四章「幼馴染は譲れない」

幼馴染は1人じゃない

『ユート、ワタシ……アナタ……スキ』


『うん、僕も』


『ツギハ、ケッコンスル!』


    ◇


 高校三年、春。

 プルルルル、プルルルル。

 目覚まし時計が、鳴っている。


「結人くーん? 早く起きなさーい」


「あと数分」


「ほーらー! 紬はもう家を出たわよ?」


「……はーい」


 俺はのっそりと起き上がる。


「あ、おはようございます美雪さん」


「うん、おはよう結人くん。ご飯はもう準備してあるから」


「ありがとうございます」


 俺は、ゆっくりと部屋から出てリビングへと向かった。

 リビングの机の上には俺の朝ごはんが用意されていたので、それを食べる。


 ひとりで朝ご飯を食べるようになってから、数週間が経った。

 紬に振られてから、俺たちの距離感は変わってしまった。


 あれから数日間は、俺は耐え難い悲しみの中、部屋を動けずにいた。

 そして少しずつ日常生活へと戻り、紬も普通に接してくれてはいるものの、中々俺の気持ちが整理できず自然と距離を取ってしまっている。


 同じ家にいて、不自然な状態。

 美雪さんも気を遣ってくれて深く聞かないでくれてはいるが、俺と紬の溝は深いものになってしまった。


「そりゃあそうだよなぁ」


 俺は1人呟く。

 何年も一緒に住んでいた幼馴染が、実は好意を抱いてきて告白してきた。そして自分にはそんなつもりはない。

 そして相手の好意を自覚しながら、日常生活を送る。気まずいったらありゃしない。


 新学期が始まってから数日、少しは普通にしようと思っていたのだが、紬は早くに学校へ行ってるようで、やっぱり距離を取られている感じがする。


 想像より、それはキツかった。好きだと認識し、しかも告白した相手に距離を取られる。

 片想いとか、こんなに辛いものなのか。

 ……あとで、紬としっかり話そう。

 俺はスマホを取り出すと、紬に「放課後少し時間が欲しい」と送る。

 家でも良いんだが、美雪さんがいると中々難しいし、部屋に篭られるとどうしようもない。


「……あ、時間やべ」


 俺は、慌てて家を飛び出した。


    ◇


 今年度から、紬とは別クラスの配属になってしまった。過去一度もそんなことがなかったのだが、どうもタイミングというものが悪い。

 教室へつくと、異様な空気が流れていた。

 いつもより騒がしくて、多くの人がひとつの場所に集中して集まっている。

 

「何してるんだ?」


 俺が不思議に思っていると、その集団の中から颯爽と1人の男が俺の方へとやってきた。


「おお結人。今日もギリギリだな」


 友人の永倉。最近久しく見ていない気がするが、ちゃんと元気にしていたようだ。


「睡眠時間を沢山取ってるんでね」


「そうだな、お前には休息が必要だ」


 憐れむように、永倉は俺の肩をポンポンと叩く。

 こいつは俺と紬の現状を知っている。俺が教えた。


「女の子なら、俺の彼女の友達からいい子を会わせてあげるけど?」


「いや遠慮しとくよ。別に、振られただけで、諦めたわけじゃない」


「それでこそ漢だ。よく言った!」


 10年以上の片想いだ。簡単に忘れて次に行けるわけがないだろう。


「そういや、この騒がしい感じはなんだ? もしかしてテストあったりする?」


「おおよくぞ聞いてくれた。それを説明してあげようと思ったんだ」


 ほんと友人ってこういう時都合が良いな。

 永倉は、少し興奮気味に答えた。


「実はこのクラスに転校生が来たんだ」


「転校生? 学校始まって数日だぞ?」


「あー、なんか飛行機とかが遅れたらしい」


「へー、ってことは本州から来たのか」


「いや海外だよ」


「海外!?」


「アメリカ人だってさ。小さい頃この辺に住んでて、戻ってきたんだと」


「へー」


 そりゃあ注目を浴びるわけだ。

 その方向を見るが、人が多くてその人を確認することはできない。

 まあ、俺はどうせ関係ないからな。と思ったが、転校生の席はどうも俺の隣らしかった。

 確かに、数日隣には誰もいなかった気がする。


 そんな事を思いながらぼーっと群衆を遠目で見てると、先生が教室へとやってきた。


「ほらー、お前ら座れー」


 その声に反応し集団は散らばりやっと座れるようになる。

 そして、転校生の姿も初めてお目にする。


 とても綺麗な金髪ツインテール。欧州人的なすっと高い鼻に長い眉。

 そして、赤い瞳。

 その転校生は、チラッと俺の方を確認すると、目を見開いた。


「……ユート?」


 転校生はポツリと呟く。


「うん?」


「もしかして、ユートですか!?」


 転校生はガタンと立ち上がり、驚きの声をあげる。

 ユート……? 誰のことだ?

 しかし、俺の方を向いて言っている。後ろを確認するが、誰もいない。

 つまり、俺のことを言ってる?


「アナタ、ユートですよね!?」


「俺は結人(ゆいと)だけど」


「やっぱり、ユートです! お久しぶりです!」


「……えっと、何処かでお会いしましたっけ?」


 なにか、記憶の片隅にあるような気がするのだが、なぜか思い出せない。

 俺の言葉に、転校生は悲しそうな顔を見せる。


「忘れてしまったのです? 幼馴染のことを」


「は? …………幼馴染?」


 俺の幼馴染は、紬だけなはずだが。


「ワタシはリリアナ」


「リリアナ……? あっ」


 リリアナ、思い出した!

 昔、本当に小さい頃。紬が引っ越してくる前まで俺の隣に住んでいた女の子。


「思い出して、くれたんですね」


「うん、思い出した。久しぶりだな」


「ハイ! ……会いたかったです」


「ちょ」


 リリアナは、俺に勢いよく抱きついてきた。

 その拍子にバランスを崩し地面へと倒れ込む。

 それでも、リリアナはお構いなしで。


 それだけでも驚気の声をあげるクラスだったが、リリアナはもう一つ爆弾を投下する。


「ワタシは、アナタだけのフィアンセです!」


「…………え?」


「「「はぁ!?」」」


 フィアンセって、婚約者って意味だよな?

 ……俺、いつの間に婚約者ができたんだよ。

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