トモダチだけど
「えーっと、
俺と秋元は、土砂降りの中話していたため、身体と荷物がベチャベチャになっていた。
そして暗くなっているので、ひとまず秋元の家、つまり、俺の暮らす家まで来ていたのだが……
玄関にて、
紬は腕を組みながら、俺と秋元を交互に見る。俺たちはその気迫にしゅんとしてしまう。
「あー、えっと傘が飛んでいってしまい……」
「……そう。じゃあそういうことにしとく」
別にやましいことはないんだけどね?
「ほら、二人とも。そんなに濡れてたら風邪ひくわよ。奈緒ちゃん、お風呂使っちゃって良いわよ」
紬は秋元の手を引き、洗面所へ向かう。
あれ。俺は後でなんですね。あ、さっむ。
俺がぼーっと立ち尽くしていると、リビングの方から美雪さんが俺の方へと向かってきた。
「結人君、おかえりなさい。モテる男の子は大変ねぇ」
「何言ってるんですか」
「紬も油断してられないわね」
「なんの話してるんですか」
美雪さんはからかうように笑いかけてくる。
「女の子を濡らすなんて……」
「雨ですからね? なんか誤解生みそうな発言ですよ?」
雨が悪い。俺は悪くない。
「これが、濡れ場って言うやつかしら?」
「あの、黙ってもらえますか?」
◆
俺は、秋元が入った後にシャワーを浴びる。先程秋元が入っていたことを意識しないようにする。慣れた風呂なのに、落ち着かなかった。
「じゃあ、いただきまーす!」
「いただきます……」
「秋元さん、遠慮しなくていいからね。それと、親御さんには連絡してあるから、ゆっくりしていって」
「ありがとうございます。紬ちゃんのお母さん」
俺たちは、四人で食卓を囲む。俺の隣には美雪さん、目の前は秋元で、その隣が紬という配置だ。
俺は、黙々とご飯を頬張る。
その横では、美雪さんと紬が秋元と和気あいあいと話に花を咲かせている。学校での話、料理の話、引っ越しの話……
盛り上がっていて、空気がとても明るく、口元が緩んでくる。
俺は、女性陣のトークを聞きながら、黙々とご飯を口に運ぶ。
その時、美雪さんは何かを思い付いたように、声のトーンを上げる。
「あ、そうだわ! 奈緒ちゃん、今日は泊まって行きなさいな。明日は休みだし」
「え!?」
「あ、良いねそれ! 奈緒ちゃんとお泊まり会したい〜!」
秋元は、驚いて美雪さんと紬を交互に見る。紬はノリノリで、すでに断れる雰囲気ではなかった。
秋元は、俺の方をちらっと見て俺に確認を取ってくる。
「俺は、別にどちらでも良い。俺はここの居候だし」
「……じゃ、じゃあお願いします」
秋元は、恥ずかしそうにしながら、紬に頭を下げた。
◆
深夜。秋元が泊まっていくことになり、隣の紬の部屋では、二人の楽しげで明るい声が俺の部屋まで届いていた。会話の内容までは聞こえなかったが、起きているということが分かる程度にはうるさくて、俺は机に座り、読書をしていた。
今日は精神的にも、肉体的にも疲労の溜まる日となった。
雨に打たれながら、秋元の声を聞いていたあの時間、今思い返せば、かなりの体力が奪われた。
時計を確認すると、既に0時を回っていて、休みだとしても、そろそろ寝ないと昼まで眠りにつくことになる。
俺は、机の上の電気を消して、布団に潜り込む。まだ二月下旬。半袖で寝るには寒すぎる夜だ。そこそこ品質の高い毛布の暖かさと柔らかさに包まれ、少しずつまぶたを閉じて意識が飛ぶように眠りにつく……
「……ん。……とくん」
「……ん?」
俺は快適に夢の世界へ落ちたのに、誰かの声で現実へと戻される。
「……結人君。あ、ごめんなさいこんな夜遅くに」
俺の顔を覗き込む秋元。紬の部屋着を着て、完全に寝る前の状態だ。手にはスマホを持っている。
「秋元……どうした。あれ、紬は?」
「紬ちゃんなら、もう寝ましたよ」
「そうか。なら、秋元も早く寝たほうが良いぞ。あ、紬は寝相そこまで良くないから蹴られないようにな」
「その情報はありがとうございます。……っじゃなくて、少しお話良いですか?」
秋元はジーッと俺の方を見つめてくるので、俺はそっとまぶたを閉じる。
「えー!? なんで寝るの〜! 結人君少しだけで良いからぁ!」
俺は身体を激しく揺らされる。しかし、俺はそのまま寝る姿勢を崩さない。
パシャッ!
