第1話 計画始動 ―― アルドのねこ好き説得奮闘記 ――

 アルドたちがバルオキーの自宅に帰ると、二階でリィカとレレとロゼッタが待ち構えていた。

 リィカはリィキャットの姉妹機のピンクのKMS社製汎用アンドロイド。レレはいつも走り回っている元気印の魔導士の女の子。ロゼッタは西の大陸の異端審問官で霊妙な雰囲気を纏っているお姉さんだ。

「にゃーん」

 ヴァルヲは自分が主役とでも言いたげに歩み出て、三人の足に順繰りに頬ずりしてベッドの上で丸くなった。

 三人は一気に沸き立ち、代わる代わるヴァルヲをナデナデしている。

「どうしてみんながここに? なんだか一緒に行動しそうにないメンバーだけど」

 アルドの問いにリィカが答える。

「ヴァルヲさんカラ、珍シク、かまってかまってオーラを検出しまシタノデ。皆さんに連絡したのデス」

「レレはね、レレはね、ヴァルヲくんをいーっぱいなでなでするのー♪」

「うふふふ♪ 私はこれでも、ねこが大好きなんですよ。自由に撫でられる機会もあまりないので、こういう機会があったら呼んでもらえるよう、リィカさんにお願いしていたのです」

「今日ハ貴重な機会ですノデ。皆さんトねこ成分ヲ存分ニ補給していマス」

「にゃーんっ。ごろごろ」

 ヴァルヲはもみくちゃにされながらも満足そうに喉を鳴らしているしている。

「普段ならこんなに撫でたら不機嫌になりそうなものだけど、おとなしくしてるもんな」

「誰でも撫でられたい日ってあるんだよ。お兄ちゃん」

「大切なのはチャンスを逃さないことデスノデ」

 みんながヴァルオに夢中なので、アルドは自主的に自警団として町を見回ることにした。それから自警団の後輩のノマルと雑談して、ついでに夕飯の買い出しをして家に帰ってきた。

 手を洗って二階の様子を見てみるとフィーネも加わったねこ好きの四人は、いまだにベッドを囲ってヴァルヲの寝姿を食い入るように眺めて口々に可愛いかわいいと言い合っていた。

 やっぱり本物のねこ好きたちは違うなぁとアルドは思った。

「ねぇお兄ちゃん、今日一日、ねこ好きさんたちを見て回ったわけだけど、どうだった?」

「うーん。やっぱり本物のねこ好きは熱意が違うなって思ったよ。面白かった」

「良かった。お兄ちゃんもねこ好きさんたちを見習ってね」

「あ、ああ、頑張るよ」

「ねこちゃんはー、ねこちゃんはー、とってもかわいいのー♪」

 ヴァルヲが顔をあげてきょときょと左右に首を振り、なぁーんとあくびしてみんなが和む。

「ところでよいでしょうか」

 ロゼッタの真剣な一言で急に部屋が冷たくなった。

「ん? どうしたんだ? ロゼッタ。急に真面目な顔で」

「私はいつでも真面目ですが……それはいいでしょう。このメンバーなら、私が前々から胸に秘めていた企画を実現することも可能かと思いまして。ぜひ、みなさんに協力していただきたいのです」

 ロゼッタはうふふっ♪と笑った。

「な、なんだか妙に気になる含み笑いだな」

「レレも気になるのですー。ロゼッタちゃんはなにをしたいですかー?」

「こうなったカラにはナイフをブスッとに言うべきですノデ」

 リィカは単刀直入に、って言いたかったのか? でもナイフだと短刀だから漢字が違うぞ。

 アルドはツッコもうかと思ったがやめておくことにした。

「具体案はまだ何もないのですが……ねこねこフェスティバル。ねこ好きによるねこ好きのための、ねこ好きのための祭典を開いてみたいのです。世界、津々浦々、いろんな時代から様々なねこちゃんを集めて、ねこ好きさんに来てもらうお祭りが出来たなら、とても素敵ではないでしょうか」

