ホタル

@misakikanzaki

第1話

 ほう、ほう、ほたる こい

 あっちの水は 苦いぞ

 こっちの水は あまいぞ

 ほう、ほう、ほたる こい

 

 深く吐いた息は、月に届くことなく消えていった。少し肌寒く感じる風が、火照った体には心地よい。強くも弱くもない風が、肩に適当に掛けた布を、さらっと靡かせる。

 

 右目でさりげなく後ろを見れば、先程まで抱き合っていた男が、部屋の半分を占める大きなベッドで寝ている。ご丁寧に人一人分空けて。


 彼とは、愛し合う仲ではない。彼のことは愛していないし、彼も私のことを愛していない。ただお互いの欲を埋め合う、そういう関係なのだ。

 けれど、この関係は嫌いではなかった。彼との時間は、唯一私を、生きていると実感させてくれるからだ。


 大きな窓を開け、室内に戻った。先ほどより幾分か、熱は冷めている。彼が空けた人一人分のスペースへ潜り込む。起きているのか寝ているのか分からないが、彼が目を開けずに私の体を引き寄せ、大きな右手で私の後頭部を支えた。彼の匂いが、私の体を優しく包み込んだ。


 大多数の人から見れば、この関係は好まれたものではないことぐらい、分かっている。けれど私が生きていく上では、重要な関係なのだ。


 何が正しくて、何が正しくないのかが曖昧なこのご時世。この関係が一生続いたとしても、それでいいんじゃないか、そう思いながら私は目を閉じた。

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