あー。アルド。どうしたのー? さっきから騒がしくて寝れないんだよねぇ」
「あっ、お前は、マイティ! そうか。2Fってマイティが展示されていた場所だったんだ!」
マイティはバイトでここに来ただけだから、ねこ好きじゃない。瞳もちゃんと普通だ。アルドは頼れる仲間が増えて安心した。
「……なんだか大変そうだねぇ……ぐぅ」
「寝るなよ」
「えー? ねてないよぅ。それでどうしたの?」
「ここから先に進みたいんだ。手伝ってくれ」
「まーアルドの頼みだし騒がしいの嫌だし、いいよー。全員眠らせたらいいんだよねぇ」
マイティが魔力を開放すると階段を塞いでいた人の壁は一瞬にして崩れて、後には眠りこける人の山が生まれた。
「ありがとう。流石だな、マイティ」
「んー。ここはまだ静かだから僕もここで寝ていくとするよ。がんばってねー」
マイティはその場で猫のように丸くなった。
「行きましょう。アルド。目的地はもう目の前よ!」
アルドとレンリはついに1Fの展示スペースにまで戻ってきた。
展示室の中心には翼の生えた猫の像。ニャアビス像が飾られている。よく見てみるとアルドが復元したニャアビス像よりも色合いが濃く、暗いようだ。
「今度こそ、これを壊せば、元通りになるんだよな?」
「分からないけれどやってみるしかないわね」
アルドとレンリは視線を合わせて頷き合った。
その時だった。古代ニャアビス像から、世界を飲み込むような暗い波動と声が広がった。
「世界中のねこ好きを操って、世界を征服するのです。邪魔はしないでください」
続いて空間が入れ替わるような巨大な黒い力の奔流がアルドたちの体に叩きつけられた。衝撃でアルドとレンリの口から空気が漏れる。
「アルド……説得は無理だわ。破壊しましょう」
「そんなことはないはずだ。古代ニャアビス像は、本当にオレたちを倒すつもりならいくらでもやりかたがあった。それをせずにオレたちがここまで来れたってことはニャアビス像はオレたちと対話をしたがっているはず。洗脳された人がこの展示室にはいないのがその証拠だ。そうだろう、ニャアビス像!」
「その通りです。アルドと言いましたね。私はあなたに不思議な力を感じています」
戦う以外にも解決する方法があるのだと思い、アルドは安堵した。
「そうか。だったら話し合おう! きっといい方法が見つかるはずだ!」
「話し合うつもりはありません。さあ、仲間になるのです。アルド。あなたも、ねこ好きに」
古代ニャアビス像から溢れた黒い力がアルドの頭に流れ込んだ。
「えっ、うわぁあああっ!」
古今東西、ありとあらゆるかわいい猫がアルドの頭に流れ込みアルドの心を侵食する。
「あなたにも妾と一緒に、世界をねこ好きに染める資格があるはずです! 世界をねこ好きに変えましょう。はいと言うのです!」
心に流れ込む数多のねこちゃん。健やかな癒し。柔らかなもふもふ。
しかしアルドは自我を保つために必死になって首を振った。
「違う! 洗脳なんてしなくても争いなんてしなくても、今やねこは世界を征服している! お前がみんなを操らなくても、きっといつかねこ好きたちはねこの祭りを開いただろうし、とてもいいものになったはずだ!」
黒い力が逆流してアルドの記憶が、呪いのニャアビス像へと流れ込む。アルドの中に眠る、ねこ好きたちの穏やかな日々が入れ替わり立ち替わり古代ニャアビス像へと伝わっていた。
「あなたがよき人であるというのは分かりました。けれどそれだけでは永遠の保障にはなりません」
「……オレじゃ、ニャアビス像を説得することができないのか?」
アルドは無力感に苛まれて床に拳を打ちつけた。
「いいえアルド。諦めてはなりません。あなたは既に妾を救っているのですから」
透き通った声と共に神々しい光がアルドを包んでいた。
「これは……?」
いつの間にか、もう一体のニャアビス像が金色を纏ってアルドの背後に浮かんでいた。
「お前は何者ですか? 妾のレプリカかと思っていたのですが、その力、まるで妾そのもの……」