 ねこ好きたちの瞳が一斉にまばゆく輝き始めた。

「すごーくいい案なの! レレは、もう、いーっぱい応援するの♪」

「わたしもやってみたい! ぜったい楽しいお祭りになるよ! ねぇお兄ちゃん!」

「いやいや。流石に次元を超えてお祭り騒ぎをするっていうのはどうなんだ? どこの時代でやったとしても大混乱になるぞ」

「そっか、そうだよね……世界を大混乱にするのはダメだよね」

 ねこ好きたちは火を消したようにしゅんとなり、アルドは気まずさに視線をそらした。

 お通夜のような沈黙を割って、リィカが挙手する。

「待ってくだサイ! ソノ問題を解決する方法はありますノデ!」

「リィカさん!」

 救世主のようなリィカの声に期待に満ちたみんなの視線が集中する。

「未来のサテラ・スタジアムで開催すレバ、連れてきたねこちゃんは最新技術デノ立体再現というコトにできマスノデ。ほかの時代のひともコスプレとごまかせマス」

「そっか! なんとかなるんだって! お兄ちゃん!」

「り、リィカが言うなら大丈夫なんだよな?」

「任せてくださいデス。ねこ好き仲間のシャノンさんの協力を得レバ、いざとなれば記憶の操作も可能デスので、絶対に大丈夫デス! いえ、ワタシがなんとかしてみせマスデス!」

 リィカは胸を張った。

「やったぁ! じゃあ、さっそく考えましょ。ええと場所はサテラ・スタジアムでいいのかな」

「これは楽しい企画になりそうですわね」

「みんなでみんなで、いっぱいいっぱいがんばるのー♪ えいえいおー♪」

 ねこ好きたちは一斉に拳を天に掲げた。

『えいえいおーっ』

「……えいえいおー」

 アルド一人がタイミングを逸して遅れて拳を天に突き出し、小声で漏らす。

「これって、ほんとうに大丈夫なのかな?」

 こうしてアルドの不安をしり目に、時空を超えた世界最大のねこ祭りが、今、幕を開けようとしていた。


   - Quest Accepted -


翌日の早朝。

 アルドが昨日と同じくらいの時間に目覚めると、既にねこ好きのみんなが朝からばりばり仕事をしていた。アルドが寝ている間に、アルドとフィーネの部屋が作戦会議室となり、計画は着実に進行していたのだ。

 アルドは急いで冷たい水で顔を洗って、みんなに状況を聞いてみた。

「未来ノ方々と交渉のスエ、開催の許可ヲ得るメドが立ちましたノデ! 他ノ懸案事項も着実ニ進行中デス」

「昨日の今日じゃないか。すごいな」

「ねぇ、お兄ちゃん。今は協力してくれそうなねこ好きさんに声をかけているところなんだけど、ねこ好きの男の人に協力してもらえるように頼んできてくれないかな?」

「ねこ好きの男っていうと?」

 アルドの問いに、書類の束を机に置きながらロゼッタが微笑む。

「ふふふっ♪ シオンさんとシグレさんですね。私が弱みを掴んで呼び寄せてもよいのですが穏便にとのことでしたので、この役目はアルドさんにお任せします。できなければ……それでもよいですけど……」

「なにかと脅そうとするのは、やめろよなロゼッタ。それにしても手際がいいな……もしかして昨日のって、このためだったのか? わざわざヴァルヲの後をつけさせたり妙だとは思ったんだ」

「なんのことかなお兄ちゃん」

「世の中には気づかないほうがいいこともあるんですよ、アルドさん」

 二人の笑顔が逆に怖い。深くは追及しないほうがよさそうだ。

「じゃ、じゃあオレはシオンとシグレにねこ祭りに協力してくれるように頼んでくるよ」

「わたしは、まだ声をかけてないねこ好きの女の子を呼んでくるね」

「レレはーレレはー、まだ見ぬ、ねこさんいーっぱい集めてくるのー♪」

「それでは私はリィカさんと一緒にシャノンさんに会ってこれからの打ち合わせをしてくることにしましょう」

「そういうコトですノデ。終わったらこの作戦会議室に戻ってきてくださサイ」

「ああ、わかったよ」

 一同は解散した。


 最初はシオンとシグレ、どっちに会いに行こうかな。シオンはこの近くのカレク湿原にいるだろうから先にシオンに会いに行こう。アルドはバルオキーからまっすぐにカレク湿原へと向かった。

