家族の時間
週末。俺は、家のリビングでテスト勉強を
といっても、別に紬の方が頭が良いし、教えることもないので、二人で黙々と勉強をしている。三時間くらい。何もない。ペンの走る音と、紬の呼吸音、たまにボソボソと聞こえる独り言くらいで、静かで快適な勉強時間だった。
紬の今回のテストへのやる気が、今までと桁違いだった。いつもも、とてもやる気あるのだが、今回の気迫は凄い。テストの予想問題の制作から、ノートにまとめるなど、徹底的にやっている。
元々、紬は勉強ができるし、テストもクラスで一位二位を争うレベルなので、心配する事はない。が、あまりの頑張り具合に、体調を崩さないか心配である。
それに比べて俺は、昨日の夜、秋元から借りた本を少しだけ読もうと思っていたら、結局最後まで読んでしまい、寝不足になっていた。ありがちな青春もので、転校してきた美少女との恋の話だった。その主人公には幼馴染がいて、その幼馴染と転校生、どちらを選ぶかというラスト展開。最後は結局、そのメインヒロインの転校生を選び、ハッピーエンドという話だった。幼馴染モノは避けいたのに、騙された。秋元に文句をいってやりたい。
カリカリカリカリッ
カリカリカリカリッ
ペンの音がリビングに響き渡る。どれくらい時間が経っただろうか。俺はそろそろ集中力が切れてきた。しかし、やめれるような雰囲気でもない。
「紬、お茶飲む?」
「……飲む」
俺は立ち、台所へお茶を取りに行く。
その間も紬は黙々と勉強を続けている。紬の集中力と、精神力には昔から驚かさせる。
やり始めたら止まらない。なんとしても出来るように、努力を重ねる姿はかっこいいなと思ったし、尊敬している部分だ。
ガチャッ
「ただいま〜」
玄関から艶のある声が聞こえてくる。どうやら、美雪さんが帰ってきたらしい。
気付けば、もう6時になっていた。
「あら。結人君と紬はテスト勉強? 偉いわね」
「紬が頑張ってるんですよ。俺はそれに付き合わされてるだけで」
「それでも、やるだけ偉いわよ」
美雪さんは冷蔵庫に買ってきたものをしまいながら、俺を見る。
「結人君は、紬に甘いわよねぇ」
「そうですかね」
「甘々よ? 紬がダメ人間になるかもしれないわよ。これは紬を貰ってもらわないと」
「そんなに!?」
美雪さんは人をからかうような優しい目で笑う。
「でも、結人君は本当に甘々よ。チョコレートくらい」
「カカオは甘くないんですよ。知ってました?」
「じゃあ、君は砂糖だね」
「甘さのレベルが強くなってる!?」
「大きくなるにつれて、甘さに磨きがかかってるわよ。まあ、紬も結人君にしか無理を言わないからそう見えるだけかもしれないけど」
美雪さんは、俺の横に立ち、洗い物を始める。優しい香水の匂いと、シャンプーの匂いが鼻をかする。
「結人君のお父さんが、春に帰ってくるんですって」
「え?」
美雪さんは、業務連絡かのごとく、淡々と言う。
「結人君と暮らすために、またこっちの部署に移動してくるんですって。4月の頭には戻ってきて、前と同じくここの隣の家らしいわ」
「そう、ですか。……俺は聞いてないんですが」
「内緒にしといてって言われてるもの」
美雪さんは、いたずらをする子供みたいなウインクをする。
親父が帰ってくる。それはとても喜ばしいことだ。転勤で海外になってから、日本に来ていないので、週一くらいの電話とメールが日課となっていた。でも、その時ですら何も言ってなかったのに。
「君のお父さんは、反発されないか心配なんだって。中三の終わり、君の意思だとしても、子供一人を日本に残して、かつ2年も帰らなかったのに、急にまた一緒に暮らすとなったらどう思われるかって」
「別に、そんな事思ってないし、親と数年会えなくて拗ねるほど子供じゃ」
俺の声が少し大きくなる。
「親にとっては、ずっと子供だよ。君のお父さんは、不器用だよね。帰らなかったのも、元々ノルマがあって、それを終わらせたら日本に戻れるって事で、戻らずノルマを早めに終わらせたんだって」
目の奥が、熱くなる。
「結人君。寂しかったんでしょ?」
美雪さんは、俺にこれ以上ないというほど優しく抱きしめてくる。
すーっと、俺の頬に何かが流れていく。
