私たち、幼馴染のままで本当に良いの?
永戸 望
一章「これって幼馴染ですか?」
幼馴染って、特別な関係だと思ってる
「今日から隣に引っ越してきた夏目です。どうぞ、よろしくお願いします」
六歳の夏、隣の家にある家族が引っ越してきた。挨拶に来た母親の後ろに隠れていた少女、夏目(なつめ)紬(つむぎ)。これが、彼女との初めての出会いだった。
そのころから彼女は短い髪や凛とした瞳をしていて、素直に可愛いなと思ったのが第一印象。最初は「隣に女の子が来た」くらいの感覚だったと思う。
それから、お隣さんということもあって、よく遊んだり、幼稚園で一緒だったりと、色々と絡む機会があった。そして、いつからか家族ぐるみで遊んだり、旅行するようになっていった。遊園地から、買い物。時には温泉旅行。
まるで、本当の家族のように親しくしていたし、この関係はずっと続くと思っていた。遊んで、泣いて喧嘩して。そうやって、お互いの事を分かりきっていると過信していたし、その頃は疑いもしなかったと思う。
――結人(ゆいと)。行ってくるな。
十五歳の冬、俺の父親が海外転勤になった。とうの昔に母親と妹が出て行ってしまっていたし、祖父母はかなり離れた田舎の村に住んでいて、頼るアテがなかった。
だから、俺も一緒に行く予定だった。しかし、
「結人(ゆいと)は、どこにも行かないよね……? 約束、したよね……?」
紬はおれにすがるような目で訴えかけてきた。今まで積み重ねてきた関係への信頼を確かめられている気がした。
俺は、紬との約束を果たすため一人日本に残ることにした。
今思えば、ただの子供のわがままで、離れたら一生会えないと思っていたのかもしれない。それに、父親も少し嬉しそうな顔をしていた気がする。
そして、一人暮らしは心配だからと、紬の母親の提案で夏目家に住むことになったのだ。
――それから約二年後。
俺たちは晴れて高校生となった。偶然にも、同じ学校へ進学した。
そして、今は少しくらい進路の事を考えたりするし、物語で定番の青春の旬の時期が過ぎてしまっている高校二年の冬である……。
青春っぽいイベント、したかったなぁ……。
「幼馴染って恋愛対象になる?」
「は?」
学校への通学路。周りには沢山の同じ高校の生徒や、近くの小中学校の生徒、通勤中の大人まで居るそんな空間で、紬(つむぎ)はなんの脈絡もなく質問してくる。
俺は唐突な質問すぎて理解まで時間がかかり硬直してしまった。
「ちょっと〜! 聞いてる? 結人(ゆいと)」
紬(つむぎ)は俺の名前を呼んだり、目の前で手を振ったりして俺の視線を紬へと向けさせる。
急な質問で焦ってしまった。
「ああ、聞いてるぞ。……恋愛対象に入るわけないだろ」
「ね。そうよね」
紬は俺の意見を聞くと表情をパッと明るくし足を早める。
「結人って、一緒にいる時間が長いし、実質家族に近だから、そういう感情が湧かないわよね。」
「そうだな」
「不思議よねぇ」
「幼馴染だからなぁ」
俺は相槌を打つ。幼馴染という言葉は便利だ。そこに含まれた様々な意味も、想いはきっとたくさんあって、それでもこの一言で片付いてしまう。
まあ、俺たちは普通の幼馴染とは少し違う気もするが。
でも、幼馴染という関係性が一番近い。
その時、パラパラと白い輝きが空から舞い降りる。
「あれ。雪降ってきた」
「ほんとだな」
スーっと冬を感じさせる乾いた風が吹き、手をポケットを突っ込んだ。
紬は首に巻いているマフラーを巻きなおし、「寒いから、早く行こ」と手招きする。
「分かったよ」
俺たちは、学校へと走った。冬はお構いなしにどんどん降り積もって行く。
それと紬。それは俺のマフラーなんだよ。返して欲しい。
◇
――放課後
ホームルームも終わり、俺はうたた寝していると、聞きなれた声で起こされる。
「おーい、起きろー」
「あと五分……」
「ダメだ!」
「ぐへっ!」
どすんっ。と、鈍い音が鳴り響き、俺は変な声が漏れる。
