第2話

 香ばしい香りにつられ、目を覚ました。隣には既に彼の姿はなかった。

 

 リビングへと扉を開けると、香ばしい香りはさらに濃くなった。


「珍しい、今日はパンなんだ。」


 声を掛けると、彼はちらっとこちらを見て「おはよう」と言うと、すぐに手元の鍋に視線を戻した。右耳の上、寝癖が付いている。

 テレビでは、ちょうど星座占いが始まった。別に信じているわけではないが、見るのは好きだ。導かれるように、テレビの前へと移動した。


「よく眠れた?」


 自分の星座と彼の星座の順位を確認してから、彼の方を見た。先程の鍋の中身を移したのであろう小さな器を、テーブルに並べているところだった。


「おかげさまで。」


「それは良かった。俺も久しぶりによく眠れたから、少し寝過ぎた。」


「だからパンなんだ。ここ寝癖、付いてるよ。」


「え!?どこ!?」


 先程までの優雅な朝はどこへやら、慌ただしくリビングを出ていった。恐らく向かった先は洗面所だろう。顔を洗ってから朝食にしたかったが、仕方がない。先に朝食をいただくことにした。せっかくのパンも冷めてしまう。


 テレビで流れるニュースを見ながらパンを食べていると、彼が戻ってきた。いつの間にやら、仕事用の服に着替えていた。


「どう?」


「うん、直ってる。」


 ようやく私の向かいに座り、朝食をとり始めた。時間が無いのか、私より遅く食べ始めたのに、私より早く食べ終わった。


 忙しそうに移動する彼を横目に、私はゆっくりと朝食を食べていた。


「今日は、夕方会議があるから、もしかしたら遅くなるかもしれない。夕ご飯、買ってくるなり出前頼むなりしていいからな。お金はいつものところに置いておくから。」


 そう言い残して、彼は出ていった。


 リビングには、テレビから流れる天気予報の声だけが響いた。


 洗面台へ向かった。リビングより少しひんやりとしている。裸足だったために、一歩踏み出すたび、身体がゾワっと反応する。リビングから洗面台へは大した距離ではないが、洗面台へ着く頃にはその冷たさに慣れてしまっていた。


「あ...」


 一瞬、彼の忘れ物かと思った。洗面台の鏡の左下。いつもは何も置かれていないそこには、小さな水色の箱と白いカードがいた。


『誕生日、おめでとう』


 彼らしい、流れる水のような綺麗な文字だ。心臓からじわじわと熱が生まれ、足の先まで伝わっていった。


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