第2話 開幕と異変 ―― ねこねこ・フェスティバル! ――
ついに、ねこねこ・フェスティバルの日がやってきた。当日のサテラ・スタジアムは世界各地から集められたねこちゃんとねこ好きたちで溢れていた。
「これは……壮観だな」
「無事に開催できてよかった……ありがとうお兄ちゃん」
サテラ・スタジアム正面ゲートの前で、フィーネがアルドにお礼を言った。
「オレは大したことはしていないよ。これはみんなの頑張りの結果だ」
あの後、無事にシオンも祭りに参加してくれると連絡があったし、他の準備も万全。きっと素晴らしいお祭りになることだろう。アルドは期待感に胸を膨らませていた。
「今から私、中央ステージでイベントがあるから行ってくるね」
「ああ。オレも見に行くよ」
アルドは大勢のねこ好きたちに紛れて、サテラ・スタジアム中央ステージの観客席に座った。
これから何が始まるんだろう。
アルドはいろいろと雑用で飛び回っていたせいで、どんな企画があるのか知らないまま当日になってしまっていた。白いふわふわにピンクの肉球が飛び交う中央ステージ。いつもとはまた違ったサテラ・スタジアムの姿になんだか胸が沸き立つ。
それから中央ステージで大々的に、ねこねこ・フェスティバルの開催が宣言されて愛くるしい猫ちゃんの立体映像が宙を飛び交い、至福のもふもふ祭りが盛大に始まった。
中央ステージ上に、司会と五つの審査員席とマイクが速やかに設けられる。
「それではさっそく中央ステージ企画! 第一回、ねこねこ鳴き声コンテスト。ねこちゃんになりきった者の勝利です。審査員は世界各国津々浦々のねこ好き! 彼らの目は厳しいぞ!」
鳴き声コンテストか。そんな企画をしてたんだな。
アルドは感心した。
「エントリーナンバー、1番、ねこちゃん大好き村娘フィーネさんです」
「フィーネです。行きます!」
おお! フィーネじゃないか! アルドは目を見開いた。
企画の傍ら、参加の申請もしていたんだな。アルドは温かい気持ちでフィーネを見守った。
ステージに降り立ったフィーネは顔を真っ赤にしながらも元気よく手を挙げて、マイクの前で胸いっぱいに息を吸い込んだ。
「にゃぁおおおん!」
「良い。鳴き声だ」「この鳴き声は、餌の魚を食べ損ねた猫ちゃんの悲哀を表している」「マーベラス!」「ねこちゃん!」
フィーネのねこの鳴き真似はすごく評判のようだ。
実際、ヴァルヲも騙されることがあるくらい、ねこっぽいもんな。
アルドはねこねこ鳴き声コンテストの会場を後にして周囲の展示を見て回ることにした。
今日のサテラ・スタジアムはどこもかしこも、ゆるふわな空間。床や壁には肉球マークが散りばめられていて、通路にはいろんなねこちゃんが闊歩している。
観客席から出て西南に行くとサテラ・スタジアムの出入り口で、出入り口の正面には案内コーナーがある。いつもの受付嬢もねこみみをしていた。受付嬢に話を聞いてみると右奥がフードコート、左奥が休憩スペースとなっていて、展示コーナーやステージに行くには更に奥に行けばいいようだ。途中の至る所にねこちゃんに関する展示物が置いてあるらしい。
ここは1Fだからまずは1Fの展示品コーナーを見て回ろう。
アルドが展示品や足元のねこちゃんたちに目を向けていると、見知った人影がやってきた。巨大な斧を持ち長い銀髪をゴーグルで押さえている女の子、アルドの仲間で空賊『海猫団』に所属していた少女、ヤヅキだ。
「ヤヅキじゃないか。どうしてここに?」
「こんなに刺激的なお祭りなら参加するしかないよね! うちに招待状が届いたから来てみたんだけど、こんなに凄いとは思わなかったよ!」
「へぇ。ヤヅキもねこ好きだったんだな」
