猫耳幼馴染を眺めたい / 雪合戦は温かい

◆猫耳幼馴染を眺めたい


 ある日、スーパーにて。

 俺は、今日の夕飯の買い出しに来ていた。メモを見ながら、必要なものをカゴに放り込んでいく。

 全てを見つけ終え、レジに並ぼうとする。その時、レジ横のある商品に目を奪われる。

 ……何故これがスーパーに売ってるんだ。

 俺は、周りを気にしながら、そっとその商品をカゴに入れる。

 バレたら殺されるかもしれないな……。


    ◆


「あ、お帰り結人(ゆいと)。買い物ありがと」


 紬(つむぎ)は玄関に出てきて、俺の買い物袋を持とうとするので、さっと避け、台所へ向かう。

 台所で買ってきたものを並べながら紬と話す。


「今日の夕飯は、あたしが作るから。お母さん仕事で遅いんだって」


「そうなんだ。じゃあ、俺も手伝うよ」


「あら優しい。あ、レシートちょうだい」


 俺は財布から今日の買い物のレシートを取り出し紬に渡す。


「ありがと。どれどれ……お、人参安い……。待って」


「どうした?」


「結人何買ってんの」


「あ……」


 俺は全てを理解し、紬の顔を見ないですぐさま部屋に戻ろうとする。


「待ちなさい」


「ウギュッ」


 襟を掴まれ首が閉まり、変な声が出る。

 恐る恐る後ろを振り向くと、紬は見たことのないような、満面の笑みで、俺の買ったアイテムを持っていた。


「結人。こういうのつけて欲しいんだ。ふーん」


 紬は目を細め、ニヤニヤしている。やばい死んだ。

 俺は、紬の持っている【猫耳カチューシャ】を見て、汗が止まらなかった。


    ◆


「ほら。付けてあげるから、しっかり目に焼き付けておいてね」


 紬は、俺の購入した猫耳を取り付け、からかってくる。

 黒い猫耳をした紬は案外ノリノリで、手を丸めて猫のポーズをしたり、「にゃんにゃん」とか言っている。

 しかし、写真を撮っていいとは。太っ腹だ。

 ということで、写真撮影会が始まった。


パシャパシャパシャッ


 俺は一言も喋らず、色んな角度から撮影する。紬もノリノリで、撮るたびに色んなポーズをしてくれた。


「にしても、結人にこんな趣味があったなんてw」


「……うるさい黙れ」


パシャパシャパシャッ


「……あの。流石に、何も言わずに写真撮られると恥ずかしい……」


 紬はポッと顔を赤く染め、カメラから視線を逸らす。

 

「似合ってるぞ。猫っぽい」


「……ありがと」


パシャパシャパシャッ


 さっきから、中々視線を合わせてくれない。顔を見ようと回り込んでも、すぐさま顔を逸らすので、後ろ姿しか撮ることが出来なかった。さらには、口数も減り、カメラのシャッター音だけが響き渡る。

 俺は、勢いよく地面を蹴り上げ、後ろに回ろうとする。すると紬は反対の方向を向こうとするので、その瞬間切り返す。


パシャッ!


 俺は正面からの撮影に成功する。あんなに素早く動いたというのに、しっかりと撮れていた。

 顔を赤くして、驚いたような表情の紬。


「……結人?」


 写真を確認してる後ろから、とてつもない怒りを感じる。俺はすぐさま逃げようと肩をガッチリと掴まれ、頭に何かを付けられる。

 紬の方へと驚いて振り返ると


パシャッ!


 紬が、俺にスマホを向けて写真を撮っていた。


「結人の猫耳姿ゲット〜。罰として、永倉君とかに送っておいてあげるね」


「あぁぁあ!!やめろぉ!」


 俺はすぐスマホを奪い取ろうとするが、華麗に躱されてしまう。


「送信完了したよ」


 紬が、イタズラの成功した子供のように笑い、送信した記録を見せてくる。既読もついていた。早すぎる。

 それから1週間。からかわれたのは言うまでもない。二度と、猫耳は買わないことに決めるのだった。


ーーーーーーーーー


◆雪合戦は温かい


 ザクッ。ザクッ。

 雪を踏む音が鳴り響く。雲ひとつない青空の元、学校のグラウンドは白一色で包まれている。子供の元気な声は、肌を震わす風に運ばれ耳に届き、太陽の光と共に暖かさを感じさせる。

 もう、こんな時期か。

 昨日までは、白い息が溢れる程度で、黒い地面が顔を出していたというのに。

 とっくに見慣れている通学路も、まるで別世界だ。毎年、この時期にはまだ高揚感を覚える。

 高校2年冬。そろそろ進路について考えたり、悩み始める時期だ。そんな悩みを知らぬような小学生の笑い声を聞きながら、俺は白い息をこぼす。

 あの頃は良かった。将来への希望も、夢も確かにあって、社会の嫌な所を見ないで済んだ。

 高校生になれば、子供とも、大人とも取れず、なんとも不安定で、不確定。都合のいい時に子供にも、大人にも捉えられてしまう時期。

 小学生を見ながら、思い出に浸かっている時点で、年齢を重ねたことを少し実感してしまう。あんな風に、無邪気に雪玉を投げたり、カマクラを作ったりして遊んでいた時に戻ってしまいたいと思う。


 バシュッ!


 俺の背中に何かの当たる音がする。少し冷たく、何か懐かしい気持ちになりながら、後ろを向くと、一人の少女が雪に手を突っ込み、雪玉を作ろうとしていた。

 肩の少し上くらいの長さの髪。子供のように輝いている瞳。冬だというのに、手袋をせずに雪を触っていて、白い手や鼻が赤くなっている。

  彼女は、雪に反射する光によって妖精かなと思うほど輝いていた。

 俺の視線に気が付き、ヤバイ!という表情をする。


「あ……あたし、雪玉投げてないわよ?」


「その状態で、説得力がないにも程がある……」


「バレたら仕方ないわね! 懐かしいでしょ」


 彼女は、「えいっ!」と、作りたての雪玉を俺を目掛けて投げる。雪玉は、綺麗な放物線を描き、俺の頭に直撃する。

 しっかり固めていなかったのか、当たった瞬間に崩れ、俺の頭が雪まみれになる。さらには、そのカケラが服の中に侵入する。


「冷たっ!?」


 彼女は俺の反応を見て、ケラケラと笑う。


「よくも、やりやがったな!」


 俺はすぐさま歩道脇に積もっている雪を握り、雪玉を作って全速力で投げる。


「きゃっ! 痛い! 冷たい! 大人げない!」


「お前が先にやってきたからだろ!」


「ん〜! 覚悟しなさいね!」


 お互い、雪玉を作り、投げ、周りの目も気にせず雪合戦をやった。

 この時だけは、小学生の頃のように、二人で笑い、寒い思いをしながら遊ぶ。

 きっと、終わった後は二人してベチャベチャになりながら、笑い合うだろう。昔のように。

 そして、ストーブの前でポカポカしながら、アイスを食べるのだ。昔と変わらない。

 

 雪合戦の季節になった。動物や植物は眠り、静かで、冷たく、悲しい季節になった。

 それでも、彼女といる時は温かい。

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