幼馴染は、本物が欲しい

「私は、その結婚に反対します」


 俺の味方は誰もいない、そう思っていた。

 しかし、幼馴染だけは。

 声を、上げてくれたのだった。


「…………紬、あなた」


「お母さんは黙ってて」


 紬を嗜めようとした美雪さんへ強い言葉を返すと、紬は俺の親父と対峙した。


「……ほう、紬ちゃん。何か異論があるのかい?」


「ええ、大ありですよ」


「なんでだい? 紬ちゃんには関係ない話だろう」


「関係大ありですよ。だって、結人の話ですもん」


「……君は、結人の何なんだ?」


 親父のその発言に、紬はピクリと眉が動いた。


「……私が、結人の何なのか?」


「ああ、そうだ。紬ちゃん、君たちはまだ子供だから分からないと思うが、大人の世界には色々あるのだよ。それに、君と結人は別に恋人同士じゃないのだろう? なら、誰と結人が結婚しようと関係ないじゃないか」


「恋人じゃないから関係ないは暴論です」


「そうか、それは言い過ぎたかもね。……じゃあ、もう一度聞く。君はいったい結人の何なんだ?」


「……私は、結人の家族です」


 紬は、真っ直ぐな瞳でそう答えた。

 家族。そう言った紬の瞳に迷いはない。

 その紬の発言に、親父はニコリとして


「奇遇だね。僕も結人の家族だよ」


「家族だからこそ、望んでいない結婚には反対です」


「家族だからこそ、結婚して幸せになってほしいと思うのはおかしなことかい?」


「結人が望んでいないじゃないですか」


「急な話で困惑してるだけだよ。リリアナちゃんなら、きっと結人も好きになる」


「……ハハハ、それは無いですよ」


「何でそう言えるんだい?」


「だって結人はーー」


「紬さん!」


 紬が勝ち誇ったように答えを突きつけようとした時、リリアナが割って入った。


「ユートが、紬さんのことが好き。だからワタシのことは好きにならないと言いたいんでしょうけど、とても傲慢で自分勝手な発言だと思いますよ」


「それはっ……」


「それに、愛の方が、良くありませんか?」


「え……?」


 リリアナは、俺の方を見て笑う。


「ユート。正直に言いますね。ワタシは、ユートと結婚したいです。振り向いてくれない、紬さんより、よっぽど確実で美味しい話だと思いますよ」


「美味しい話とか、そう言う話じゃないだろ」


「……お願いしますユート。ワタシと、結婚してください」


「……それは、無理なお願いだな」


 そんな急に言われても、OK出来るはずもないだろう。


「……仕方ない、結人には考える時間をやろう。1週間だ。1週間で答えを決めろ。そうしたら、結人お前を海外へ連れて行く」


 親父は、そう言って家から出て行った。


「……」


「……」


「……」


 重苦しい空気が流れるリビング。


「ユート、急な話でごめんなさい」


「なにか、事情があるのか?」


「……はい」


 先にそれを教えてくれよ。


「じゃあ、その事情を教えてくれ」


    ◇


 ワタシ、リリアナは普通に学校生活を送っていました。

 アメリカの学校での、日常生活。そこそこ友達も居たし、気になる子もいたし、楽しく暮らしてました。

 ……でも。


「……パパッ!」


「おーリリアナ、元気かい?」


「パパこそ!」


 地元の病院の一室。

 そこに運び込まれたのは、ワタシのパパ。ガタイがよくて金髪の最高にクールなパパ。

 仕事中に倒れたらしい。


「身体、大丈夫なの?」


「ああ、この通りピンピンさ!」


「心配したんだよ……」


「ハハハ、すまないね。心配かけて。そして、心配してくれてありがとう」


 パパは、ガハハと豪快に笑い、何ともないとアピールしてくれました。

 だから、安心だと思っていました。

 でも、パパの入院は続き、家に帰ることすらできない。

 流石におかしい。


「ママ、パパは大丈夫なの?」


「…………ええ、大丈夫よ。すぐ帰ってくるわ」


 何か隠し事をしている素振りでした。


 そしてある日のこと。

 病室で、パパはある人と話していました。


「おお直樹、来てくれたのか」


「もちろんだよ。親友の一大事だ。飛んでくるとも」


 それは、結人のパパ。

 ワタシのパパとは昔からの付き合いで、とても仲が良いです。大きな花束を持ってお見舞いに来てくれました。

 そしてワタシは、聞いてしまったのです。


「……なあ、娘さん……リリアナちゃんには言ったのかい?」


「いや、まだだ。踏ん切りがつかなくてね」


「早く言ったほうが良い。その方が、気持ちの準備が出来るよ」


「でも、最後まで最高にクールなパパだいたいんだ」


 最後……?

 その言葉で、ワタシは嫌な予感がした。

 そしてワタシは二人の会話を盗み聞きしました。


 それで分かったのです。

 ワタシのパパは、不治の病に冒されていると。

 

 ……廊下で立ち尽くすワタシは、結人のパパに聞いていたことがバレてしまいました。


「リリアナちゃん……」


「あの話、本当なんですか!?」


「…………」


「じゃあパパは……」


 もう、長くはない。

 その事実にワタシは絶望しました。

 大好きなパパが、死んでしまう?

 そんなことを考えると、勉強も学校生活も何もかも力が入らなくなっていき、次第に友達はいなくなり見放され、全てを失いました。


 暗い部屋の中、ワタシは引きこもっていました。

 何もかもが、どうでもよくなり、未来への前向きな気持ちなんてない。


 そんな時、ふと思い出したのです。

 幼い頃の記憶を。



「……ユート、ワタシとケッコンしよ!」


「うん、いいよ」


「約束ね! ケッコン、約束!」


 ユートとの、幼い頃の記憶。そんなのとうに忘れていて、ユートのことなんて微塵も覚えていなかったけど、その約束だけは脳裏に焼き付いていました。

 その約束の日の夜、ワタシはパパに嬉しそうに報告したのです。


「パパ! 聞いて! ワタシ、お嫁さんになる!」


「え? お嫁さんだって!? 誰の? もしかしてパパのかい?」


「ううん! ユート!」


「ユート? ああ、結人くんか。そうなんだ、それは良かったじゃないか」


「うん! 嬉しい!」


「結婚かぁ……良いな。リリアナの花嫁姿、楽しみにしているよ」



 これだ!

 そう思ってワタシは、結人のパパに相談しました。


「結人と結婚……?」


「はい、ユートと結婚したいです」


「それはまたどうして」


「パパを、喜ばせてあげたいんです。……ワタシの花嫁姿を見せてほしい」


「……なるほど、それで偽装結婚を」


「違いますよ」


「え?」


「本当の結婚です。本当に結婚して、幸せになるんですよ」


 ワタシの言葉に、結人のパパは少し困惑していました。

 それもそのはず。ビックリでしょう。

 でも、ワタシにとってこれしかないんです。これしか、思いつかなかったんです。

 偽装結婚?

 そんなのダメです。

 だって。


「もし天国からその事実を知ったら、悲しむじゃないですか」


 優しい嘘は大切だ。

 でも、それは人を一倍傷つける。


 だから、ワタシは本当がいい。

 嘘じゃない。

 本当の結婚を。

 本当の幸せを。


 それを掴んで、パパに笑ってほしいんだ。

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