三章「これって恋人ですか?」

幼馴染と友達と俺の関係値

「別に一昨日のことは何も思ってないって。結人と奈緒ちゃんの自由ですし」


 紬の心が入っていないセリフを聞きながら、俺は通学路を歩いていた。

 秋元奈緒と添い寝していたのを発見されてからはや2日。俺は紬から冷たい態度を取られていた。

 これは俺が全面的に悪いですね、はい。


「本当に申し訳なかった。あれは軽率だったと思います」


「なんで謝るのさ、別に私は結人の恋人でもなんでもないんだし、謝る必要ないじゃん」


「だって、紬が怒ってるから」


「私が怒ってるから謝るの? 機嫌取りのための謝罪? そんなの意味あるのかなー?」


 紬の言葉は少しずつ強くなっていく。


「二人が付き合おうが私にはそれを止める権利はないの。でもね? 何も報告なしなのはおかしいじゃん! 私だけ除け者じゃん!」


 待て、こいつ勘違いしてる。


「俺と秋元は付き合ってないぞ」


「だいたい、それだったらお泊りは私じゃなくて結人とのお泊まりデートをしたかったってこと…………は? いやいや、あの現場の状況で友達ですは無理があるでしょ」


 紬はスマホを開くと、証拠写真を叩きつけてくる。


「こんなに密着して、一つ屋根の下……ぁあ私の知らないところでみんな大人になっていくのね」


「だから、これは」


「あ、紬ちゃんと結人くん、おはようございます」


 俺がどう釈明しようか、あたふたしていると、当事者が現れる。

 秋元奈緒。なんてタイミングの良いやつだ。


「秋元、良いところに! お前からも紬に……」


「結人くん! 秋元じゃなくて、奈緒って呼んでくださいよ。私たち、恋人なんですから」


「は?」


「えっ」


 秋元からの爆弾発言で空気が凍る。

 え、待って俺知らない。今までそんな描写あったっけ?

 トモダチになるって話しなかったっけ???


「結人と奈緒ちゃんが……」


 紬は、完全に固まってしまった。

 

「秋元、お前何言って」


「あの夜、誓い合ったじゃないですか」


「このタイミングで冗談言うのは良くないと思うぞ!?」


「私とは、遊びだったんですか!?」


「結人と……結人が……」


「紬、誤解だ!」


 あー、ダメだこれ。紬は完全に脳がショートしている。こうなったらなかなか戻ることはないだろう。


    ◇


「それで? 秋元、お前はどう言うつもりなんだ?」


 昼休み。俺は秋元を呼び出すと、誰もいない空き教室で対峙した。

 紬は、「私なんてお邪魔虫だから」と聞く耳を持たずどこかへ行ってしまいダメージの大きさが計り知れないが、まずは秋元の真意を問いただすのが先だ。


 トモダチだと言ってから数日でのこの行動。理解不能だった。


「友達だとしても、やって良いことと悪いことがあると思うぞ」


「そうですね。強引な手だったのは申し訳ないと思ってます。でも、これが紬ちゃんのためになると思ってるんです」


 紬のため……?

 秋元の真っ直ぐな瞳。

 それはなにか決意を含んでいらように見えた。


「今のところ、紬は傷ついてるだけな気がするけどな」


「そう! それです! 紬ちゃんは傷ついてるんですよ!」


「?」


「私と結人くんが付き合ってると思ったら、紬ちゃんは傷ついてるんですよ。なんでだと思いますか?」


「なんでって……。幼馴染と友達が知らない所でくっついていたから?」


「不正解です。あの私の真意に気づいた鋭い観察眼はどこへいったんですか」


 そんなこと言われましても……。

 確かに、最近紬は少し理解の難しい態度を取ることが多かったが、それとこれがどんな関係があるのだろうか。


「うーん……全然分からん」


 全くもって検討がつかん。


「そんな鈍ちんな貴方に、正解を教えてあげましょう」

 

 秋元だけは、真実に辿り着いているようだった。

 秋元は、一呼吸おいてから言った。


「それはですね……。紬ちゃんは、結人くんが好きなんだよ。気づけよ馬鹿って事です」


「いや、それだけはない」


「即答!? なんで分からないんだよぉ〜」


 秋元は、「はぁ……」と深くため息をつく。俺に呆れているという感じだ。

 いやいや、それだけはないだろ、絶対。うん。


「良いですか? あれは、完全に恋する乙女の反応です」


「あれは仲間はずれにされてたから怒ったんだろ」


「私の観察眼舐めないでください。何年もラブコメしたくて拗らせてたんですよ? そこらへん、敏感ですから」


 秋元は、転校が多いと聞いた。だからこそ、他人を見る目が肥えたのだろうか。

 そんなことを考えていると、秋元は「そういえば」と言い聞いてくる。


「と、その前に。結人くんに確認したいことがあるんです」


「俺に?」


「……あなたは、紬ちゃんのことをどう思ってるんですか?」


 俺が、紬をどう思ってるか、か……。

 俺に言えるのはこれだけかもしれないな。


「それは……幼馴染としか」


「私に、嘘つかなくていいんですよ」


「嘘じゃ」


「演じることなら、私の方が一枚上手ですから」


 秋元は、えへへと少し恥ずかしそうに笑う。


「なんで私が、二人を選んだか分かりますか? ……貴方達が、過度に"幼馴染"に固執しているからです」


「幼馴染に……固執?」


 予想外の言葉に息が詰まる。


「自覚がないかもしれませんが、貴方たちは異常に幼馴染という関係を壊さないようにしている。いや、幼馴染であろうと洗脳してるようにも見えます」


「そんな事はない。俺と紬は幼馴染で、それ以上は本当になにも」


「そうやって、紬ちゃんと深く関わろうとしてこなかったから、こんな状態なんですよ」


「それは……」


 反論が、出来なかった。

 事実、俺と紬はお互い傷つかないようにしてきたつもりだ。ほとんど衝突なくここまで来た。

 衝突がなかったからこそ、小さなズレが大きくなり、お互い気付かないまま残っているのかもしれない。

 秋元は……演じていたからこそ、その空気を敏感に感じ取ったのだ。


「なんで私が恋人宣言したかの理由を言ってませんでしたね。……それは、紬ちゃんと結人くんの関係にヒビを入れるためですよ」


 ヒビを入れる。そこだけ聞くと二人を引き離そうとする悪役にしか見えないのだが、真意は違った。


「長年、凝り固まった関係を私という起爆剤が一度壊す事で、貴方たち二人に前に進んでほしいんです」


「なんで……そこまで」


 俺は困惑する。秋元と紬の関係の長さは、俺が知る限りでも数ヶ月だ。そんな相手に、何故そこまでするのか。

 変な顔をしていたのか、秋元はクスクスと笑う。


「なんでそこまでしてくれるのか、不思議そうな顔してますね」


 秋元奈緒はニコッと笑った。

 それは、とびっきりの笑顔。並大抵の男なら、一瞬で惚れてしまうような、そんな破壊力のある笑顔だ。


「だって。…………結人くんと紬ちゃんの関係って、凄くラブコメって感じがしません?」


 ラブコメ……ね。

 実に、秋元らしい表現だ。

 

「結人くん、私は私のできる限りの悪役を演じますので、紬ちゃんの主人公になっちゃって下さい!」


 こうして、関係性は動いていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る