幼馴染は夢の中

 奈緒が帰った後、俺と紬のお母さんは片付けをしていた。

 のだが、どうも気まずい空気が流れてる。


 それもそのはず。あの後紬は、「ちょっと疲れたし寝てくる」と部屋にこもってしまったのだ。


「結人君は、奈緒ちゃんと付き合ってるの?」


「いやいやまさか」


 全力で否定した。

 そう思われるのは、何かと不都合だからだ。


 楽しいお別れ会。その最後までも、奈緒は爆弾を置いていった。

 流石だな。

 俺は苦笑する。


 なんとも手荒い真似だが、そこまでしてもらったのだから、俺も覚悟を決めるしかないのだろう。


「あのすみません。俺、紬の様子見てきます」


「もう少しそのままに」


「それじゃあダメなんです」


「え?」


「それじゃあ、またいつもの紬に戻ってしまうから」


 俺は、彼女との関係をこれから壊しに行く。だから、いつもの壁のある状態はダメなんだ。


   ◇


「紬ー、開けていいか?」


「ダメ」


「なんで?」


「女の子の部屋にずかずかと入ってくるのはルール違反だから」


「男の部屋でもそれはルール違反だ」


「だとしても、今は結人と顔を合わせたくない」


「どうして?」


「幼馴染と友達の恋とか、なんか生々しくてダメだった」


「別に俺と奈緒はそんなんじゃ」


「嘘つき。いっつも仲良さそうにしてるじゃん」


「友達なんだから別にいいだろ」


「それに、急に秋元じゃなくて奈緒呼びになってる」


「奈緒にそう呼べって言われたんだよ」


「いつもなら、絶対呼ばないじゃん。私以外、名前で呼んだことなくない?」


「美雪さんはあるぞ」


「お母さんは除いて」


「ないな」


 特にそういうつもりはないが、自然と苗字呼びの人が多い。


「ほら。やっぱり、奈緒ちゃんと結人は付き合ってるんだ」


「だから違うって」


「絶対嘘だ」


 ダメだ。押し問答で埒があかない。


 ここは、少し直球でいくしかないか。


「なあ……もし本当に俺と奈緒が付き合ってるとしたらお前はどうするんだ?」


「どうするって……それは………………応援する、よ」


「本当に?」


「本当だよ」


「じゃあ、今なんで怒ってるんだよ」


「怒ってなんていないよ」


「嘘つけ。怒ってる声だ」


「怒ってない!」


「怒ってるだろ」


 いくら問いただしても紬は認めない。

 ああ、もう!意地っ張りなやつだな!!

 扉は鍵が閉められていて開けられない。扉を壊して侵入も考えたが、そんなドラマみたいなことをしても後々怒られるだけなのでやめておく。


 さて。

 ……ここからだ、石川結人。

 俺は、出来る限りの低く冷たい声で、紬に告げる。


「もう、たくさんだよ」


「え?」


「紬のわがままに付き合うのは、もうたくさんだって言ったんだ」


「え……?」


 紬の困惑の声が聞こえる。

 こんな俺の声、聞いたことがないだろうからな。


「幼馴染だからと見過ごしてたが、もう我慢の限界だよ。お前のその好き勝手で自分勝手で嫉妬深い性格は」


「えっ」


「今日で、幼馴染関係は解消だよ。幼馴染だからって、なんでも許されるわけじゃないんだぞ」


「ちょっと、結人何言って」


「知るか。俺の話を聞かなかったのはそっちだろ。……じゃあな」


 そして、俺は階段を降りて家から飛び出した。


    ◇


 10分後。

 俺は近くの公園で紬を待っていた。


「よし、美雪さんに俺の居場所は伝えたし、あとは紬が来てくれれば完璧だ」


 紬と向き合うために、俺は一度紬を突き放す選択をした。

 確かに、少しイラついていたのは事実だが、その感情を意図的に増大させ、紬を強く突き放した。


 そして、一度関係を壊す。

 失敗すれば、何もかもを失ってしまう危険な賭けだが、俺は紬が来てくれることを信じている。


 なんてったって、彼女は俺の幼馴染だ。何年一緒にいると思ってんだ。


 予想通り、はぁはぁ息を切らしながら、紬が姿を現した。

 サンダル姿で、慌てて出てきたのが見てとれる。


「紬、どうしたんだ。何か言いたいことがまだあるのか?」


 俺は、また挑発的なことを言った。

 紬が不安そうで涙目になっているのに気づいて内心焦ったが、突き進むしかないだろう。

 紬は、ゆっくり口を開いた。


「なに、一方的に幼馴染関係破棄なんて宣言してるのよ。文句大有りよ」


 以外に強気だった。ビックリした。

 え、こいつ涙目だったよね……?

 紬は続ける。


「幼馴染契約、忘れてないでしょうね」


 彼女は、一枚の紙を掲げた。

『幼馴染契約書』。昔、二人の間の取り決めを行ったものだ。幼馴染としての、ルールと、約束が書かれている。


「これがある限り、そんな一方的な話は飲み込め」


 俺はその紙を奪うとビリビリに破り捨てた。


「えっ? え……ちょ……結人」


「こんな紙切れ、なんの意味があるんだよ。こんな紙切れでしか、俺と幼馴染で居られないのか?」


「それは……」


「お前さ、幼馴染って言葉を都合よく解釈しすぎなんだよ。……昔からの馴染みってだけの関係に、なんでそこまで固執するんだ」


 俺が、1番紬に聞きたかったこと。

 なんで、そこまで固執するのか。なんで幼馴染であろうとするのか。


「それは……」


「俺は、これ以上お前と幼馴染関係を継続したいとは思わない。」


「なんで」と、紬は聞いてきた。


「なんで幼馴染に固執しちゃダメなのよ! だって……幼馴染は特別じゃない! 幼馴染だから適度な距離で楽しめて、失望しないで、仕方ないなって笑いあえるのに。……幼馴染じゃなかったら、いつかいなくなるかもしれないじゃない」


 紬は俺が幼馴染だから一緒にいてくれてると思ってるわけか。

 幼馴染の肩書きがなければ、俺と紬の間には何もないと。


「なんで……幼馴染やめるなんて、言うのよ馬鹿」


 紬は、涙を流して崩れ落ちる。


「なんで……そんなこと言うの」


「…………ごめん。言葉が足りなかったな」


 意図的に誤解される言い方をしていたのだが、本当に申し訳ないと思ってる。

 でも、紬の本音を聞き出すにはこれしかなかったのだ。


「なんで俺が幼馴染を解消したいのか」


 それは…………。

 俺は、堂々と宣言する


「紬。お前が、好きだからだ」

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