何か機械的なシャッター音が聞こえ、そっと目を開けると暗闇の中、スマホを向けて秋元がニヤッとしている。
「寝顔可愛いですね結人君。紬ちゃんは毎日これを見てるんですか」
「毎日は見ないだろ」
「え? 紬ちゃん毎日ここに来てるって言ってましたけど」
「初めて聞いたんだけど」
「……あ。私が言ったことは秘密にしてください」
秋元は視線を逸らし窓の方を見る。これは、紬に聞かないといけないな。
秋元は空をぼーっと見ている。俺も気になり外を見ると、既に空は晴れ、綺麗な月が現れていた。
月の光は窓から差し込み、秋元を照らす。俺と秋元はただ月を眺める時間が過ぎていく。
ふと、秋元はこちらに向き直す。
「結人君。……月が綺麗ですね」
見惚れてしまうような笑みで秋元は言う。なんとも使い古されて、回りくどい言い方なんだろうか。
でも、これに含まれた彼女の気持ちは鼻に当たる彼女のシャンプーの匂いとともに読み取れてしまう。シャンプーはいつも使ってるやつだけど。
「夏目漱石的なジョークは必要ないからな?」
「ええ。分かってますよ。だって、私達はトモダチですもんね」
二人で、ふっと笑う。窓の隙間から吹き込む寂しい風が秋元の長い髪を揺らし、シャンプーの匂いがフワッと舞う。二人の間に甘い空気が流れる。
しかし、それも一瞬。
吹き込んだ冷たい風が空気を冷ましていく。
「あー私寒くて寒くて寒いので布団を半分拝借しますね」
「寒いを強調しすぎだろ。……っておい!」
俺のベッドに秋元が入り込んでくる。俺は壁側へと無理やり押される。
あれよあれよと、秋元は俺の毛布すら半分奪い、一緒にベッドに入っていた。
「あったかいですね」
「……流石にマズイだろ」
「なんでですか? 別に友達なら大丈夫ですよ」
秋元はさらに俺の方は寄ってくる。壁があるのでこれ以上は行けず、秋元と密着するような形になる。
「紬に見つかると殺される……この状態だと、弁解すら出来ねえ……」
「……紬ちゃんばかり気にして、妬いちゃいますよ?」
「あーはいはい調子に乗るなよ壁ドンしてやろうか?」
「え? それって」
「壁にドンと叩きつける。壁ドンだ」
「私の知ってる壁ドンじゃない……」
そんな軽口を叩いて気を紛らわせる。この状態で意識しない方が無理だろう。というか、本気で追い出そうと思わないのも、この状況を少し楽しんでるのかもしれない。男だし仕方ないよね!
「朝早く起きて、出て行きますから。今日だけは、ダメですか?」
手を俺の腰に回し、ギュッと秋元は抱きしめてくる。
さらに密着状態になったことで、秋元の体つきが俺の背中にしっかりと記憶されていく。心臓の高鳴りも聞こえ、時間が遅くなったような感覚に陥いる。耳元では、秋元の呼吸の声が聞こえ、さらに俺の体温は上がっていく。
やばいやばいやばいやばい
「ちょ……秋元さんこれは流石にやばいし、友達の距離感じゃないんだが」
「……と、友達の距離感だよ! 紬ちゃんとならこれくらい普通に出来るし」
「男女ってことを忘れないでください」
秋元はピタッとくっついて動こうとしない。これは、無理矢理引き剥がすのは無理だろうと俺は判断する。
はぁ……はぁ……と、秋元の息を殺すような呼吸が聞こえる。それが、逆にダメなことをしているような感覚にさせる。
「はぁ……今日だけな。あと、早めに出て行けよ」
「優しいね。結人君は」
「友達なら、普通なんだろ?」
「……うん。友達だから大丈夫」
結局、俺たちはそのまま何も話すこともなく、密着したまま眠りに落ちてしまった。
秋元の甘いシャンプーの香りは、いつも使っているこの家のシャンプーの匂いなのに、とても特別な雰囲気を醸し出していた。
◆
パシャッパシャッパシャッ
「う……あ?」
何か聞き覚えのあるシャッター音が聞こえ、目が覚める。ゆっくりとまぶたを開けると、目の前には、小さく吐息を出しながら、クリスマスにプレゼントを待つ子供のように幸せに満ちた顔で寝ている秋元の姿があった。
その、子供のような姿をボーッとつい眺めてしまう。
顔にかかっている髪の毛を手でさっとよけ、まじまじと顔を見る。
昨日取られたついでに取り返してやろうかな、などと考えていると
パシャッパシャッパシャッ
またシャッター音が聞こえてくる。
俺は少しずつ起きてきた脳と目でさっと顔をあげる。
スマホを向け、写真を撮っているであろう紬が立っていてしっかりと目が合う。
「あ……」
真顔だった紬は、一瞬のうちに作られた笑顔を見せてくる。
「あ、結人おはよ〜。良い目覚めだね」
「あ、いや……その」
俺は秋元に視線を落とし、紬に対しての言い訳を必死に考える。いや、別に言い訳なんて必要ないはずなんだが。
紬を再度見ると、少しも変化していない笑顔のままだった。
「……証拠はカメラの中にあるから、後で聞いてあげるわ」
「待て待て待て誤解だ!」
「あたし、まだ何も言ってないけど?」
紬が走って部屋から出て行くので、俺はすぐに追いかける。
そんな俺に全く気づかぬように、秋元はスヤスヤと幸せそうな顔で眠りについていた。
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