誕生日プレゼント戦争

 週末。

 私、夏目紬はショッピングモールに来ていた。


「……おっそ」


 数日前、リリアナさんからの突然の呼び出し。

 指定された時間に来たのだが、かれこれもう30分は過ぎている。

 電話しても、反応はなし。

 寝坊か、忘れてるのか、今向かってる最中なのか。


「……このまま来ないとか、それだけはやめてほしいなぁ」


 友達との約束を断ってわざわざ来たのだ。これで来なかったら、ただでさえ私はリリアナに好感を持っていないのに、さらに嫌ってしまうかもしれない。

 まあ、あと1時間くらいは待つけども。 

 すると、


「すみません!!! 遅れました!」


「人を呼び出しておいて遅刻とか……って、何その格好」


 慌ててやってきたリリアナに、私は色々言おうと思ったのだが、その姿を見て固まってしまう。


「リリアナさん、なんで着物?」


「え?」


 彼女は、着物だった。落ち着いた青系の着物。見るからに良い着物なのだが、金髪のリリアナさんが着ると、その魅力は何倍にも膨れ上がっている。

 派手さと落ち着きの融合。

 やばい、女の私でもドキッとしてしまうこの子の魅力。


「負けた……」


「え、なんかもうワタシ勝ったんです?」


「は!?」


 危ない危ない。

 危うく負けを認める所だった。

 ……こんな可愛い子いたら、そりゃあ結人も気になるよね。


「リリアナさんって、普段から着物着てるの?」


「いやいや! そんな日本文化憧れピーポーじゃないですから! たまたま服が全て洗濯にありまして……」


「洗濯もの溜めてたんだ」


「週末に1週間分回せばいいかなって思ってたら、服がなんか足りませんでした」


「ダメダメね。毎日洗濯しましょ?」


「紬さんは毎日洗濯やってるんですね! とても偉いと思います!」


「……あー、私じゃなくて結人がやってる」


「え、全部ですか?」


「うん、全部」


「下着も??」


「そうだよ」


「えっ」


 リリアナさんは、絶句して固まってしまった。

 改めて考えると、なんで私下着すらも結人に洗濯してもらってるんだろう。

 恥じらえよ私。

 結人も恥じらえよ。


「掃除は紬さんが?」


「結人がやってる」


「お料理は?」


「お母さんが作ってるよ」


 なんだろう。

 私、全然家のことやってなくない?

 あれ、やばいな……。


「というか、そんなことより」


 私は、慌てて話題を逸らす。


「リリアナさん、なんで私を呼び出したの?」


 食堂で、少ししか顔を合わせていない私たち。

 なんで急にショッピングモールなのか。

 リリアナさんは、ニコッと笑った。


「ワタシと、勝負しませんか?」


    ◇


「勝負って、何するの?」


「……紬さん、ユートに誕生日プレゼントは渡しました?」


「うっ……私てないけど、それが?」


「その話を聞いてピンときたんです。ワタシと紬さん、お互いユートへのプレゼントを選んで渡す。それで喜んでもらえた方の勝ちってうのはどうですか?」


 プレゼント勝負、ね……。


「先に聞いておくけど、リリアナさんにとって、その勝負はどういうもの?」


 何故勝負を仕掛けてきたのか。そんなことやって、リリアナさんになんのメリットがあるのか。

 リリアナさんは、表情を崩さない。

 その笑顔のまま、言い放った。


「……だって、これでワタシが勝てば、ワタシの方がユートを理解してることになりますよね? そうしたら、もう紬さんなんてユートに必要ないんじゃないかなって」


「えっ」


 この子、笑顔でなんて事言うの……。


「ワタシ的に、紬さんはユートの邪魔でしかないと思うんですよね。ユート、優しいからきっと無理してますし」


「それは……」


 否定が、出来なかった。

 今までの私の行動を振り返っても、良い所なんてひとつもなかった。

 結人に無理をさせていると、薄々分かってはいた。

 でも、結人はそんな面を表には出さない。だから、それに甘えていた部分もあった。


「だから紬さん。もしこの勝負で負けたら、もうユートの幼馴染を名乗るをやめてくれませんか?」


 幼馴染を、やめる……?

 私と結人の関係。それは幼馴染を取り除くと何になるのだろうか。

 結人を振った夏目紬という、普通の女。それしか残らない。

 

「……良いわ。その勝負、受けてあげる」


 幼馴染であると、決めたのは私だから。

 結人の気持ちを拒んでまで、私は幼馴染を望んだのだから。

 今更、やっぱり好きです付き合ってなんて。遅すぎる。

 だから、私は私の気持ちを押し通す。


「その代わり、リリアナさんが負けたら、幼馴染を名乗るのをやめてね」


「もちろんですとも」


「集合は、2時間後。その後家に帰ってそのまま今日渡して決着をつけましょう」


 ここに、二人の幼馴染による、称号を賭けた戦争が勃発した。


    ◇


 ワタシ、リリアナ・アイスールには必勝法がある。

 この勝負、絶対勝てる。


 数日前。


「そういえばユート。あなた、ワタシと同じ誕生日ですよね」


「ああ、そういえばそうだな。てことは、数日前じゃん。誕生日おめでとう」


「ありがとうございます♪ それで、ひとつ聞きたいんですが、ユート何か欲しいものありますか?」


「え、別に誕生日プレゼントなんて良いよ。今年は紬からも貰ってないし」


「……そうなんですね。でも、ワタシがあげたいんです。欲しいもの、教えてください」


「そうだな。……俺の欲しいものはーー」


 ワタシは答えを知っている。

 この勝負、その考えに辿り着かなかった紬さんの負けだ。


 この勝負でワタシが勝てば、紬さんは幼馴染の称号を失う。

 そうすれば、ユートを苦しめる幼馴染は消えるのだ。


 ……やっぱり、ユートは昔から変わらない。優しくて、強くて真っ直ぐだ。


 ずっと一途に想い続けるなんて有り得ない。そんなの、フィクションだけだろう。


 でも、再会した時。

 ワタシの心はざわめいた。

 幼い頃の、あの純粋な気持ちが蘇る。


「ユート、ワタシと結婚して」


「うん、いいよ」


 あの幼き日の約束を実現するため。


 ワタシは、最強のライバルを打ち倒したい。

 愛しい、あの人をワタシのものにするために。

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