 お日様がぽかぽかしていて、いい散歩日和だ。

 あ、シオンだ。今日も風に吹かれているみたいだ。

「アルド。また来たのか」

「おはようシオン。またってどういうことだ?」

「昨日、そこでこっそり見ていただろう」

「流石だな、バレてたのか」

 シオンはうむと頷いた。

「隠れていたようだったので声はかけなかったがね。それでなんの用だい?」

「あー。えっと、なんでも、ねこ好きたちで集まってお祭りをしようって盛り上がっているんだ。それで生粋のねこ好きのシオンにも参加して貰えないかなって思ってさ」

 アルドの言葉を遮るように、背後から男の高笑いが聞こえてきた。

「ははっ、そいつは無理だろう」

「え? その声は、シグレ! どうしてここに?」

「ちょうどシオンで遊ぼうと……もとい、シオンと遊ぼうと思ってな。はっはっは!」

「むぅ。シグレ……貴殿は何を企んでいるのだ?」

「企むとは人聞きの悪い。同郷のよしみで逢いに来ることがそんなに不思議か?」

「そういえばシグレとシオンって同じ道場なんだったな」

「ああ。共に普賢一刀流の遣い手ではあるが、そのことについてはおいおい話す機会もあるだろう」

「普賢一刀流の龍虎と言えば我らのことよ、はっはっは!」

 シグレはシオンと肩を組んで高笑いしたがシオンは、少しむくれた。

「あのさ、話を戻してもいいか? シグレが来てくれてちょうどよかった。二人ともねこ好きだよな?」

「うむ」「ああ、ねこは好きだ」

「さっきも言ったけど、フィーネたちがねことねこ好きを集めてお祭りをしようとしてるんだけど手伝ってやってくれないか?」

 シオンは唇を噛みしめて腕を組み固く目を閉じ、アルドに背を向けた。着物が風になびく。

「残念だがアルド。それはできない」

「どうしてだシオン? フィーネたちすっごく楽しそうなんだ。きっと素敵な祭りになる。協力してくれよ!」

「はっはっは! アルドは根本的なことを知らぬようだ」

「根本的なこと?」

「ああ。シオンはねこが大好きだが、なぜかねこに嫌われる体質なのだ。そんなシオンが祭りに参加しようものならば、ねこ大暴れ! 祭りの失敗は必至! だからこそシオンは祭りの成功を祈ればこそ祭りに参加できぬのだ!」

