第14話武術大会

 武術大会当日、仙洞門せんとうもんには大勢の人が集まっていた。そのほとんどは、仙洞門五氏の宗家一族や優秀な門弟たちである。仙洞門で修行中の若者たちの技量を確認しにきたのだ。

 当然、修行中の者たちは実力を出し切ろうと朝から浮き足立っている。武術大会で実力が認められると、仙洞門五氏の養子として迎えられる事もある。普段はだらしない格好の者でも、今日ばかりはちゃんと身だしなみを整えていた。

 その中でも際立って美しいのが思月娥ユエェである。元々、夏の花のように華美な容姿を持った彼女は、ここぞとばかりに着飾って、羽黒辰はぐろチェン家の長男を出迎えていた。

 

亮緯リャンウェイ大哥にいさん


 流石の美しい所作で、月娥ユエェ辰亮緯チェン・リャンウェイに挨拶する。他の仙洞門下の女性たちが嫉妬まじりに睨みつけているが、気にした風ではない。

 辰亮緯も妹のように大切にしている月娥ユエェの出迎えに、にこやかに微笑んだ。

 

(絶対、一番気合が入っているのは月娥ユエェだよ。間違いない)

 

 女性たちの嫉妬や羨望を一心に浴びても動じない月娥ユエェにマリエッタは感嘆した。

 自分にはできないことだ。

 辰亮緯は、弟の辰炎輝チェン・イェンフイと並び辰家の至宝と言われるほどの優秀な人物である。容姿も美しく、仙洞門で修行中の頃は「月の仙女」と言われるほどの美貌を誇っていた。加えて、春の日差しのように優しく穏やかな気性で男女問わず大人気であった。

 年頃の女性たちは、「辰亮緯チェン・リャンウェイの嫁は誰か」ということが一番の話題だ。

 辰炎輝チェン・イェンフイは、顔立ちはいいがその愛想の無さと生真面目さで今一歩、兄には及ばない。

 

「弓術部門に出場する者は、集合」

 

 最初は弓術から行われる。武術大会は自分が得意とする部門に出場すればいいので、マリエッタは剣舞部門だけの出場だ。

 弓術は人気種目のようで、炎輝イェンフイ月娥ユエェ高長ザンガオが出場している。

 マリエッタは、芳明ファンミンと共に三人の応援に回った。

 

 弓術部門は術が使える者と使えない者とで競い合うルールが異なる。

 術が使えない者は、遠方に設置された的をいかに正確に射るかだ。

 術が使える者は、動く的に弓を射る。その的には色々な術が施されていて、相剋する属性を付与した矢でなければ的に刺さらないようになっていた。

 瞬時に的の属性を判断し、それと反する属性を矢に付与する。そこで初めて、的に当たる条件が揃うのだ。

 ひと目見て的の属性を判断するというのは難しい。ほとんどの者は、属性を判断する術を自分にかけ、その後、矢に属性の術をかけと手間をかけている。

 月娥ユエェは、弓を打った後に的の属性を判断し、空中を飛んでいる矢の属性を補正した。それによって、他の者よりも多数の的を撃ち落としていた。

 しかし一番際立ったのは炎輝イェンフイである。

 炎輝イェンフイは、流れるように弓を連射する。時には三本弓を構え打った。どれも的の属性に合わせて矢の属性を変えている。

 的の属性の判断から矢の属性の決定まで流れるような動作だ。

 流れる水のようなしなやかさと、美しさに観客たちから歓声が上がる。

 

「一位、辰炎輝イェンフイ

 

 弓術部門が終わり、優秀者の名前がよばれる。辰炎輝イェンフイの名前が呼ばれた。誰もが納得の結果である。

 競技が終わり、マリエッタの隣に戻ってきていた炎輝イェンフイにマリエッタは、自分のことのように嬉しそうに笑顔で出迎えた。

 

炎輝イェンフイ、すごいのね。弓まで得意なんだ」

 

 炎輝イェンフイがマリエッタに微笑む。炎輝イェンフイが家族以外に微笑むのは珍しいので目撃した周囲の人々がざわめく。

 仲睦まじい二人に、一人の男性が近づいた。炎輝イェンフイはすぐに気がつき相手に向き直って拱手する。

 

「お久しぶりです。シャア宗主」

 

 シャア宗主は、烏の濡れ羽色の髪色と真紅の瞳をもつ美丈夫であった。鍛えられた身体は均整が取れていて彫刻のようである。歳のころは三十代半ばで、男盛りの色気のある人物だ。

 シャア家の証である鳳仙花の家紋入りで、朱色を基調とした服を着ている。袖口は錦糸で模様が刺繍されている豪華な衣装だ。冠も金細工で華美な装いがとても似合っていた。

 