「きゃーっ! 翼の生えた猫の像、神々しくて、かわいーっ!」
ヤヅキは大喜びで瞳を輝かせてはしゃいでいる。
彼女の視線の先にあるのは見覚えがある神々しい像、ニャアビスの神像だ。
「まさかまた出会うことになるなんてな」
この像は前にアルドがオークションに参加したときに頑張って復元した古代密教の神像で、けっこうな高値で売れた。相変わらず神々しい輝きを放っている。翼の生えた猫の像だ。
競り落とした人が貸してくれたんだな。アルドはなんとなく嬉しくなった。
1Fの展示品を一通り眺めたので、アルドはヤヅキと別れて2Fの展示品コーナーにまでやってきた。
「え? あれはなんだ?」
アルドは、展示コーナーのゲージのなかで猫耳をつけた男子学生、マイティが丸くなって寝てるのを見つけてしまった。寝床の材料はマガリネコの枝のようだ。
「どうしたんだマイティ? 間違って閉じ込められたのか?」
「あーアルド。んーっとね……ぐぅ」
マイティは丸くなって眠った。
「お、おい。なにか言いそうだったのに寝るなよ」
「寝てないよーっ。それがねーっ、耳と首輪とひげつけて寝てるだけのバイトがあるって言われたから寝てるんだー。なんでも僕は、口がねこっぽいからたまに爪とぎしてたらいいんだって」
ゲージには、ねこ男子との看板が掛かっている。
マイティは壁にかかった爪とぎ用の段ボールで少しだけ爪をかりかりするフリをした。
「ね、ねこねこフェスティバルってなんでもアリなんだな……」
マイティはまたまるくなって静かに寝息を立てる。
確かにこうしてみるとマイペースな猫そのものだ。マイティも納得してるみたいだし他を見に行こう。
複雑な通路と階段を抜けて3Fへ。
そこの展示品コーナーの中央には翼の生えた猫の像が飾られていた。
「あれ? ニャアビス像? 1Fに飾ってあったと思ったんだけど、いつの間にか3Fに移したのかな?」
―――ヴォン。
黒い瘴気が渦巻いて空間が変わったような気がした。
「今のは、なんだ? 気のせいか?」
周囲を見渡してみても祭りの参加者には別段変化はない。思い思いにねこねこフェスティバルを満喫している。
勘違いかな? まあいいか。
疑問に思ったがアルドは気にせず次の展示コーナーを見て回ることにした。
アルドが4Fの展示コーナーにくると、そこでは銘菓のねこまんじゅうが売られていた。辰の国ナグシャムから取りよせたのかな。せっかくだから一つ貰おう。
「福楽苑のねこまんじゅうに目をつけるとは、お主もお目が高いのう」
青い着物の女性がアルドの横からひょっこりと顔を出した。
「オトハじゃないか。来てるだろうなとは思ってたんだ」
「当然じゃ、妾は猫神さまの生まれ変わりじゃからのう。妾はそろそろ中央ステージに戻るがアルドはどうるするのじゃ?」
「ああ、じゃあオレも一緒に行くよ」
アルドはオトハと一緒に観客席から中央ステージのイベントを眺めることにした。
「ねーこ、ねーこ、ねーこねこ、にゃぉん!」
「す、すごい熱気だ」
ステージの上ではフィーネ、マリエル、シャノン、ロゼッタ、キキョウ、シオン、シグレといった面々が猫耳と尻尾をつけてコミカルに踊りを踊っていた。
少し見ない間に、なんだか凄いことになっているぞ。まさか恥ずかしがりやのマリエルや、堅物のシオンがあんな風にねこ耳をつけてステージで歌って踊るだなんて。しかもシオンは以前からは想像もつかないような、はじけ飛ぶような笑顔を見せている。マリエルとの特訓の成果なんだろう。
シオンとシグレが手を振るたびに観客席では女の子の黄色い歓声が巻き起こっていた。
「ねこねこにゃんで空飛ぶにゃんにゃん!」