「そうだったのかシオン!」

「うむ。誠に残念だが私はその祭りに参加することはできない」

 シオンは歯がゆそうに固く唇を真一文字に結んで肩を落とした。

「ちなみに俺はねこに好かれる体質なのでな。喜んで協力しようじゃないか。ねこ集めなら任せろ!」

 対するシグレは胸を張って大笑いだ。そんなシグレにアルドが耳打ちする。

「な、なぁシグレ……今それを言わなくても……」

「剣友と肩を組んでむくれるような、うつけ者など、このような扱いでちょうどいい!」

 シグレのやつ、根に持ってる! アルドは仰天した。

「それでアルド。その、ねこの盆踊りとかいう祭りはどこで行われるのだ?」

「あ、えっと、祭りの名前はまだ決まってないけど……今のところ作戦会議室はバルオキーのオレの家かな」

「では俺は、また後でそこに行ってみるとしよう」

「そういうわけで私は参加はしない……すまないなアルド」

「い、いや、別にそれはいいんだけど。シオンもねこ好きではあるんだから、ねこに嫌われても何とかなる方法があれば参加してくれるんだよな?」

「ああ。だが方法があるのか?」

「例えば………シオンには檻のなかに入ってもらうとか……」

「私はサムライだ。囚われになる気はない」

「……そっか、ごめんな」

 機嫌を損ねてしまったのか、シオンは唇を真一文字に結んで背を向けて黙り込んでしまった。

 一人、カレク湿原の風に吹かれている。説得はもう無理そうだ。

「まあいいではないか。共に頑張って祭りを成功させようぞ。はっはっは!」

 こうしてシグレが仲間になった。

 ……しかし、シオンの説得に失敗した。

 アルドは肩を落として、バオルキーの作戦会議室に戻った。



「それでお兄ちゃん。シオンさんはどうしたの?」

「それが……ねこに嫌われる体質だから参加したら迷惑が掛かるってさ」

「ダメだよお兄ちゃん。シオンさんのねこ愛は本物だよ。こんなところで仲間外れにしちゃったら一生悲しいよ!」

「で、でもオレにはどうしたらいいかわからないんだ」

「分からないならいろんな人に話を聞いてみて、なんとかしよう」

 フィーネは必死にアルドを説得する。

「そ、そうだな。ところでフィーネはどのくらい仲間を増やせたんだ?」

「えーっと。今のところ手伝ってくれるって新しく決まったのは、ビヴェットさんでしょ。オトハさんでしょ。あとキキョウさんかな。今はレンリさんと交渉してるところだよ」

「え? レンリってねこ好きだったっけ?」

「会場がサテラ・スタジアムになるから、不測の事態に備えるためにエルジオン司法組織COAの捜査官であるレンリさんに、スタジアムの警備を指揮して貰えたら安心だなって思って……。一度は断られちゃったんだけどあともう一押しってところまで来てるの。ここが正念場だよ」

 フィーネはテキパキと企画書に書き込みを入れている。

「そ、そうなのか。レンリが手伝ってくれるなら確かに安心だよな」

「ちなみに、シャノンさんは騒ぎにならないように、KMSや各所に根回しをしてくれていて、ロゼッタさんは未来を飛び回って資金調達や現地の人との調整をしてくれてるの。オトハさんにはガルレア大陸との調整もお願いしてて……」

(お、オレがシグレ一人を仲間にする間に、すごく話が進んでいるぞ)

 アルドは驚愕した。

「あ、そうそう。ねこ好き以外の未来の人には、このお祭りは立体映像を使ったコスプレねこ祭りってことになってるから、くれぐれも口を滑らせないでねお兄ちゃん」

「あ、ああ、わかったよ」

「それと実行委員会の会議で、ねこ好きだけのお祭りにしたいから今後はねこ好きさん以外は仲間にしちゃダメって決まったからお兄ちゃんも守ってね」

「わかったけど、どうしてそんなイジワルするんだ?」

「イジワルじゃないよ。とっても広いサテラ・スタジアムだけど無制限に人を集めちゃうと、本当のねこ好きさんが参加できなくなっちゃうでしょ? それは困るからなんだって」

「それもそうだな」

「いま、リィカさんが綿密に計算して本物のねこ愛を持つ人たちに招待状を作ってくれてるの。リィカさんなら個々の”ぱーそなりてぃ“に、あくせすして本物のねこ好きかどうか調べられるんだって」

「ぱーそなりてぃ?」

「その人の、特徴が記録されているものらしいよ。リィカさんに調べて貰って、お兄ちゃんがねこ好きじゃないって聞いたときはショックだったなぁ」

「なんだかよくわからないけど、フィーネはねこ好きだったのか?」

「うん。ちゃんと太鼓判も貰ったよ! お祭りの仲間もみんなばっちりねこ好きだったよ!」

「なんかオレだけ仲間外れみたいで寂しいな」

「だったら、お兄ちゃんもねこ好きになればいいんだよ。ぱーそなりてぃって、後からでも変わるんだって」

「うーん。じゃあ、頑張ってみるか」

 それにしても最近のフィーネは妙に未来の言葉に馴染んできたなぁ。

 アルドは自分も頑張らなきゃなと感心した。

「話を戻すね。リィカさんは、ぱーそなりてぃに、ねこ好きがある人を選んで招待状を送って招待状を持ってる人しか参加できないようにしてくれてるの。それでもサテラ・スタジアムは満員になるみたい」

「そんなに集まる予定なのか」

 満員になったサテラ・スタジアムと言えばあのコンサートの時だ。

 あのときのことを思い出してみる。数えるのもうんざりするくらいたくさんの人が熱狂していた。あれよりも多い数だなんて想像もつかない。

「世の中のねこ好きってお兄ちゃんが思ってるよりもずーっと、多いんだよ。ってことでお兄ちゃん! 引き続き、シオンさんをなんとしてでも説得してきてください!」

 フィーネはアルドに指を突きつけ、有無を言わせぬ調子だ。

「あ、いや、その、頑張りはするけど……」

 ちょうどそのときロゼッタが部屋に入ってきた。魚を咥えた猫の置物をそのお腹に抱えている。

 自信なさげなアルドにロゼッタは意味深に微笑みかける。

「アルドさん。あなたもしっかり働いてくださいよ。うふふふ♪」

「なあロゼッタ、その像はなんなんだ?」

「私は古今東西、猫に関する展示物を集める仕事をすることにしたんですよ。これはその一つ、ニルヴァの美術館に飾られていたクロサギ猫の置物です。展示スペースは広大なので、もっといろんなものを用意するつもりなんですよ」