俺は少し見上げると、その声の主――紬は俺の教科書を持ち、目の前に立っていた。
それで頭叩いたのか。資料集は分厚いんだぞ。
「よし、起きた?」
「起きた? じゃねえんだよ。なんだよ……」
要件あるなら、家で聞いてやるのに。
紬は、両手を合わせ頼んでくる。
「ねえ結人(ゆいと)、おつかい頼まれてくれる? 私これから友達と遊びに行ってくるから」
「今日はお前の担当じゃなかったっけ」
「お願い! 今日は友達と遊ぶって約束しちゃったの!」
紬の後ろでは、紬を呼ぶクラスメイトの姿があった。
……仕方ないか。
「……分かった、いってやる」
「ありがとう!」
「その代わり、手間賃はよこせよ」
「はい、千円」
紬(つむぎ)は、俺におつかいのメモとお金を渡してすぐさま教室から飛び出して行った。全く、仕方ないやつだな。
さて、行くか。と立ちあがろうとした時こちらに近づいてくる影があった。
「よお結人(ゆいと)。また嫁さんに仕事押し付けられたのか?」
「嫁じゃねえ」
脊髄反射の返答。
俺と紬(つむぎ)の事情はクラスの大半は知っていて、姉弟だの、夫婦だの散々言われている。
最初は否定していたのだが、全く、紬(つむぎ)もそれに関して何も言わなくなってきたし……あいつの青春に大きな影響が出そうな気がする。
ちなみに話しかけてきたのはクラスメイトの永倉だった。
「嫁さんじゃなくて彼女か」
「彼女でもない」
「どっちでもない」
「どちらにせよ、あんな可愛い子と一緒に暮らせるのなんて幸せものじゃねえか」
「そういうもんかね?」
「そうだぞ。夏目を狙ってるやつは多いんだし」
「そうなのか」
確かに、紬はモテるらしい。たまに別のクラスのやつから絡まれて迷惑だと言ってたことがあったな。
「ま、頑張れよ専業主夫の結人君ッ!」
永倉はそういって颯爽と教室から出て行った。
いや、専業主夫じゃねえし……もうツッコむのは諦めた。仕方ない、買い物行くか。
俺はまだ騒がしい教室を後にした。
◆
俺はおつかいをさっさと済ませ、家に帰宅する。すると、家の鍵が空いていた。誰かが先に帰ってきていたのだろう。
「ただいまー」
「あ、おかえりなさい結人(ゆいと)君」
リビングの方から、艶やかで大人な色っぽい声が聞こえてくる。エプロン姿の、紬(つむぎ)によく似た顔つきの女性が玄関へと出てくる。髪はセミロングで、大人らしい雰囲気とともに、ほわほわした雰囲気は紬(つむぎ)とは正反対だ。
いまだに、少しドキッとしてしまうことがある。
「ただいまです。美雪(みゆき)さん」
この人は美雪さん。紬(つむぎ)の母親であり、俺をここに住まわせてくれている恩人でもある。
紬の父親が亡くなってからというもの、女手一つで紬を育ててきた。
「寒かったでしょう。お風呂を沸かしてあるから入ってきていいわよ」
「ありがとうございます。あ、これおつかいのものです」
俺は手に持った食材や洗剤の入った袋を渡す。
「あら? 今日は、紬(つむぎ)がおつかい担当だった気がするけど……」
違ったっけ?と、美雪さんは首をかしげる。
「あー、少し手間賃を貰ったので俺が行きました」
「そうなのね。……全く、紬(つむぎ)は結人君に頼りすぎね。結人君も、紬をあまり甘やかしちゃだめよ?」
美雪さんは少し呆れた声を出す。
「大丈夫です。俺は報酬を貰わなきゃ動かないので」
美雪さんはあらあらと笑いながら「夕飯の準備するわね」と台所に戻ってしまった。
確かに、俺は紬に甘すぎるかもしれないな。今度から、二千円にしよう。
――二十二時ごろ。
なかなか紬(つむぎ)が帰ってこない。いつもなら、連絡の一つくらいあるのに、今日は俺のスマホに着信音がならない。夕飯も冷め始め、俺は眠気すらやってくる。外は雪が少し降っている程度だったので、雪で帰れないレベルではない。
「あの子ったらどこをほっつき歩いてるのかしら……」
「珍しいですね」
