幼馴染は近くの家に住むのがテンプレ


 食堂で紬の涙を見てから、俺はそれのことしか考えることが出来なくなっていた。


「ほんとなんなんだよあいつ……」


「ユート、大丈夫ですか?」


 放課後。机に突っ伏しため息をつくと、リリアナが話しかけてくる。


「紬さんに会ってから、元気がないですよ」


「そ、そうかな……」


「顔色も悪そうです」


「そんな事はないと思うけど」


 すると、リリアナはグイッと距離を詰めてきて、手を俺のおでこにつける。

 柔らかく、少し冷たい手。


「うーむ。熱はないみたいですが」


「だ、大丈夫だって!」


 急に触られてドキッとしてしまった。


「そうですか。……何かツラかったら、教えてね」


 心配そうに見つめてくるリリアナ。

 ……いつまでのクヨクヨしていられない。


「よし、帰るか」


 紬とは、どうせ家で顔を合わせるんだ。今考えても仕方ない。

 俺も、前を向かないと。


「リリアナはこれからどうする?」


「ユートと帰りたいです」


「リリアナはどこに住んでいるんだ?」


「……来ます?」


 リリアナは、上目遣いで口角を上げた。


    ◇


 リリアナの後ろをついていき、リリアナの家へと向かう。

 その帰路は、とても見覚えがあった。


「ここが、ワタシの家ですよ」


「俺の家の隣じゃねえか……」


「え? そうなんですか!? ……でも、ユートの名前お隣になかったです」


「あー……」


 そういや、紬との事言ってなかったな。


「?」


「隣、夏目家だろ? 紬の家なんだけど」


「あ! 隣、紬さんの家なんですか!? ……ああ、昨日ご挨拶へ行った時にいたマダムは紬さんのお母様なんですね!」


「ああ、美雪さんな」


「気付きませんでした。……それで、それとユートに何の関係が?」


「俺、紬と一緒に住んでるんだよ」


「へえ、そうなんですね……………え?」


 リリアナは、目を丸くし固まる。


「一緒に住んでるんですか??? 紬さんと?」


「ああ、俺の親が海外にいてな」


「え? じゃあお二人はやっぱり付き合って」


「ないんだよなぁ…………不思議だ」


 俺も出来ることなら付き合いたい。

 だが、彼女はそれを拒む。「私たちは、幼馴染だよ?」と、彼女は言ったのだ。

 幼馴染。それが、俺と紬を縛り上げ、未だに身動きが取れないのだ。


「ユートは、紬さんが好きなんですか?」


「……え?」


「真面目に答えてください」


 リリアナは、真剣な眼差しで俺を見つめる。


「そうだよ。……俺は、紬が好きなんだ」


「そう、ですか……」


 悲しそうな目をするリリアナを見てハッとする。

 リリアナは、俺との幼い頃の約束をまだ覚えていた。それを信じて生きてきたのだ。

 結婚する。そんな子供の頃の口約束が、リリアナの心には残っていたのだ。

 ……なのに、俺はなんて事を。


「リリアナ、昔の約束は」


「分かってますよ。私とユートは幼馴染で、それ以上ではないんでよね?」


「……ああ、でも。リリアナは俺のことを想っていてくれたんだよな?」


 この十何年も。彼女は、俺を想い続けてくれていた。

 でも、俺はその想いに応えられない。


「……あの、ユート。ひとつ、誤解解いて良いですか?」


「なんだ?」


「ワタシ、別にユートの事好きじゃないですよ。恋愛対象として」


「…………は?」


「そんな何十年も昔のお話を本気にする、頭お花畑なお姫様とでも思ってたんですか?」


 リリアナは、苦笑いしていた。


「え、でもさっき結婚してほしいって」


「……あんなの、冗談に決まってるですよ」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?!?」


 冗談なの!?

 俺は叫び声を上げた。

 嘘だろ、え、俺は今日ずっとリリアナに好意を持たれてると思って生活してきたが、あれは全部嘘だと?


「何十年も一途とか、素敵を通り越してノーマルに引きますし、ワタシだって年相応に恋愛経験してますから」


「……あ、そうなのね」


 恥ずかしすぎる……。

 今俺、「リリアナは俺のことを想っていてくれたんだよな」とか言っちゃったよ?

 なんかモテ男の雰囲気出してたよ?

 全部嘘だったの?

 恥ずかしすぎて、今すぐにも姿を消したい。


「ユート、自意識過剰ですね」


 ふふっと、リリアナは笑う。


「ほんと、紛らわしいわ……」


「ずっと一途で想い続けてくれるなんて、夢みたいなことがあるわけないでしょう」


「それは確かに……」


「恋というのは炎なんです。火を絶やさないように薪を増やしたり、風を送らなければ消えてしまうんですよ」


 だから、と。リリアナはニコっと笑う。


「紬さんへのその気持ち、途絶えた時はワタシがユートの新しい炎になってあげますよ」


「それは、いったいどういう意味で……?」


「ユート。日本人は、空気読むのです。……あ、行間を読むって言うんでしたっけ」


「それは文字の時だな」


 リリアナの言う通りだった。

 気持ちというのは、常に変化する。

 同じ川でも、1秒前の川と今の川では別物になっているのだ。


 だから、俺も気持ちを絶やさないようにしよう。

 今日、紬と話そう。


「ありがとうな、リリアナ」


「別にユートのためなら良いですよ」


 その時、スマホへ着信がある。

 紬からだ。


「えっと……『今日は友達の家に泊まるから、帰らない』って。え?」


 ……ほんとあいつは、タイミングが悪い。

 今日もまた、紬とは向き合えない。

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