「ニルヴァの!? どうやって借りてきたんだ?」

「あらあら、気になりますか? けれど世の中にはが聞かないほうがよいこともあるんですよ」

 嫌な予感がしたがアルドはそれ以上追求しないことにした。

「じゃあ。よろしくねお兄ちゃん」

「ああフィーネさん。少しだけアルドさんをお借りしたいのですが宜しいですか? サテラ・スタジアムの件でアルドさんの顔の広さが必要になったので」

「え? お兄ちゃんがちゃんとシオンさんを連れてこれるならいいですけど」

「では、アルドさん。少しばかり未来に行きましょう。うふふふ♪」

「ま、まあ少しくらいなら……今は煮詰まってたし」

 アルドはロゼッタに腕を引かれて次元戦艦で未来に飛び、エルジオン・イオタ地区のオークションハウスの飲食スペースへと連れてこられた。

「ここに来るのも随分久しぶりだな」

「とても素敵なところですよね。それでは私はこれで……」

 ロゼッタはすーっと立ち去ろうとした。

「お、おい。ちょっと待ってくれよ。オレはどうしたらいいんだ?」

「これから未来の協力者の方が来られるのですが、その方とお話ししてください。アルドさんも知っていらっしゃる方だそうなので」

「協力者……? 誰だろ。オークション関係の人なのか?」

「私はその方と、その方の正体を明かさずにアルドさんと二人きりで会話させるという契約を結んでいるんですよ。そうすればねこねこフェスティバルに協力して頂ける、という話になっています」

「うーん。そどうしてそんなことを?」

「それは先方の都合ですので存じません。では、すぐにお見えになられると思いますのでよろしくお願いしますね。私はこれからレンリさんとの打ち合わせが御座いますので」

 ロゼッタは口元に手を当てて微笑んだのちにオークションハウスにアルドを残して立ち去った。


 こういうところに一人って苦手なんだよなぁ。

 アルドが飲食スペースの椅子に座って借りてきたねこのように身を縮めて待っていると、

「よぉ。久しぶりだなアルド。元気そうで何よりだ」

 聞こえてきたのはクールでハードな男の声。

 アルドが顔を上げると、ワイルドな金髪の男が犬歯を見せて笑っていた。

「あっ、ハーディじゃないか!」

 ハーディはエルジオンの暗部を仕切る、闇組織に所属する男でいつも相棒の犬型ロボット、グレイと一緒に行動している。

「協力者ってハーディのことだったのか。どうしてこんなに面倒な待ち合わせを?」

「ああ。あの胡散臭い女が信用のおける女か確証が持てなかったからな。知り合いに異国風のヘンな冒険者がいると言ったら、私もその人を知っていますとか抜かしやがったんで嘘じゃないなら連れてこいって言ったのさ。結果、女は嘘つきじゃないと分かったわけだが……手間取らせちまったな」

「大丈夫だよ。オレも久しぶりにハーディに会えて嬉しいし」

「ってことで俺とあの女の賭けは俺の負け。あいつのたくらみに協力するハメになっちまった。ま、互いにアルドの知り合いってことで、協力はしてやるさ」

「ありがとう。ハーディ」

 ハーディは乱暴にアルドの前の席に腰かけて、片手をあげてウエイトレスを呼びブラックコーヒーを注文した。

「それで、アルド。お前は最近どんな冒険してたんだ? 教えろよ」

「えーっと、そうだな……」

 それからアルドたちはしばらく雑談に花を咲かせた。

「……それにしても立体映像を駆使した世界最大のコスプレねこ祭りか。バカげた企画をぶち上げたもんだぜ」

 ハーディは企画書の束を取り出して目を通しながらパシパシと叩いて苦笑いを浮かべた。

 ああ、そういえば、未来の人たちには実際に世界各国のねことねこ好きを集めることは秘密なんだったな。さっきフィーネに釘を刺されたことを思い出して、アルドは口を滑らせないように気を引き締めた。