「あれ。目から汗が……」
「結人君は、まだ高校生なんだよ? 十分子供だよ。お母さんと妹は小さい頃出ていき、お父さんは海外転勤。寂しくないわけないよ」
美雪さんは、少し抱きしめる力を強める。
「良かったね。結人君」
ありふれた、簡単な言葉を美雪さんは言うと、俺から離れ、また洗い物を始めてしまう。
俺は、その姿をぼーっと眺めながら、涙が枯れるのを待っていた。
◆
「結人君、テスト終わったら引越しの準備だね。お隣だけど」
「今までお世話になりました。お元気で。お隣ですけど」
「別に、いつでも帰ってきていいからね。君にとっての、第二の家になってたら嬉しいわ」
「そうですね。もう、二年も居ますもんね」
紬がリビングで勉強している間に、俺は美雪さんの料理の手伝いをしていた。
泣いてる姿を見られて、恥ずかしくて顔を見ることが出来ない。
「結人君は、まるで息子のようだわ。本当に息子にならない?」
「え、養子に出されるんですか?」
「紬と結婚したら私の息子になれるわよ」
「紬の人生を尊重してあげて……」
美雪さんは、話しながらも見事な手捌きで、具材をきり、鍋に投入していく。今日は紬の好物、シチューだ。寒い時期には食べたくなる。
「あ、でも家族になるなら、最悪私と結婚したら」
「なに口走ってるんですか」
「私の夫は亡くなってるから問題ないわよ?」
中々ヘビーな話題になってしまい、俺は軽く返答できなくなってしまった。重いです。美雪さん。
「冗談よ」
冗談じゃないとやばいです。
「でも、楽しかった。いつまで経っても、紬と結人君に浮いた話は出てこなかったけど、良い距離感で、仲良く、生活できたもの」
「そうですね。楽しかったですよ。それに、美雪さんにも感謝してますよ。美雪さんが、俺をこの家に迎えてくれなかったら、俺は今頃海外ですよ」
美雪さんが、俺の面倒を見てくれると、親父を説得してくれたお陰で、俺はこの家にいられるのだ。
「なら、紬に感謝は伝えた方がいいわよ。紬が私を説得したんだもん」
「え、初耳ですけど」
「初めて言いましたもの」
美雪さんはふたたび子供みたいに笑う。
「紬ちゃんは、そういうこと昔から言わないですもんね。言わないのが美徳と思ってるのかしら。誰かさんと同じで」
美雪さんはチラッとこちらを向き、俺と視線を合わせる。
「隠し事ある方が、女性は魅力的になるらしいですよ」
「じゃあ、紬はとてつもなく魅力的ね」
「親バカですか美雪さんって」
「当たり前じゃない。紬も、結人君もとても愛らしいわよ。多分、あなたのお父さんも親バカだと思うわ。同じ雰囲気がするもの」
「そうですか」
親父は、仕事人間だったから、あまりそういう雰囲気なかったけどなぁ。
「さて。あと数分で出来るから、食器を準備して欲しいな」
「分かりました」
俺は、三人分の皿やスプーンを用意する。
三人分の皿を用意するのも、後1ヶ月くらいなのか。
ひとつひとつの出来事が、あと少しだと思うと、なんとも言えない感情になる。
きっと、この時間は特別。この家で暮らす時間はかけがえのない思い出になると思う。
この二年間は、この家の家族だったと思う。
リビングへ向かうと、紬はすでに勉強道具を片付けて、夕飯を待っていた。
「シチューでしょ?」
シチューには目がないようだ。ワクワクが伝わる。
「紬、準備手伝えよ」
「あたし、勉強で忙しいから。テスト終わったら手伝ってあげるわ。あ、でも三年生になったら、受験勉強あるから、また夕飯準備は手伝えないかも」
「やる気ねえだろ!」
三年生……四月から、俺はこの家から出て行くことを、紬は知らないんだった。
俺は、今言おうと思ったが、テスト時間は、無駄なことを考えたくないだろうと、口を閉じる。
「どうしたの結人」
「え? ああ、紬を働かせる方法を考えてた」
「昼とか朝はあたしが作るから、それでいいじゃない」
「そうだな」
きっとこの時間は当たり前のようで当たり前じゃない。
俺は、しっかりと胸に刻み込もうと思った。
やっぱり、紬との会話は心地良い。
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