阿炎アーイェンは、相変わらず素晴らしい腕前だね」

 

 阿炎アーイェンとは、炎輝イェンフイへの親しい呼びかけの名前だ。年上の幼馴染や、兄姉から呼びかけられることが多い。

 シャア家と辰家は仲が良いので、シャア家宗主は炎輝イェンフイが赤子の頃からよく知っている。

 シャア家宗主は、おっとりとした話し方ではあるが、目は理知的に光っている。油断のならない人物である。

 シャア宗主は炎輝イェンフイの隣にいたマリエッタに視線を向けた。

 

「君は?」

 

「マリエッタ・ドロレアと申します」

 

 炎輝イェンフイと同じようにマリエッタは、拱手した。

 

「ああ。君が例の、炎術に目覚めた子だね。君の噂は聞いているよ。楽しみにしている」

 

 シャア宗主は、他の子弟たちにも挨拶回りをするようで炎輝イェンフイたちの前から去っていった。

 

 

 

 剣舞部門の開催となり、マリエッタと炎輝イェンフイは準備していた。

 マリエッタが用意したのは、炎輝イェンフイには白、自分用には黒色の装束だ。いつも自分たちが着ている服装の色違いなので用意するのは簡単だった。炎輝イェンフイは、羽黒辰氏の色である黒と水をイメージした装飾品。マリエッタは朱と炎をイメージした装飾品を身につけている。陰陽相剋がひと目見てわかる関係だ。

 マリエッタは化粧もしている。

 公爵令嬢だった頃は、アレクセイに恥をかかせないため、家の名誉を傷つけないため、と負の印象を周囲に持たれないようにするために化粧していた。

 だが、今回は違う。

 少しでも自分たちの剣舞が上手に見えるようにという思いだ。

 炎輝イェンフイと自分に少しでもプラス評価になったらと願いを込める。

 

 服を着替え、化粧したマリエッタを見た炎輝イェンフイは、満足そうに微笑んだ。普段は世辞を言わない彼が「よく似合っている」とマリエッタの耳元で恥ずかしそうに囁いた。

 

 前の演技が終わり、会場中から拍手が沸き起こる。

 

「次の番だね」

 

 マリエッタは生唾を飲み込んだ。

 

「緊張しているのか」

 

「ちょっとだけ」

 

「俺も」

 

炎輝イェンフイも? そんな風には見えないけど」

 

 炎輝イェンフイは、マリエッタの手を掴み彼女の指先を握りしめた。マリエッタは口をぽかんと開けて、横に立つ炎輝イェンフイを見上げた。炎輝イェンフイはマリエッタを見下ろし、しっかり目を合わせ頷いた。マリエッタも同じように炎輝イェンフイを見つめ返し、深呼吸して微笑んだ。

 

「始まるぞ」

 

 炎輝イェンフイは手を離して、舞台へと上がっていた。その後ろ姿にマリエッタはついていく。

 手を離して寂しいと、思う気持ちに気がつかないふりをして。

 

 出だしは思いの外上手くいった。

 マリエッタと炎輝イェンフイは息がぴったりだった。鏡を見ているかのようである。

 風向きが変わったのは、マリエッタと炎輝イェンフイが剣に術を付与して体。マリエッタの剣に炎が宿り燃え上がる。何度か炎輝イェンフイと打ち合ううちに、マリエッタの瞳の色が真紅に変わる。

 炎輝イェンフイは最初に気がつき、わずかに眉を寄せた。次にマリエッタと打ち合った時、炎輝イェンフイは演技以上に力をこめて剣を受ける。

 マリエッタが本気で打ち込んできたのだ。

 マリエッタは不敵な笑みを浮かべ、炎輝イェンフイを追い込むように剣を振るう。観客たちも二人の異様な雰囲気に気がついた。

 

「目が赤い!」

 

 観客の一人が叫んだ。

 

 気がつかれたと、炎輝イェンフイは得意の水術を使い観客の視線を逸らす。いくつもの水の帯がマリエッタと炎輝イェンフイを取り囲んだ。水術がうまくマリエッタの目の色を観客から見えないようにした。

 踏み込んできたマリエッタに炎輝イェンフイは、水術で捕縛する。水術の捕縛から逃れようとするマリエッタに、炎輝イェンフイは懐から取り出した札をマリエッタの額に貼り付けた。

 札がぼっと燃え上がって灰になるとマリエッタの瞳は、空色に戻っていた。

 