「オレも最初はバカげた企画だと思ったけど、みんなすごく頑張ってるし、今はきっと面白い祭りになりそうだと思うよ」

「だろうな。ここまでの規模だ。好事家は大喜びだぜ。ってことでアルド。ビジネスの話だ」

「びじねす?」

 アルドが訝しむとハーディは一瞬躊躇してから、考えるような素振りを見せて口を開いた。

「……いや。なんでもねぇよ。ああそうだ。サテラ・スタジアムを借りるのに必要な書類、持ってきてやったぜ。ここにちょちょいとサインしな。後は俺が届けてやるよ」

「そうなのか。ありがとうハーディ。ここでいいのかな?」

「ああ。問題ないぜ」

 アルドはさらさらと記名した。

「こういう雑用をすることがあの女……ロゼッタって言ったか、あいつとの契約なのさ。じゃ、俺はもう行くぜ。久しぶりに話せてよかった。また冒険にも呼んでくれよ」

「そうだな。こっちこそ頼むよ。それと書類、ありがとう」

「いいってことよ。じゃあな」

 ハーディは片手をあげて振り返りもせずに立ち去った。アルドはその背中をじっと見送る。

 さて、オレも頼まれたことはやらないとな。

 アルドも席を立ち、オークションハウスのエリアの外れの次元戦艦を待たせていたところまで戻ってきた。

「なんてことだ……次元戦艦が、いない」

 きっと一緒に来たロゼッタが次元戦艦に乗って帰ってしまったんだろう。

 しかたない。歩くか。

 アルドはエルジオン・エアポートの時空の穴から、バルオキーまで帰ることにした。そういえばフィーネの話によるとオレってねこ好きじゃなかったんだよな。なんだかもやもやするぞ。

 道中のエルジオン・ガンマ地区で紫の髪の女学生がアルドのほうへと近づいてきた。

 あ、フォランだ。

「あらアルド。最近このあたりであなたの仲間をよく見かけるんだけど何してるの?」

「えーっと」

 しまった。フォランは過去のトラウマでねこ嫌いのはず。

 祭りのことは知らさないほうがいいかな。なんとかごまかさないと。

「フォラン、すまないけど用事があるんだ。ごめんな」

「目が泳いでるのが気になるけど……いいわ。またねアルド」

 アルドは速足で歩き去って、エアポートから次元の穴へと飛び込んだ。


 次元の狭間を歩きながらアルドは思案していた。

 シオンを説得、シオンを説得、か。

 自分だけだとこれ以上の案は浮かばないから誰かに相談したいところだけど……誰に相談するのがいいかな。

 そうだ。剣士繋がりでサイラスに相談してみよう。サイラスならシオンの気持ちもわかるかもしれない。

 サイラスは……たぶんだけど時の忘れ物亭にいる気がする。道すがら寄ってみよう。

 カラン。

 ベルを鳴らして仄暗いバーに入店すると案の定、サイラスが酒を飲んでいた。

「あ、ちょうどいいところに。なぁサイラス。ねこってどう思う?」

「拙者、ねこは苦手でござるがどうかしたでござるか?」

 ……ねこ嫌いだったのか。

「だったらいいや、なんでもない」

「なんなのでござるか? 悩みがあるなら聞くでござるよ?」

「いやでも、これはねこ好きの問題なんだ」

「とにかく話してみるでござる。話はそれからでござる。仲間外れは嫌でござるよ」

 サイラスはむっとして腕組みした。

「それもそうだな」

 アルドはサイラスに事情を説明した。

「ねこ好きの祭り! 面白そうでござるな!」

「そういうと思ったけど、ねこ好き以外は参加できない決まりなんだ」

「参加したいとは申さぬでござるよ。カッカッカ。それにしてもシオン殿がそんな悩みを……」

「何かいいアイデアはないかな?」

「やはりそこは、猫に好かれる御仁に助言をもらうのが一番でござるが」

「あの流れでシグレに相談はできないよ」

「だったら、他にねこに好かれる御仁はいないのでござるか?」

「シャノンは忙しいってフィーネが言ってたし……あっ、そうだ!」

 アルドの頭に一人の女の子の姿が浮かんだ。

「もう大丈夫でござるな」

「ああ、ありがとうサイラス! また今度酒でも奢るよ!」

「気にするなでござる。アルド殿も気楽に頑張るでござるよー」


 サイラスの声援を背中に受けて、アルドは勢い勇んで現代へと続く次元の穴に飛び込んだ。

 ええっと、あの子は王都ユニガンの神殿に仕える神官見習いだからユニガンのどこかにいるはずだよな。シフォンショートで金髪で……。

 探しながらユニガンを散歩していると目的の白と青の神官服の女の子はすぐに見つかった。

「マリエル! 今、ちょっといいか?」

「あ、アルドさん。こんにちは! もしかして例のお祭りですか?」

「え? ああ。もう知ってるんだな」

「昨日、フィーネさんが教えてくれました。私は神官のお仕事があったんで、まだそちらにはお伺いしてないんですが、私もぜひ参加させて貰います! ねこ好きたちの祭りと聞いて参加しないわけにはいきません」