古代のニャアビス像が、未来のニャアビス像に問いかける。
「妾は未来のあなた。この者たちは時空を超えることができるのです」
古代のニャアビス像は軽く目を見開いた。
「お主が妾ならば、なぜ止めるのですか? ねこ好きの世界を創ることこそ、妾の理想。そのはずなのに」
「それは違います。妾の宿願は既に成就しているのです。その証拠が妾のこの姿なのですから」
未来のニャアビス像は誇らしげに言い放った。
「長い年月で朽ち果てた妾でしたが、この者たちの手により美しい姿を取り戻しました」
空間に数々の映像が浮かび上がる。
未来のニャアビス像は不思議な力で朽ちた自分の体がアルドたちの手によって見違えるように復元されていく様子を映し出した。そこには確かに数々の愛が満ちていた。
「これは、まことの光景なのですか」
「ええ。永遠の美しさなど存在しない。けれど、永遠に受け継がれてゆく思いはある。永年のねこへの愛。妾は確かに感じました。あなたも妾ならばわかるはずです。この者たちは……いいえ、この世界はねこを愛している! そうでしょう?」
古代のニャアビス像は目を伏せた。
そして古代のニャアビス像から黒い力が消えてゆくのをアルドは感じ取った。
「永遠のねこの楽園……妾の夢は既に叶っていたのですね。無用の混乱を招いたこと謝罪します」
空間が入れ替わるような感覚と共に、呪いが……解けた。
「……ニャアビス像。分かってくれたようで嬉しいよ」
「これから、みなの記憶からこの混乱に係わる記憶を全て消しましょう。誰もがこの混乱を忘れ、元の日常に戻るでしょう。そして妾は物言わぬ像へと戻ります。こうして歴史が交わる日まで」
二体のニャアビス像は互いに向き合って頷いた。
「なあ、ニャアビス像。よかったら最後まで祭りを見届けてくれないか?」
「ええ……妾はいつでも見守っています。あなたが童を復元する日のことを、楽しみに待っていますよ」
アルドの頭が……サテラ・スタジアム全体が虹色の光に包まれた。
「うーん。あれ? オレは……何をしてたんだっけ」
なぜか廊下で倒れている自分に気づいたアルドは首を傾げた。
「大変な事件があったような気がするんだけど……思い出せないぞ。まあいいか」
今はねこねこフェスティバルの最中で、ええと、マイティがねこになって檻に入っていたんだっけ。ここはサテラ・スタジアムの1Fの廊下みたいだ。
ぼんやりするアルドのもとに、大慌てのフィーネが駆けてきた。
「あっお兄ちゃん。やっとみつけた! 早くしないと、ねこちゃん鳴き真似コンテストの順番が来ちゃうよ!」
「ええっ、オレも出るのか?」
「うん! もうエントリーしといたから。もうすぐ出番なの! にゃーって鳴くだけだから! お兄ちゃんなら優勝も狙えるよ!」
「えっ、いや、でもそれって恥ずかしいぞ!」
「大丈夫! 頑張って、お兄ちゃん!」
訳も分からぬままアルドは、参加者の列に並ばされて気づくともう次がアルドの番になっていた。
「それでは次は、大剣を携えた冒険者、アルドさん! ステージにどうぞ!」
アルドはそわそわしながら、大観衆の見守るステージの中央におずおず出て行った。中空に浮かぶステージの上で、凄い気迫の審査員と司会に見られながらマイクの前に立つ。
なんだかドキドキするな。こんな気持ちは久しぶりだぞ。ええい、破れかぶれだ。
「アルド、行きます! にゃぁああっんっ!」
その鳴き声に会場は一気に沸き立ち、スタンディングオベーションの嵐が巻き起こった。
「魂にねこちゃんを感じた」「ねこちゃんになりきってるわけじゃない。自然にねこちゃんなんだ」「素晴らしい」「お祈りとお勤め以外の時間は大体、猫を見て過ごしている俺だが……うん、これはねこちゃんだな」
審査員は次々に満点の札を挙げた。
「おーっとこれはなんてことだ! 審査員皆さん満点です!あの点の辛い、古代ゼルべりヤ大陸のおやじさんをも唸らせる完成度! これはすごいっ!」
よたよたとステージを降りたアルドにフィーネが大はしゃぎで駆け寄った。
