メインヒロインなんて演じない
「秋元奈緒。お前はヒロインになりたかっただけだよな」
もう月の出ている時間。土砂降りの中、俺と秋元は傘も差さずに立って対峙していた。
秋元は今すぐ泣き出しそうな顔で俺を見つめる。
「どういうことですか? 私は、あなたのことが」
「俺のこと好きじゃないだろ、実は」
「そんなこと」
「いや、好きじゃないな」
俺は、秋元に発言させず、まず俺の主張を押し通す。
「じゃあ、なんで1度も好きだと言わないんだ? 毎回濁してるだろ。それに、なんで『青春ラブコメを見せてよ』なんて、回りくどい言い方をした?」
「それは……」
前から違和感があった。確かに、本が好きで、それに当てはめたり、それに例えたらすることは多かった。しかし、その回数はあまりに多く、過剰だと感じる。まるで、この現実を本の世界と混合するかのように。
「つまり、お前は実際に青春ラブコメをここで再現して体験しようとしていたんだろ?」
秋元はただ俺の話を黙々と聞いている。肯定も否定もなし。
「だから、俺と紬に近づいた。違うか?」
秋元は肩をピクッと揺らす。しかし表情は変わらない。感情を持たないロボットのように冷たく、作られた笑顔だ。
俺は続ける。
「男女の幼馴染。そこの関係性を変えるメインヒロイン。その構図を作りたかったんだろ? 憧れを具現化したかったんだろ?」
俺はだいぶ飛躍するような内容を披露する。他にだって可能性は沢山あるし、こんな回りくどいことするとは思えない。しかし、秋元奈緒ならしかねない。こいつは、回りくどいから。短期間だけど、一緒にいて見えてくる人物像。人との関わるのが苦手で、不器用で、回りくどい。転校ばかりで、長い人間関係を作ることが出来なくて、常に孤独と疎外感を感じながら生きてる人。正真正銘、本が友達という、秋元奈緒さんだからこその方法だと思ったのだ。
秋元は、やっと口を開く。
「……それの、何が悪いんですかァ!!」
秋元の叫び声が俺の耳に響き渡る。土砂降りのおかげで、おそらく俺くらいにしか聴こえていないであろう叫び。俺に向けての、秋元奈緒の本音。
「私は、何もないんですよ! みんな、昔からの絆で結ばれていて、そこだけで分かる人間関係を作り上げて。私は、毎回毎回新しい人間関係を作り直して、またリセットして」
秋元は泣き始める。しかし、雨で涙はすぐかき消される。それでも秋元は続ける。
「私は本の中しかないんですよ、どこにいっても変わらない世界は。私には、本の中の世界しか、信じ続けるものがないんですよ。私だって、恋愛だって、友達作りだって、沢山したいし、大人になってから、懐かしかったなぁって思い出に浸りたいんですよ」
「でも、結局私は短い期間しかないんです。他の友達だって、転校しちゃえばほとんど忘れられてしまうんですよ。あくまで、その時の日常の一部で、別に居なくても変わらないんですよ」
秋元は胸の奥から叫び続ける。今までの事。これからの事。不平不満。言いたくても言えなかった、溜まりに溜まったものを全て吐き出そうとしている。
雨は、それを流してくれるようにひたすら降り続ける。
俺はただただ聴き続ける。
10分くらい経っただろうか。秋元はだんだん落ち着いてきて、声も枯れてきた。
「だから。私は幼馴染はズルくて、嫌いなんです。過去を全て共有して、察して、気持ちを伝えなくとも近くに居続ける。だから、幼馴染に勝って、幸せを掴んでみたかった。憧れたメインヒロインみたいに、結ばれてハッピーエンド。それが、私の望み」
秋元は真剣な眼差しで俺を見つめる。
「結人君。だから、青春ラブコメを見せてくれないかな? そのために、沢山明るくなろうと自分自身を変えたし、色んな性格になれるようになった。……私に、夢を見させてくれないかな」
秋元の声は震えていた。
これが、秋元奈緒の本音。彼女の胸の中にあった夢。求めていたものか。
答えはすでに決まっている。青春ラブコメに強く憧れた少女への、俺の考える最適解。
俺は、手を秋元の前に差し出す。
「秋元奈緒。俺と、友達契約を結ぼう」
秋元はキョトンとした表情で俺を見てくる。
その間抜けな顔は、一生収めておきたいくらい、面白かった。
秋元の本音を散々引き出した後、俺の出した結論。
それは至ってシンプルで、至極当たり前なこと。それは友達になるということだった。
今までは、完全に友達になり切れていなかった。俺と紬は友達と思っていたが、秋元は好きな物語の設定をなぞるように、演じるように関係を作り出していた。だから、そこに齟齬が生じてしまっていた。
「何を、言ってるんですか? 私の告白を断るなら、そこは絶縁じゃないんですか? 私はあなたを利用しようとしていたんですよ」
秋元は、意味がわからないと、困惑している。その視線はあちらこちらへと動きまくり、動揺が分かりやすい。
「秋元。お前は俺に告白してないだろ。それは、協力依頼だ。お前の求める物語を演じて欲しいって言ってるだけだろ?」
「それの何が悪いんですか!? 私の願う生活を求めて何が悪いんですか!?」
雨と共に秋元の声は強くなっていく。