巨大ディスプレイではホログラムの巨大リィカ(verねこみみ)とリィキャットが楽し気にDJをしている。
それにしても凄い熱気だな。アルドは額に浮いた汗を拭った。
観客席の上空には色とりどりのねこちゃんのホログラムが飛び交い、観客たちは半狂乱になって空に手を伸ばしている。
「ねーこ、ねーこ、ねーこねこ、にゃぉん!」
「世界をねこで染めるですー♪ にゃぉん!」
「ねこ好き以外はー」
「みなごろしっ♪」
え? なんだか不穏な言葉が聞こえてきたぞ。
「我らが世界を支配する。にゃん!」
「ねこ好きの敵はー♪」
「ブッ潰ス!」
聞き間違いじゃない。なんて物騒なことを歌っているんだ。
アルドは驚愕した。
「オトハ! この歌は何を言っているんだ? ねこが世界を支配するだなんて……ぶっ潰せなんて……みんなおかしくなってるのか?」
「お主の言う通りじゃ。そのようなこと、改めていうまでもないであろうにのぅ」
「えっ?」
「世界は猫神さまのものなのじゃ。ねこ好きでない人間などみなごろしじゃ!」
オトハは笑顔で言い切った。
ダメだ。みんな瞳の中に肉球マークが映ってる。きっと何者かに操られているんだ。そうでなきゃ、みんながあんな物騒な歌で喜ぶわけないしマリエルやシオンがあんな風にフリフリの服を着て笑顔で踊るだなんてありえない。アルドは恐怖を覚えて、中央ステージの観客席から走り出た。
こんなとき、いつも頼りになるのは……
アルドの脳裏にピンク色のアンドロイドが浮かんだ。
「リィカ! リィカはどこだ?」
「どうかシマシタカ? アルドさん」
廊下に飛び出てすぐにピンクの装甲のアンドロイド、リィカがやってきた。
「よかった。無事だったんだな」
アルドは安堵のため息をついた。
「なんのことデス? 今、ようやく大量殺戮砲の準備ガ整ったところデスノデ」
「え?」
「今からエネルギー充填、一時間後には愚かな世界ヲ吹き飛ばせるデス。生き残るのはねこ好きのみの理想郷、なんてステキなのでショウ」
り、リィカまでおかしくなってる!
アルドは驚愕した。
よく見るとリィカの瞳に大きな肉球が映っている。
ダメだ。無事な仲間を見つけて何とかする方法を探さないと。
アルドはリィカから逃げるように近くの階段へと走った。
「ねぇアルド! これはどういうこと?」
アルドが階段の踊り場に飛び出すやいなや、今度は金髪の女性と鉢合わせした。彼女はアルドの仲間でエルジオン司法組織COAの若き捜査官、レンリだ。
「レンリ! よかった、無事だったんだな!」
「ええ。なんだか急にねこ好きの人たちがおかしなことを言うようになっちゃって……」
「なんでこんなことに……。レンリには心当たりはないか?」
レンリはうら若い乙女ながらCOAでも突出したエリート捜査員だ。こういう事件に関しては詳しいかもしれない。アルドの問いにレンリはしばし考えた。
「ええと、未知のテクノロジーによる洗脳か、もしくは古代の呪い? とかかしら。だったら怪しいのは運び込まれていた古代の美術品? これ以上のことは、わからないわ」
「美術品を集めていたのは……そうだ! ロゼッタだ。ロゼッタを探そう!」
「ロゼッタさんって西の大陸の異端審問官の人よね? さっき4Fの展示室で見かけたわ」
「そうか。ありがとう! 早速行こう!」
二人は頷きあって、全速力で4Fの展示室を目指した。
4Fの展示室ではロゼッタが黒と茶色の毛並みのねこ、せんちゃんをもふもふしながら、サテラ・スタジアムの職員と談笑していた。
アルドはさっそくロゼッタに話しかける。
「なあ、ロゼッタ。話し中のところ悪いんだけど、一番素敵なねこの美術品ってってなんだと思う?」