 マリエッタは、周囲の状況を把握できていないのか不思議そうな顔して炎輝イェンフイを見つめている。炎輝イェンフイは水の捕縛を解いた。倒れ込んできたマリエッタを抱えて耳元で囁いた。

 

「気を失ったフリしろ」

 

「なんで?」


 マリエッタの問いかけに炎輝イェンフイは睨みつけることで黙らせた。マリエッタは訳がわからぬまま気を失ったふりをし、炎輝イェンフイに横抱きにされた。

 観客から黄色い悲鳴が上がる。

 

 なんとか「そういう」演目だと誤魔化せたようだ。

 炎輝イェンフイは、一礼した後マリエッタを地面に立たせて今度は二人並んで礼をする。

 ロマンスものを彷彿とさせる演技に会場から大きな拍手が沸き起こった。

 

 マリエッタと炎輝イェンフイが舞台から戻ってくると、シャア宗主が二人を自分の升席まで招いた。

 炎輝イェンフイとマリエッタは、拱手してシャア宗主の言葉を待つ。

 シャア宗主は、宗主として用意された升席に二人を座らせた。シャア家の従僕が二人にお茶を淹れる。

 

「マリエッタ、君は炎術の才能があるようだ。うちの息子との縁談も考えておいてはくれないか」

 

 シャア宗主は、マリエッタを気に入ったようだ。突然の申し出にマリエッタはほんの一瞬身体を強張らせ、息を呑んだ。

 炎輝イェンフイは、唇を横一文字に結んだまま袖口を払う。

 

「おや、辰家の貴公子と呼ばれた君が、そこまで感情を表に出すのは珍しいな」

 

 シャア宗主は、炎輝イェンフイのわずかな心の動きを理解したようだ。声が弾んでいる。

 炎輝イェンフイは、シャア宗主の方を見もせずマリエッタの手首を掴んだ。礼儀正しい炎輝イェンフイが相手を無視するなど珍しいことだ。

 

「マリエッタ、行くぞ」

 

「え?でも」

 

 炎輝イェンフイは、マリエッタを無理やり立たせてシャア宗主の前を後にした。マリエッタは、申し訳なさそうにシャア宗主の方へ振り返った。

 シャア宗主は、面白そうにマリエッタへ手を振る。それがますます炎輝イェンフイの機嫌を下降させた。

 

炎輝イェンフイ、いいの? あんな風に」

 

「そんなに泣きそうな顔しているのに?」


「私、わかりやすい?」


 マリエッタは、炎輝イェンフイから顔を背けた。唇を噛み締める。

 涙がこぼれ落ちそうだ。

 本当は、マリエッタは泣きそうだったのだ。「結婚」「婚約」にいい思い出はない。どうしても処刑された時のことを思い出す。

 情緒が不安定になったことをシャア宗主に問い詰められれば、罪人として国外追放されたことまで話さなければならない。

 炎輝イェンフイは、マリエッタが打ち明けたくない秘密まで話さなくてもいいようにシャア宗主の前から去ったのだ。

 少なくとも、マリエッタはそう思っている。

 

「うん」

 

 炎輝イェンフイは、マリエッタの手首をグッと握りしめた。

 シャア家の跡取りとの縁談話が出たときに、炎輝イェンフイは、胸の奥が燃えるような感覚があった。チリチリと焦がすような思い。

 気がついたらマリエッタの手首を掴んでいた。いつも冷静であろうとする自分には、考えられないことだった。

 

 ——これは、自分のものである

 

 暗い感情が心の底から湧き上がり、マリエッタを連れ人混みを縫うように足を進める。

 マリエッタをひと目のないところへ連れて行きたい。

 炎輝イェンフイは、人のいない方へと足を進める。

 マリエッタの目の色が赤く変わることを大勢の人に知られてしまった。今は、注目を浴びない方が良い。

 自然に足は、六角堂へ向かった。

 

 

 

 六角堂には人がいなかった。御堂自体は、鍵がかけられていて中に入ることはできない。二人は、六角堂の入り口の階段に座った。

 

「流石に六角堂には、人がいないのね」

 

 炎輝イェンフイは、マリエッタの手首を掴んだままである。マリエッタもそのままにしている。

 

「マリエッタ」

 

 炎輝イェンフイは、マリエッタの方へ向き直った。マリエッタの手首から両手へと移動し、そっと手を握る。互いの膝頭が触れ合う。

 

「話してもいいと思ったら、教えて欲しい」

 

 炎輝イェンフイはマリエッタの空色の瞳をじっと見つめた。マリエッタの瞳に自分の姿が映り込む。

 

炎輝イェンフイ

 

「うん」

 

 炎輝イェンフイは、懇願するように返事した。

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