「悪いとは言わない。憧れに近づこうっていう気持ちは大切だと思う。でも、役割を演じることに執着したって、何も変わらないじゃないか!」
俺は胸の奥から叫ぶ。秋元が見落としてる部分を伝えるため、そして俺たちの陥っている関係性の停滞に、思うことを口にする。
俺が急に大声を出したことに驚いたのか、秋元は半歩後ろにのけぞり目を大きく見開く。
俺は、この土砂降りの中でも、決して聞き逃すことの出来ないように、秋元のそばまで近づき、肩を掴む。そして顔を近づけしっかりと見つめる。
秋元は何が起こってるのか分からない様子で、怯えている。泣きじゃくった後のグチャッとした顔が一層恐怖で染まる。
「秋元奈緒! なんで他人の物語に合わせようとする! なんで秋元奈緒の物語を動かそうとしないんだよ!」
秋元奈緒の見落としている、答えだ。
彼女は、転校ばかりで中々友達が出来ず、本にのめり込んだ。そして、本の物語に強く憧れそれが現実でも大きく影響している。
ーー影響しすぎているのだ。彼女の見せる様々な顔。それは全て物語の影響によるものだ。自分自身が主人公になるため、ヒロインになるため、沢山のドレスを作って場所によって着せ替えて演じようとしていた。
しかし、ここはそんなご都合の良い世界じゃない。例え同じような設定や出来事が発生したとしても、一人一人が独立した物語を動かしているから決して物語のようには進まない。
彼女は、物語に囚われてしまっている。秋元奈緒としての物語を動かそうとせず、他人の、本の中のキャラの性格や設定、気持ちを投影して演じようとしている。
だって、物語ではエンディングが分かるから。その終わりを願って、それを演じ続けているのだ。秋元奈緒という人間は。
「……秋元奈緒の、物語?」
秋元は核心を掴めないようで、キョトンとしている。
重々しい雲の隙間から、月の光が差し込んでくる。
俺は、さらに声を強めて訴えかける。
「物語のヒロインや主人公のゴールを目指さなくて良いんだよ! 秋元奈緒が、好きなこと、やりたいこと、話したいことをしよう。青春ラブコメなんて大きな目標を掲げなくて良いんだよ。普通に笑って、話して、仲良くしてればいいんだよ」
「私らしく、生きる方法……?」
「そうだよ! 秋元奈緒らしく。自分のしたいようにしよう。もう、演じなくて良い。演じなくても、俺たちは見捨てない」
俺は、秋元の目の奥をしっかりと覗き込み、笑いかける。
「俺は、別に小説の中の登場人物みたいに、強い個性や属性がなくても良い。俺は、秋元奈緒と仲良くしたい。俺と、友達になってくれないか?」
精一杯、俺が伝えられる言葉を口にした。とてもドラマ的で、臭いセリフだとは思う。
しかし、秋元にとってそれは慣れ親しんだもので、求めていたものだ。
秋元は、涙ぐんだ目を手で拭うと、フッと笑った。
「……はい。喜んで」
秋元は、泣いてクシャクシャになった顔で、今まで見たことのない、とても魅力的で、見惚れてしまうような笑顔をする。その顔を見てとても胸が熱くなり、つい顔を逸らしてしまう。なに動揺してるんだ俺。
「演じなくて良い、ですか。初めて言われました」
「物語のヒロインや主人公は別格だ。演じても到達できなくて虚しいだけだ」
「その理由聞いたらなんか期待外れ!?」
「凡人が主人公補正増し増しのキャラになろうなんて無謀なんだよなぁ」
「理由が悲しすぎる……カッコいいと思った純粋な心を返してくださいよ」
秋元はこちらをチラッと見る。少し微妙な沈黙が流れ、二人で吹き出してしまう。
二人で散々笑う。今までのなんとも恥ずかしい会話を思い返して、笑わないと恥ずかしさでどうにかなりそうなのだ。
いつの間にか雨は止んでいて、月が元気そうに顔を出して俺たちを照らす。とは言っても二人ともベチャベチャに濡れていて、動くと気持ち悪い。
「でも。結人君、目が覚めました。確かに私は物語に憧れを抱きすぎていたのかもしれないです」
「憧れは憧れで良い。それを完コピしようとするからおかしくなるんだ」
別に憧れて真似るのは良いと思う。例えば、ヒーローに憧れて人助けをしたいと思って少しでも周りを変えようとする心意気はいいと思うが、助けるために、怪人を用意してしまったら本末転倒。マッチポンプも良いところだ。
「そうですね。私はもう少し現実を見ることにしますよ。物語のメインヒロインに憧れるのはやめます」
秋元は吹っ切れたのか、体を伸ばす。
月の明かりが秋元を照らし、スポットライトのように目立たせる。
秋元は俺の方は振り向き
「結人君。あなたが私を夢から覚ましたんです。……責任、取ってくださいね?」
秋元はフッと笑う。振り向いた時になびいた髪の毛、水溜りに反射する月の光が秋元の存在を際立たせ、見惚れてしまうような綺麗さを演出する。
俺は釘付けになってしまい、ボーッと秋元の姿を見つめる。その笑顔、今までのように完全されたものではなく、恥じらいながら、ぎこちないけど、最高の笑顔で胸の高まりが収まらない。
夢を見ている感覚だった。
俺は、秋元奈緒の笑顔を長期記憶にしっかりと、焼き付けるのだった?
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