「ねこちゃんの美術品はすべて素晴らしいですが一番はやはり古代ニャアビス像ですわ。あれは私が審問室で見つけたニャア大陸の逸品で、伝説の空飛ぶねこを模しておりますの」
「ロゼッタが持ってきた?」
「ええ、ステキでしょう。そういえば他にも似た像をお見掛けしましたが、そちらのニャアビス像も負けず劣らず素晴らしい出来栄えでした。さあアルドさん。一緒に世界をねこねこにゃんにゃんに染めてしまいましょう。うふふふ♪」
ロゼッタは怪しい微笑みを浮かべながら、手をくの字に曲げてねこのポーズを取った。よくよく見てみるとロゼッタの瞳にもねこの肉球のマークが浮かんでいる。
やっぱりヘンになっているみたいだ。
「あ、ありがとう。ロゼッタ。じゃあオレたち、もう行くから」
二人はそそくさと通路に移動した。
展示室の扉が閉まることを確認したアルドはレンリに耳打ちする。
「やっぱりロゼッタも完璧に操られているみたいだった。でも、ヒントも貰ったぞ」
「ヒント?」
「この会場に展示されていたニャアビス像はオレたちが復元した未来のニャアビス像だったはず。だけどさっきロゼッタは自分が持ってきたって言ってた。つまり、このサテラ・スタジアムには二体のニャアビス像があったんだ!」
「アルドたちが復元した未来のニャアビス像と、ロゼッタさんが持ち込んだ古代のニャアビス像ってこと?」
「ああ。そうなんだ。そして、ロゼッタの持ち込んだ古代のニャアビス像こそがこの事件の原因なんだよ。そう考えると腑に落ちるんだ」
「どういうことかしら?」
「そもそも、今回の祭りをやろうと言いだしたのはロゼッタだった。普段のロゼッタなら自分からそういうことは言い出さないだろうから頭の片隅でちょっとだけ変だなって思ってたんだ」
「まとめると、今回の事件は古代のニャアビス像に操られたロゼッタさんが起こした事件ってことでいいのかしら?」
「ああ。きっとそうだ。早く古代のニャアビス像を見つけて呪いを解かないと」
「その像が最後にあった場所は分かるかしら?」
「オレが最後に見たのは……ええと、最後に行った展示室だから3Fの展示室かな?」
「ここは4Fの展示室だから、下に向かうエレベーターか階段を探しましょう」
「そうだな! みんなを元に戻すために、急いでニャアビス像を壊そう!」
アルドたちが部屋から出ると赤い回転灯が点って通路に緊急アラートが鳴り響いた。
「なっ、なんだ?」
驚いたアルドたちは周囲を見渡すと、
『ネコ好キノ敵ヲ排除セヨ! ネコ好キノ敵ヲ排除セヨ!』
館内放送で物騒な機械音声が流れてきた。
「どうして急に?」
「うかつだったわ。きっとセキュリティシステムで監視されていたのね。さっきアルドがニャアビス像を壊そうって言ったから……」
「敵って思われちゃったのか。ごめん、レンリ。オレのせいで」
「気にしている場合じゃないわ。エレベーターは……
レンリはエレベーターの開閉口に走りよって、手を掛けて何度も開けようとしたが開かなかった。
……ダメね。階段を使いましょう!」
少し進むと通路にセキュリティロボットがあふれている。
「こっちもダメだレンリ! セキュリティロボットが襲ってくる!」
「蹴散らしましょう! 他に道はないし、数は多いけど大したことはないわ!」
「ああ! 分かった」
アルドたちは武器を構えて速やかにロボットを蹴散らした。
「よし、今ならいける! 展示室まで急ぐんだ!」
二人は全速力で走り抜けて、3Fの展示室へとたどり着いた。
そこにはどこか神秘的な雰囲気の翼をもつねこの像、ニャアビス像が佇んでいた。
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