「あれ? もしかして今って仕事中か?」

「いいえ。ちょうど終わったところですが、どうかしたんですか?」

「ああ。それがさ……」

 アルドはマリエルにこれまでの事情を説明した。

「とにかくシオンさんに逢ってお話しをしてみましょう」

「そうだな」

 マリエルが仲間に加わった。

 しばらくしてから、カレク湿原にてマリエルとシオンが対峙していた。

「……シオンだ」

「ま、マリエルです」

 シオンの放つ謎の威圧感にマリエルがひるんでしまっている。

「アルド。彼女は何者なのだろうか?」

「ええと、マリエルはねこに好かれる体質だから、マリエルにアドバイスを貰ったらシオンのねこに嫌われる体質もどうにかなるんじゃないかなって思ってさ」

「そうか。心遣い痛み入る。だが、私がねこに好かれることなど不可能なのだ。私がサムライである限り」

「不可能? どうしてだ?」

「考えてみると、幼少の頃は私も普通にねこに好かれていた。だけどサムライとして修業を重ねるごとに、いつの間にか、ねことの間に溝が生まれていた。サムライはねこに嫌われる運命なのだ」

「でも、同じサムライであるシグレはねこに好かれているぞ。剣士だからねこに嫌われるってことはないはずだ!」

「えっと、シオンさん! 試しにねこちゃんと、どんな風に接しているのか教えて貰えませんか?」

「そうしたいのは山々だが、ここにねこはおらぬ」

 マリエルがパンパンと手を叩くと、真っ白なねこちゃんがどこからともなくやってきて、マリエルの足にすりすりした。

「はぁーーっ、かわいいですぅ。やっぱり来てくれたんですね! いい子いい子、ああもうっ、どうしてこんなにも、すべすべでふわふわでかわかわなんでしょう!」

 マリエルは我を忘れてひとしきりねこちゃんをナデナデした。その様子を遠巻きに見守りながらそわそわするシオンを見て、アルドはやっぱりシオンも相当なねこ好きなんだな、と思った。

「それではシオンさん。このねこちゃんをナデナデしてあげてください」

「う、うむ」

 シオンは生唾を飲み込んで気合を入れ、仇討ちに挑むサムライのような威圧感を発した。

 ねこちゃんはびっくりしてマリエルの腕の中に飛び込み、唸り声をあげながら小刻みに震えている。

「お、おい、シオン。なんでそんなに圧を発してるんだ?」

「そんなつもりはないのだが、つい……」

「怖い顔をしちゃったらねこちゃんもびっくりしちゃいますよ! はい、こんな風に笑顔になってみてはどうでしょうか」

 マリエルは花のような笑顔を浮かべた。ねこちゃんは一層ゴロゴロと喉を鳴らす。

「さあ、シオンさんもやってみてください」

「笑顔……か。こうか?」

 シオンは笑顔になろうとしてみた。

「アルドさんどう思いますか?」

「普段と変わりない、よな?」

「これでも笑っているつもりなのだが」

「ほやほやーっとリラックスして、ふわふわな気持ちになるのがコツです!」

「こう、か?」

「違います! ふやふやーの、ほやほやーです!」

「う、うむ。ふやふやー、ほやほやー」

「なんだか私、楽しくなってきました! シオンさん、一緒にがんばりましょう!」

「……う、うむ」

「えっとシオンのことはマリエルに任せてもいいかな?」

「はい! 任せてください! きっと、ねこちゃんがメロメロになっちゃうくらいの笑顔を身につけさせてみせます!」

 マリエルがやる気を出してくれたのでシオンのことはマリエルに任せることにして、アルドは祭りの当日まで本部の雑用を手伝うことにした。


 月日が流れ、遂に、世界最大級の時空を超えたねこ祭りが開催されようとしていた。

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