休日 / 吊り橋効果は通じない
休日の究極の過ごし方はなにか。それは――睡眠だ。誰にも邪魔されず好きなだけの睡眠。これが一番の過ごし方だ。やることないしな。
友人は永倉くらいだし。あいつ彼女と遊びに行ってるらしいし。三大欲求は最大限満たすべきだと思うんだ。
プルルルルッ。
俺の枕元にあるスマホが振動し着信音が鳴る。朝から電話か? こんな時間に掛けてくるのは非常識だぞ。
俺は重い
「もしもし……?」
「
電話から何ともよく聞く声が聞こえてくる。何やら金属音や何かを焼いている音が聞こえてくる。調理してるのか?
「……
「結人、そろそろ起きてきなさいよ」
「部屋まで起こしに来てくれてもいいんだぞ?」
「部屋で変なもの見つけちゃったら気まずいし嫌」
なものねえよ。……うん、ない。
「まだ朝早いだろ」
「もう午後二時だけど?」
「……まだ朝だな。寝るからもういいか?」
全く、もうちょっと眠らせて欲しい。
俺は電話を切ろうとする。
「オムライス作ったから降りてきなさい」
「分かったすぐ行く。準備しといて」
俺は布団から飛び起き、部屋から出てリビングへ向かう。
俺を食べ物で釣るとはよく分かってるじゃないか。さすが幼馴染様だ。
◇
「結人、おはよ」
「ああ、おはよう」
リビングへ行くと、エプロンを身に付けた
「お母さんなら、仕事があるから帰りは遅いって。夕飯は自分たちでお願いって」
「了解」
じゃあ今日は夕飯を作るか買いに行くしかないか
。冷蔵庫になにかあったっけな。
「あ、夕飯なら私が用意するから安心して」
「何作るんだ?」
「ピザを頼もうかと思ってる」
作るわけではなかった。
俺は
「おー、美味しそう」
「でしょでしょ。レシピ見ながら完璧に作ったから」
「いただきます」
俺はスプーンを持ち食べようとするが
「ちょっと待って」
「なんだよ」
「写真撮るの忘れてた」
「はぁ……」
紬はスマホを手にするとパシャパシャと何枚か写真を撮った。
「インスタにあげよーっと」
「いつのまにインスタ女子になったんだ……」
「え、これくらい普通じゃない?」
そういうものなのか……?
まあいいや。それより、腹が減った。
俺はオムライスを口に運ぶ。
「美味しい!」
卵はふわふわで、かつ砂糖で甘く作られていて俺好みだ。紬は俺の食べる姿をジッと観察して、ニコニコしている。
「美味しいでしょ? 美味しいでしょ?」
「ああ、めちゃめちゃ美味い。毎日食べれちゃう」
「それは良かった」
紬は満足そうに笑う。
そしてエプロンを外しながら聞いてきた。
「結人、これから用事ある?」
「何もないけど」
「じゃあ、ちょっと検証したいことがあるの」
「?」
「ちょっとしたことだから、いいでしょ?」
「…………えー、忙しくなるかもしれない」
「オムライス。食べたわよね?」
「うん」
「美味しかったでしょ?」
「ああ、美味かっ……。あーそういうことね」
どうやら、オムライスを餌にして釣られたらしい。こいつが料理していたのはこういうことか。オムライスで俺を釣れるとはよくわかってるじゃないか。流石幼馴染様。
俺はゆっくりとオムライスを味わった後、紬の話を聞いていた。
「吊り
「吊り橋効果……? ああ、確か、一緒に怖い思いするとそのドキドキを恋愛感情と勘違いするってやつだっけ」
「そうそう。人は、その経験を風景を結び付けるでしょ? だから、一緒に怖い思い――例えばジェットコースターとかでドキドキすると、その一緒にいた人にドキドキしたと錯覚するやつのことよ」
紬は、自信満々に、スマホでガッツリ調べながら俺に解説する。
「それがどうしたって?」
「こんなものを用意しました」
「まて
俺はすごく嫌な予感がして立ち去ろうとする。
「そう! この映画を見て、吊り橋効果ってアテになるのか検証しましょう!」
「俺はホラーとか、怖いものが大の苦手なんだ! やめてくれ。本当にやめてくれごめんなさい本当にやめて」
昔、紬に勧められてお化け屋敷に入ったが、怖くて動けなくなったトラウマが蘇る。
「オムライス」
「……この野郎」
紬はいそいそとディスクをセットしに行く。
「それにしても、なんで急に」
なんでそんなこと検証しようと思ったんだろう。
「この間、遊びに行った時にね? 『結人君とはドキドキしないの?』って聞かれたの。それで、ドキドキしないって言ったら驚かれて」
「それとこれにはどんな関係が?」
「結人にドキドキって一度もしたことないから、体験してみたいなー的な?」
「なんだそれ」
一度もしたことないのかー。それはそれで傷つくんだが。
「でも俺たち、一緒にいる時間長いから、吊り橋効果とかって意味ないんじゃないか?」
「あ……」
紬の動きがピタッと止まる。あ、こいつ深く考えてねえな。
「まあ、見れば分かるよ!」
「お前が見たいだけだろ!」
「待ちなさい!」
しかし、俺はあっけなく腕をつかまれ脱出不可能になる。紬は運動部に入っていたので俺よりも力があるから力ずくは難しいかも。
もうオムライスは食べないでおこう。
2時間ほどのホラー地獄が確定した。最悪。
――1時間後
俺たちは、電気を消し、カーテンを閉め、ソファーで二人肩を寄せ合いながら映画を見ていた。紬は俺の腕にしがみつき「きゃあ!」とわざとらしくやる。チラッと見ると思いっきり笑ってたのでこいつふざけてやがる……。が、そんなこと考えれるレベルじゃないほど俺は怖がっていた。紬は「へーなるほど」と全く怖がっていない。このやろう。
「紬、なんで平気なんだよ」
「結人が怖がりすぎ。私の服をがっつり掴んでるじゃない。服が伸びる」
「昔から苦手なんだよ!」
「私より女々しいのね、結人は」
映画を止めたい気持ちはあるが、紬が「結人が止めそうだから」と、かなり前に手の届かない場所に置いてしまっている。
「もうやだ……」
俺はもう二度とオムライスは信用しないと心に誓う。
――俺は映画が終わった後も恐怖で少しの間そのままだった。紬はケラケラ笑っている。
「結人。どうだった? 吊り橋効果」
「まだそれ言ってるのか……」
「ドキドキ、した?」
紬は密着した状態のまま、悪魔的な笑みを浮かべて聞いてくる。
「恐怖で覚えてない」
「めちゃめちゃ怖がってたもんね」
紬は途中から「へー、そうやってくるんだ面白い」と批評家ばりの客観視していたので、それはそれで怖かった。
「紬はどうだったんだよ」
「私はね……」
一拍置いて、耳元で紬はささやく。
「すごくドキドキしたよ」
「えっ」
ドキッと、脈拍が早くなる。
「さて、ピザを頼もうか」
紬はすぐさま顔をそらし電話の方へ行く。
「結人、何食べたい?」
「メニュー教えて」
俺はもう二度とあの映画を思い出さないように話題を切り替える。怖いの怖い。多分、一生忘れない。
夜中、美雪さんがテレビをつけ流れたホラー映画で涙したのはまた別のお話――
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