「結人君、紬から何か聞いてる?」
「いえ。何も。俺も連絡もつきませんし、心配ですよね」
「変な事件に巻き込まれてないといいけど……あと1時間経っても帰ってこなかったら警察に連絡しましょうか」
「俺、ちょっと探してきます!」
「え、でも探すのなんて無理なんじゃ……」
「すぐ戻ってきますから!」
俺は美雪さんの話を聞かず、すぐ上着を着て雪の中飛び出した。
あいつの行く先なんて、大体知っている。何年も一緒にいて、紬の行く場所や好きな所はほとんど把握していると自負している。
俺は家から百メートルほど離れた公園にたどり着く。すると、その公園のブランコに座り、気長に缶の飲み物を飲んでいる紬(つむぎ)の姿があった。
俺は、深く大きなため息をつき、紬の方へ少し積もった雪を踏みつけながら近く。
「はぁ。紬、何やってんだよ……」
「あ、結人。どうしたの?」
紬は少し驚いたように目を見開いている。
「どうしたのじゃねえよ。お前が遅いから心配して探しに来たんだろうが……」
「あ、そうだったんだ。ごめんね」
「そこは『ありがとう』だろ」
「……ありがとうね、結人」
紬はお礼を言った後、飲み物を飲んで大きく深呼吸をする。
「さて、結人。帰ろう。お母さんも心配してるだろうし」
「ああ、カンカンだったぞ」
「え、やば」
紬は飲み干した飲み物の缶をゴミ箱へ投げ入れ立ち上がる。
そして俺たちは家へと歩き出す。俺は別にここにいた理由を聞いたりしない。こいつから言い出したら聞けばいい。適度な距離感が大事だし、ケンカになると俺の家がなくなってしまうから面倒だしな。
「せっかくの夕飯が冷めちゃったぞ」
「今日の夕飯なんなの?」
「お前の好きなシチュー」
「じゃあ、温めなおしたら大丈夫だね」
「出来立てが一番だろ」
「数時間くらい、何も変わらないよ」
「温めなおしたご飯と出来立てで温かいご飯。どっちがいい?」
「どっちも同じ」
「分かってねえな!」
「例えそこで変わっても、同じ温かさ、愛情があればいいんじゃない? 世界平和ってそういうものでしょ?」
「あれ? 夕飯の話だよな?」
紬はたまに話が飛躍する。その飛躍具合は天と地ほどある。俺ですら理解不能の時がある。
「……結人。私思うのよね」
唐突に、
電灯の灯りが、紬を照らす。
「……私たちの関係ってさ。何?」
「幼馴染だな」
俺は即答する。
それ以外に、言い表しようがない。朝もした会話だ。
「そう。幼馴染。昔から知ってて、家族でもなければ恋人でもない。友人と言うには近い存在。恋愛感情とかで言い表せない気持ちなの。そして結人は私の家の
「
「はいはい。そうでしたね」
「私はね? 幼馴染って、とても特別な存在だなぁって思うの。昔から仲良くないと名乗れない称号。だから、幼馴染って、色んな、関係を示す言葉の中でも一番いいんじゃないかしら?」
「人によるだろ」
「私はってことよ」
彼女の顔が目と鼻の先に。
踏み出した勢いで、紬の短い髪が揺れ、優しい香りが鼻を通っていく。
「近いぞ」
「なに? もしかして照れてる?」
ふふっと、紬は悪魔的な笑みを浮かべる。
そして、
「幼馴染として、これからもよろしくね?」
幼馴染として。
この言葉に、彼女はどんな意味を込めたのだろうか。それは、今の俺にはわからない。
「ああ、もちろん。俺たちは、幼馴染だからな」
俺たちは、ふたたび何もなかったかのように歩き出す。
この、今の関係はとても心地よかった。決して壊したくない。
だからこそ。
俺たちは、友達でも恋人でも家族でもなく、幼馴染でなければいけないと、二人の間で確かに感じていた。
◇
のちに聞いた話だが、遅れたのは時間を見てなかったのと、ケータイの充電が切れたかららしい。
だとしても、公園で悠長に飲み物なんて飲まずに帰ってこいよ……。
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