「凄いよ、お兄ちゃん。暫定一位だよ!」
「もしかして、これは……」
「優勝も狙えるよ!」
アルドの胸にじわじわと喜びが沸き上がる。しかし、その喜びも長くは続かなかった。
「最後の参加者、猫正さんです! どうぞ!」
会場がどよめいた。二足歩行のねこが立っていたのだから当然だ。
「てむてむに強く言われてここまできたが……これっきりじゃぞ。にゃーぁあん!」
その瞬間、サテラ・スタジアムは静寂に包まれた。人は大きな感動に直面した際には言葉を発することすら忘れる生き物なのだ。
それは、ねこ好きたちの魂を鷲掴みにする鳴き声だった。放心状態だったねこ好きたちは次第に我に返って、興奮気味に口々に感想を述べあった。
「猫ちゃんだ……。まさしく猫ちゃん。はっ、だから猫正なのか!」「これぞまさにねこオブねこ」「コスプレの域を超えておる」「うん。これはねこちゃんだな」
「審査員の採点は限界突破! 満場一致で、猫正さんの優勝です! そのコスプレ精度も魂のねこさ加減も尋常じゃない! おめでとうございます! 猫正さん! あなたこそは真のねこちゃんだっ!」
ねこねこ鳴き声コンテストに伝説のチャンピオン、猫正が生まれた瞬間だった。
表彰式を見ながらアルドは「猫正が出るのはズルいよなぁ」と心の中で思った。
こうして、ねこ好きのねこ好きによるねこ好きのための祭典、ねこフェスティバルは熱狂の中で幕を下ろした。
祭りが終わった後、アルドの仲間たちは後かたずけに追われていた。
そんなアルドに荷物を抱えたフィーネが話しかける。
「とっても素敵なお祭りになってよかったね、お兄ちゃん」
「ああ、そうだな。一時はどうなることかと思ったけどみんな楽しそうで良かったよ」
「一時って?」
「ん? あれ? なんだっけ。なんだか大変なことがあったような気がするんだけど……」
「今回の企画はみんなが頑張ってくれたお陰で、全部予定通りだったよ。もしかしてわたしの知らないところで何かあったの?」
アルドは天井を見つめて考え事をしたが、それらしい事件は何一つ記憶にない。
「いや。何でもない。気のせいだな」
「ヘンなお兄ちゃん。じゃあ、またあとでね」
「あ、荷物運び手伝おうか?」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんはねこちゃんと遊んでて」
アルドは他の忙しそうなひとたちを手伝いながら、仲間の様子を見て回ることにした。
4F展示コーナー。
「あら。私が出品した猫の像、こんなところにあったんですね。この可愛らしいねこちゃんは、教団の保管庫で大切に保管しておきましょう。うふふふ♪」
ロゼッタはにこにこ微笑みながら、古代ニャアビス像を布で拭いている。
1Fの案内所の近くでは、リィカがうみねこ好きの面々に頭を下げていた。
「うみねこ好きノ皆さんニ招待状を送ってしまったのはワタシの落ち度ですノデ。謝罪ヲさせてイタダキマス」
いやいや楽しかったと、ミランダ、ダニー、ヤヅキは答えた。
サテラ・スタジアムの入り口から向かって右のフードコートでは、シオンとマリエルがねこちゃんと戯れているようだ。
「……こうやって、にこってして、ごろにゃーで、ごろごろのふわふわー」
マリエルが微笑むとねこちゃんがマリエルにじゃれついた。
シオンが微笑むと、ねこちゃんはジャンプしてシオンの顔へひっかき攻撃。しかしシオンは素早い動作でそれをよけた。ついでにねこの口に素早く煮干しを放り込んで、着地するねこちゃんを抱きとめる。ねこちゃんは何が起こったか分からない様子で目を見開いたまま、煮干しをもぐもぐしていた。
「猫と遊ぶ極意……ついに会得した……」
「笑顔の特訓の成果ですね! 苦労したかいがありました!」
二人は煮干しを食べるねこちゃんに夢中になっている。
「いやいや、何もかもが間違ってるぞ!」
アルドの叫びは虚空に消えた。
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