幼馴染は対決したい

 あの日から、紬は俺を避けるようになってしまった。


「紬、今良いか?」


「ごめん、忙しい」


   ◇


「おお、紬偶然だな」


「うん。……あ、私移動教室だから」


「そ、そうか」


   ◇


「紬、今日こそは」


「ごめん、体調悪いから後でね」


「後で、だな? 言ったな?」


 結局、その日もダメだった。


    ◇


「もう、俺はダメかもしれない……」


「ユート、最近お疲れですね」


 昼休み。食堂。

 俺が覇気のない声で呟くと、リリアナは心配そうにこちらを見る。

 

 ここ数日で、俺とリリアナでお昼を食べるのが当たり前となっていた。昔は紬と食べていたりしたが、彼女に避けられたり、別のクラスだったりとなかなかそう言う機会にはならなかった。

 リリアナは、毎日のように重箱に入れた料理をぺろっと平らげる。しかも、今日は追加で売店で買ったパンも食べていて、こいつが食欲旺盛なのを理解した。


「ユート、最近思い詰めてそうで心配です。……箸も全然進んでませんし。食べさせてあげましょうか?」


「いや遠慮しておく」



「ほら、そんな事言わずに。はい、あーん」


 リリアナは、そう言いながら自分の弁当の中のミートボールを箸で掴むと、俺の口へと近づけてくる。


「いや、別にいいって」


「そんな事言わないで、ほら!」


「むっ」


 半ば無理矢理ミートボールを口に入れられる。

 口に、ミートボールの濃い味が広がる。


「どう、美味しいですか?」


「…………まあ、美味しいよ」


「それは良かった。もう一ついります?」


「別にいらない」


「仕方ないです。もうひとつあげちゃいます」


「俺、いらないって言ったよね? っ」


 もうひとつ、口に捩じ込まれる。

 無理矢理食わされても美味しいものは美味しい。

 なんか悔しい気持ちになった。


「ユート、元気になりました?」


「ああ、ありがとう。元気出たよ」


 リリアナに、いらぬ心配を掛けてしまったな。

 少し反省しよう。

 

「ワタシも、ミートボールを……」

「ん? どうしたリリアナ」


  リリアナは、ミートボールを食べようとして動きが固まる。


「…………いやー、あははは」


「うん?」


 リリアナは、顔を赤くしながら呟いた。


「……ユートと間接キスです」


「………………え?」


 そういえば、リリアナは持っていた箸でそのまま俺の口へと突っ込んでいたな。


「なんかごめん」


「いえ、ワタシがやったことなので」


「あ、割り箸を貰ってくるけど……?」


「別にイヤなわけじゃないですから!! そこは、勘違い! しないでください!」


「お、おう」


 リリアナは顔を真っ赤にして声を荒げる。


「………あむ」


 リリアナは、ゆっくりとミートボールを箸で掴み口へ運んだ。

 もぐもぐと、箸を咥えたまま咀嚼する。


「ユート、ジロジロみてなんですか? 恥ずかしいです」


「へ? いや何でもないぞ」


 間接キスだの言われたら、多少は気になるだろ。


「えへへへへ」


「あはははは」


 二人の間に、微妙な空気が流れる。

 すると、リリアナは両手を叩き、思い出したかのようにある話を持ち出した。


「ユート。あの、紬さんの連絡先教えてくれませんか?」


「なんでだ?」


「……少し、お話ししてみたかったんです」


    ◇


『こんにちは。こちら、紬さんの連絡先で間違いないですかね?』


『…………えと、誰?』


『リリアナです』


『リリアナ……さん? え!? なんで!?』


『週末、ショッピングモールにて待つ』


『…………え?』


『…………』


『おーい、詳細を』


『…………』


『おーい』


 私、夏目紬はリリアナさんからのメールを見て、深くため息をついた。

 おそらく、結人から連絡先をもらったのだろう。そこはまだ良い。

 リリアナさんのこの文章、まさに果し状じゃないか。

 いったい何を言われるのか、怖くて仕方がない。


 私は、ここ数日結人を避け続けている。結人から何度か話してくれようとしていたが、私はそれを拒み続けた。

 心を整理する時間が欲しかったんだ。


 ピロンと、ふたたびスマホが鳴る。

 リリアナさんか? と思ったが、奈緒ちゃんからだった。


『紬ちゃん、元気?』


『元気だよ。そちらは?』


『まだ色々慣れないけど、元気だよ。みんな優しいしね』


『友達できた?』


『うん、出来たよ』


『それは良かった』


『あ、でも。紬ちゃんは親友だと思ってるから、心配しないで!』


『別に心配してないよ』


『安心して、私は絶対紬ちゃんの味方だから!』


『ありがと』


『……だから、元気出してね?』


 何か、違和感……。

 奈緒ちゃんは、なぜか私を慰めるような方向性だ。

 もしかして。


『結人から、何か聞いた?』


『ん? なにを?』


『ううん、なんでもない』


 気のせいだったみたい。

 今の聞き方が悪かったのか、奈緒ちゃんは何かを察したようで。


『……結人くんと、何かあったの?』


『いや、別に』


『本当に?』


『本当に』


『じゃ、そういう事にしておく』


『だから、何もないって!』


 奈緒ちゃんは、最後に『結人くんにもよろしくね』と、それだけ言って終わった。

 

 ……結人と、話さないとな。

 私は布団に横になると、机のほうを見た。そこには今までの写真が飾ってある。小学生の頃からの、たくさんの思い出の写真。そのほとんどに、結人が一緒に映っているのだった。


 そこに一つ。結人だけの写真があった。それは、中学生の頃。恥ずかしそうにしながら、ケーキの前でピースをする結人。

 そのケーキには、「15歳、おめでとう」の文字。

 誕生日の時かぁ……。


 誕生日……誕生日……。あれ?


 結人の誕生日は4月4日。そして今日は4月10日。


 ……あ、結人の誕生日忘れてた。


 私、夏目紬は。

 幼馴染の誕生日を忘れるほど、疲れていたらしい。

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