第6話

「ホタル病って、聞いたことあるかい?」


 首を横に振ると、おじいちゃん先生が教えてくれた。


「ホタルっていう生き物は、綺麗な水がある場所でのみ、生きていけるそうだ。反対に、汚い水が少しでも入り込むと、生きていけないそうだよ。」


 ホタルについては詳しくなかったから、へぇ、としか言えなかった。


「それに比べて、人間は多少強くできている。汚いものが来たとしても、それを追い払う力がある。けれど中には、その力が少し強い人間もいる。極度に汚いものを嫌う。綺麗な場所でしか生きていけない、とても繊細で綺麗な人間だ。」


「私が、その人間なの?」


 おじいちゃん先生は、ゆっくりうなづいた。


 【ホタル病】とは精神病の一種で、恋愛において不安になったり悲しい思いをすると、自分の意思が働かなくなる病気らしい。多いのは、物を壊したり、自分や相手を傷つけたり、暴れてしまうこと。私の場合は、突発的に行動してしまうらしい。病院に来る前、彼とそばにいた女の子を突き飛ばし、そのまま意識を失った。彼の姿を見たのは覚えているが、突き飛ばした記憶はなかった。幸い彼にも女の子にも怪我はなかったそうだ。

 重症な人の中には自殺をしてしまう人もいると聞き、この病院に来て初めてゾッとした。


「ホタル病は決して珍しいものではないよ。誰でもなりうるものだ。けれどナナちゃんみたいに、自分がホタル病だと知る人はごく僅かだ。大抵の人は、気づかずに過ごしている。」


テレビで報道される自殺者や殺傷事件の中にも、実はホタル病が関係していた、ということも珍しくはないのだという。


「不安にならないでね。ナナちゃんと同じホタル病の人も、向き合いながらちゃんと生活できているから。私の診ている人の中にも、普通に学校へ行ったりお仕事をしたり、結婚をして子供を育てている人もいる。これから一緒に頑張って行こうね。」


 病室から出た後、家に帰る気になれず病院の中庭にあるベンチに座った。右手には、薬の入った袋がぶら下がっていた。

 

 不安、恐怖。そんなものは無かった。ただ、この先どうしたものかと途方に暮れた。考えなきゃいけないのに、頭が働きたくないと言っていた。

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