第3話 鐵斬斗は殺される

 俺の話も長くつづいて、神が細々と投稿しているサイトでは十五話を越えたあたりのことである。俺は箇条書きにされた自分のページを読み返しながら、先日倒した学園長と語らっていた。

 この学園長というのが、横領はやるわ、生徒を虐めるわ、気に入った女子には手を出すわ、散々な描かれようなのだ。彼が最も人間味あふれる瞬間は、俺に嫌味を垂れる時で「君ねぇ~いつまで幼稚園気分でいるつもりかね?」などと言った後に眼鏡をくいッとあげるのがお決まりである。

 しかしそれは物語の中での話であって、実際の彼は実に謙虚で冗談の分かる男だ。というのも彼のキャラクターリストが作られておらず、イラストも無いので、それだけ自由がきくわけである。

「俺の旧友というのはいつごろ出てくるんでしょう」

「たしかに。私がヒロインにセクハラしたのも、君に成敗されたのも、ヤンキーたちを嗾けたのも私の学園のはずだが、そういう生徒は見たことが無い」

「しかし俺は最終的に旧友に殺されるわけですから、全く出てこないというんじゃ困る」

「いいじゃないの、そうすりゃ君は死なないんだから」

 彼は嫉妬の混ざった微笑みを浮かべて、静かに立ち去った。それからすぐに彼は殺された。「組織」の人間を雇い、俺とヒロインを襲わせ、高らかに笑っていたところを、覚醒した俺によって首を刎ねられたのだ。

「な、何が起こったんだ!」と叫ぶ間もなく彼は絶命した。

 という呆気なく面白くもない文章で彼の人生は締めくくられた。彼の死体がどうなったのか、お墓はどこか、最期に何を考えていたのか、神は書いてくれなかったから、俺にはわからない。

 わからないといえば、結局それから旧友にも会えぬまま、俺は生きていた。というのも、神が俺の物語を進めなくなったのだ。おそらく熱が冷めたものとみえて、彼の日記のデータにこうあった。

   最近書く気が起きない。閲覧数は増えないし、感想ももらえない。だからモチベが無い。朝起きたら自分がどうして誰にも読んでもらえない小説なんか書いてるのかわからなくなった。無駄な時間だったと思う。でもそれじゃあんまりに悔しいし、あれだけ「小説を書いている」と自慢した周囲に示しがつかないから、近々友達の○○に俺の作品を読んでもらうことにした。○○は嫌な奴で俺以上に陰気で殴りたくなる男だけど、小説の知識に関しては俺は勝てない。悔しいけどそう認めるしかない。○○に読んでもらって、腹の立つ感想でももらえれば、奮起して書く気になるかもしれない。

 神というのは実に他力本願な生き物だ。そんなことはさておき、俺が死んでいないのはひょっとして、まだ俺を有名にできていないからじゃないだろうか。この神は俺の死をみんなに見せつけて、あわよくば悲しんでもらおうなどと考えている。人の命を何だと思っているんだ。しかし神というのは膨大なる小説への未練と自尊心をしょっているものらしい。神という存在は、ひょっとすると俺たち以上に人間らしい存在なのかもしれない。

 翌日、彼が待ちに待った前髪が目を覆うばかりの男がやってきた。この男はベタ塗族にしては、自分の個性の出し方というのをわかっているようである。というのも我々の世界では、容姿に自信のない者はその無様な顔面を晒すのではなく、前髪や衣類で顔のパーツを隠すのが常識である。特に片目を隠したり、口元を布で覆ったりするのが流行である。そこへいくとこの前髪男は、個性に乏しいベタ塗族の中でもかなり上位に位置する存在と思われる。うちの神が彼を嫌っていたのも、それによる妬みだろう。

 彼は神の部屋に入るなり「とりあえず見してもらえる?」と尊大な口を開いた。彼は誤って日記を読まれることを怖がり、あらかじめプリントしていた俺たちを、彼に手渡した。彼は神の椅子に深々と腰かけて足を組み、ものすごいスピードで俺の物語を読んだ。その途中「うん?」と口元を歪めたり、鼻から笑いを漏らすなどしていた。俺としては彼の反応よりも、神が「そこは夜中のテンションで書いたんだ」「そこは俺もなんでそうなったのかわからん」と必死に笑う方が気になった。今日の日記が彼の罵詈雑言で埋め尽くされることは想像に難くない。

 しばらくして前髪男は、紙束を机で整えると、これを静かに神に返した。意外にも彼は俺の物語を「悪くなかった」と真面目な顔で言うのである。神の日記から、今から磔刑にされる覚悟をもって聞いていたため、拍子抜けした。しかし彼が俺たちを褒めたのはその一言だけで、後は「キャラの行動に矛盾が多い」「台詞が陳腐」「主人公に君の願望が滲み出ていて痛々しい」と散々な言われようであった。

 すると神も流石に肩を怒らせて「じゃあどうしたらいいのか教えてみろ」と、情けないことを偉そうに言った。すると前髪男はしばらく考えたのちに「主人公を殺しちゃおう」と言った。

 俺は驚いた。何の権利があってこいつは俺の人生を捻じ曲げようというんだ。なんでも俺を殺すことで物語のテンポがよくなり、「次」に続けやすくなるのだという。アレだけ反抗的だった神も、とうとうと前髪男の高説を賜るうちに、彼の事を師匠のように扱うようになり、言葉の一つ一つをノートにメモするようになった。俺の設定が最初に書かれた数学ノートだった。

 久しぶりにそこへ顔を出すと、随分と書き足されていた。そして旧友の「旧友」という項目に斜線がひかれ、その横に「弟」と書いてあった。知らぬ間に随分と俺の人生は変わっていたらしい。どうやら己惚れていたのは俺の方で、俺はそもそも主人公ですらなかったようだ。そしてその弟が俺への復讐を組織に果たす、というのが本来神が思い描いていたシナリオだったらしい。俺たちの世界では珍しい事ではなく、特に五年十年と長生きしている老人たちなんかは、ある日からフェイスラインがすっきりしたり、顔が可愛くなったりするのだが、唐突に死ぬというのはやはり気分がよくない。

 その夜、早速神は俺の話に「最終章」と題を打って執筆を始めた。闇の力が強くなり過ぎた俺は、力が暴走してとうとう理性を失った。闇が形を成し、翼が生え、異形の獣のようになった。学校を壊し、慕ってくれたクラスメイトにも手を掛けようとした。結局そこに現れたのはヒロインで、こいつが俺の「旧友」ということになった。しばらくの擬音まみれの戦闘のすえ、俺は心臓に刃物を刺された。

 痛みと苦しみでもがき、わめいたが、神は次の行に「安心したような顔をした」と書いたため、劣情が胸の中で暴れまわりながら、表面だけ安らな顔になった。その時俺は考えた。つまるところ俺は神を観察するうちに、獰悪で傲慢な男に成り下がっていたのだ。神が自分の人生を決定するのは当たり前だし、例え下等な種族であってもそれは覆らない。俺は自分の尊大な執着心を捨て去ることにした。してみると、かなり楽になった。特に好きにもならなかったヒロインに流したくもない涙を流した。最期に俺は旧友の名前を呼んで、結局絶命した。そうして龍のようになっていた闇の力は抜け去り、俺は一つの死体になった。

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