第5話

 週一で通っている病院、今日はその通院日だ。毎回彼も休みを合わせてくれて、二人で病院へ行く。


「お、素敵なネックレスだね。似合ってるよ。」


 通された部屋へ入るなり、いつもの先生がネックレスに気づいてくれた。誕生日プレゼントだと伝えると、細い目をさらに細くした。シワシワの顔に目が埋もれて、もはや前が見えているのか怪しい。


 彼が朝、洗面台に置いてくれていたこと、駅へ彼を迎えに行ったこと、夕飯は大きなピザを食べたことを話した。先生も後ろに座る彼も、うんうんと聞いてくれた。


「駅まで迎えに来てくれたときは、びっくりしましたよ。寒い中ずっと待っていてくれたんです。」


「それぐらい、嬉しかったんだろうね。でも上着は着て外を出ないと、風邪をひいちゃうよ。」


 先生からお咎めを受け、はーい、と返事をした。


 なくなりそうだった薬の追加分を処方してもらって、部屋を出た。彼はまだ話があるため、私は中庭のベンチで待つことにした。今日は晴れていてよかった。


 


 【ホタル病】と診断されたのは一年半前、大学二年の夏だった。


 長い試験期間を終え、夏季休暇を目前にしたその日、私は同じ学科の人達とご飯を食べに来ていた。

 当時、私には交際している人がいた。同い年で、同じ学科の人だった。彼もそのご飯会に参加していた。

 途中、お手洗いに行くため席を立った。鏡を見ながら少し乱れた髪を整えていると、お手洗いの入り口付近から、話し声が聞こえた。聞き慣れた声だった。一人は彼の声。もう一人は、女性の声だった。心臓がやけに強く打った。そんなはずはない、きっとたまたまだ。そう思いながらも、足は動こうとしなかった。

 しばらくして、話し声が聞こえなくなった。心臓が落ち着いてからお手洗いを出ると、男性と目が合った。彼だった。同じ学科の女の子と抱き合っていた。


 その後のことは覚えていない。気がついたら、病院にいた。


 目を開けて体を動かそうとすると、そばにいた看護師さんが支えてくれた。しばらくして、男の(見た目は40代ぐらい)先生が来て、病院へ運ばれた経緯を聞いた。それを聞いても、不思議と驚きはしなかった。今思うと、当時の私は恐ろしいぐらい冷静だった。

 病院へ運ばれる前、何があったのか聞かれた。病院に運ばれる直前の記憶を思い出した。彼のことだ。思い出した途端、手が震え、冷や汗が止まらなくなった。

 そこでまた、私の意識は途絶えた。


 再び意識が浮上すると、今度は別の部屋にいた。右を見ると、先ほどの先生より随分とお年を召した先生がいた。あの、と声をかけると、先生はゆっくりとこちらを見て、目を細めた。

「おはよう、よく眠れたかい?」

 しわがれていて、でも聞き取りやすい優しい声だった。


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