幼馴染で、ありたいから

「紬。お前が好きだからだ」


 堂々と、自信を持って告げたこの言葉に、紬は困惑の表情を見せる。


「え……? 好きって」


「俺は、紬が好きだ。幼馴染としてでも、友達としてでもなく。恋しい人として。俺は好きなんだ」


「えっ……? え……?」


 紬は、混乱してるのか、ずっと「え?」と聞き返してくる。


「紬が理解してくれるまで、何度でもいうぞ。好きだ。好きだ。好きだ」


「わかったわかった! 理解したから!」


 紬は、涙目のまま、顔を真っ赤にする。


「結人が、私を、好き?」


 事実を確認するように、紬は復唱した。

 それに俺は肯定する。


「そうだよ」


「本当に?」


「本当だ。ずっと好きだった」


「……いつから」


「ずっと前から。……多分、初めて会った時から」


 俺の気持ちは、ずっと変わっていない。

 だからきっと、一目惚れしたのだろう。


「じゃあ、なんで幼馴染やめるなんか言ったの」


 紬は、これまでの俺の言動と行動が噛み合ってないと違和感を訴える。


「幼馴染のままだと、前に進まないから一度関係を破棄しないといけなかった。紬が、異常に固執してたからな」


 だけど、それで紬を傷つけてしまったのには変わりない。

 そこは糾弾されるべきことだ。

 だから、俺はなにを言われても受け入れよう。

 でもその前に。


「紬は、俺のことをどう思ってるんだ?」


 紬の気持ちを聞いておきたかった。

 紬がどう思ってるか。

 彼女の口から聞いておきたい。


「私が、結人のことを……?」


「そう、紬は俺のことを」


 何年も聞きたかったその気持ち。

 全てを覚悟し、今までの関係が消え去っても手に入れたい新しい関係性。

 そのために、俺はこうしてここにいる。


 紬は目を瞑り大きく息を吸う。

 長い沈黙。

 そして、紬はゆっくりと口を開いた。


 しかし。


「私は…………ずっと。結人のことは幼馴染と、思ってるよ。……それ以上なんか、ないよ」


「えっ……」


 その答えに、俺は固まってしまう。

 嘘……だろ?

 幼馴染でしかない?

 つまり、恋人は考えられない、そういう風に見てませんでしたって……?

 もしかして、振られてしまったのか?


「だからごめん。結人とは、付き合えないよ」


 紬は、はっきりと、「付き合えない」と告げる。

 嘘だろ?

 きっと、紬も俺のことが好きだろうと、どこか慢心していたところがあった。

 告白すれば、上手くいくなんて、楽観的に考えていた。


 だからこそ、ダメージが大きい。

 俺は頭が真っ白になる。


「ハハ……」


 乾いた笑い声しか出ない。


「ごめん、結人」


 紬の、申し訳なさそうな顔。

 俺は、選択肢を誤ったことに気づいた。

 しかし、もう遅い。


「紬……俺は」


「私と結人は、昔から、これからも、ずっと。幼馴染だよ」


 紬の、有無を言わせない強い言葉。

 そういうと、紬は1人家の方向へと歩き出してしまった。


 公園に、俺は取り残される。

 高校二年の冬。とっくに雪解けの季節で、地面が溶けた雪で湿っている。


 そして俺は、幼馴染に振られたのだった。


    ◇


「え……結人くんを振ったって、本当ですか?」


「うん、本当だよ」


 私、秋元奈緒は紬ちゃんからの電話の内容に驚きを隠せなかった。


「え、紬ちゃんはそれで良かったんですか?」


「うん。これが私の答えだよ。色々やってくれたのに、ごめんね?」


「ああ……いえ」


 私は、紬ちゃんと結人くんは相思相愛だと思っていた。

 だから、ここまで焚き付ければ上手くいくと、そう思っていたのに。

 それは、思い違いだったの?

 私は、結人くんの状況が気になって仕方がなかった。


「それで、結人くんは今どうしてるんですか?」


「部屋にいると思う」


「そうですか……」


「もし時間あるなら、後で電話してあげてほしい。奈緒ちゃんの声なら聞きたいと思うから」


「それはもちろん」


 結人くんを焚き付けたのは私だ。私のせいで、彼は前に進もうとして、傷ついてしまったのだ。

 あとでたくさん謝ろう。そして、沢山楽しい話をしよう。

 

「奈緒ちゃん。……本当に、ごめんね」


「別に謝る必要なんてないですよ。紬ちゃんが、そう決めたなら私は何も言えませんから」


「一つだけ誤解してほしくないんだけど。私は、別に結人のことが嫌いなわけじゃないから」


「それは分かってますよ。見てれば分かります」


 私が1番近くで見ていたのだ。分かってるよ。


「本当に幼馴染のままで良いの?」


 私は、紬ちゃんへ質問を投げかける。


 そして紬ちゃんはーー。


 私は、その後少し話した後、電話を切り布団へと横になる。


「結人くん……」


 紬ちゃんへの告白は上手くいかなかった。

 そしてきっと考えることのできないほどの傷を彼は負ってしまったのだと思う。


 ……今、結人くんに寄り添えば。

 ダメだ、ダメダメ。

 そんな邪な気持ちで慰めるのは良くない。

 性格悪いぞ、私。


 でも……少しくらい、電話するだけなら良いよね?


    ◇


 奈緒ちゃんとの電話を切って、私、夏目紬は深くため息をつく。


『紬、お前が好きだ』


 あの結人の言葉を思い出し、私は複雑な気持ちをになる。


 凄く、嬉しかった。好きだと言ってもらえて。

 とても、胸がドキドキした。


 だけど、私の「好き」は喉に突っかかり口に出ることはなかった。

 

 私と結人には、認識の齟齬がある。


 結人は、幼馴染より恋人を上位だと考えてるみたいだが、私にとって恋人よりも幼馴染の方がいい関係だと思ってる。


 昔からの馴染みというだけで、一緒にいられる、そんな関係。

 私は、それが好きだった。


 私には、恋というものがわからない。

 好きという気持ちを言うのなら、家族だって私は好きだ。

 

 恋は嫌いだ。

 だって、恋は熱しやすくて冷めやすい。


 どうせ、好き同士でくっついたとしても、お母さんたちのように上手くいかなくなるのだから。

 お母さんとお父さんは、私が小さい頃離婚してしまった。

 好き同士でも、いつか恋は冷めるのだ。私はそれを身をもって感じている。


 それなら、このままでいい。


 このままずっと、幼馴染のままでいい。


「本当に幼馴染のままで良いの?」


 奈緒ちゃんのあの質問。


 私は、迷いなく答えた。


「幼馴染のままが、良いんだよ」と。

 


 そして、時間は流れ3年生が始まる。

 

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