第5話開花した才能
マリエッタは、とぼとぼと歩きながら女子棟に向かった。途中で
学舎近くで三人は、遅くなるまで集まって話をしていた。彼らも宿舎に帰る途中だった。マリエッタと合流する。慌てて六角堂から出てきたマリエッタから事情を聞いて
「それで出てきたの?」
「だって、剣幕がすごくて」
マリエッタは、六角堂へ振り返った。なぜか入り口で
マリエッタは、何も見なかったことにした。六角堂に背を向ける。
歩きながら
「あの
「課題どうしよう。全く終わらない」
落ち込んでいるマリエッタに
「適当に書けば終わるし」
「その適当が、できていないの。文字を正しく書くのも大変なのに」
「あ、そっか。マリエッタ文字もろくに書けないんだっけ。誰かのを写したらすぐにバレちゃうね」
「
「明日、謝りなよ。何を言って怒らせたのか知らないけど」
さすがにマリエッタは、
ちょうど宿舎の前まで来たので四人は立ち止まった。
「やっぱり私が悪いの?」
聞き返すマリエッタに、
「
「
マリエッタと
「ほらほら、部屋に帰ろう」
うじうじするマリエッタを
日の出とともに宿舎の前で
「あ、おはよう。
「おはよう。マリエッタ」
「どうした?」
「昨日は、ごめん」
「……! 思い出させるな」
「あ、はい」
「課題は?」
「終わっていません」
潔いマリエッタの回答に、
「授業後、六角堂へ」
溜息交じりに紡がれた言葉に、マリエッタは神妙に頷いた。
授業が終わり、二人で連れ立って六角堂へ向かう。
いつものように六角堂の定位置に座り、
「話を聞いていたのか?」
本を片手に
「いや、その……禁術の考え方は難しいわ。人を生き返らせてはいけないのは分かる。失敗するから。でも、時間を遡るのは、何故禁止なのかしら? 成功したか失敗したかは誰もわからないでしょう」
「本当に成功したのか、失敗したのかは当事者でなければ分からない。しかし、禁書に残る術を行使するのは禁止された」
「なんで?」
「大量の人の命が必要だったからだ」
「師父は、そこまで話さなかったわ」
「神話で有名な話だからしなかったのだろう」
緋国の神話では、時を戻そうとした皇帝が儀式のために臣民を虐殺する話が残されている。
マリエッタは腑に落ちないながらも黙ることにした。
ぺらぺらと本を捲りマリエッタは、『五行相関図』を指して
五行相関図は、仙洞五氏を代表とする木、火、土、金、水の五つの属性で世の中を表している図だ。
「ねぇ、私ってどのタイプかな」
「さあな。仙洞五氏に生まれた者は、自分の氏素性の特性を引き継ぐ場合が多い。俺の場合、
「石を触るだけで才能が開花するの?」
「石を触った時点で、その人物の特徴がわかる。ある程度成長すると、人間はそうそう考えや行動、好みを変えることはできない。石が示す特徴で修行すれば、鬼道が使える者もいる」
「使えなかったら」
「仙洞五氏以外で鬼道を使えない者は、多い。剣術を極めるか、後方支援に回るか。何も前線に出て妖魔を退治するだけが
「え? 単に妖魔退治をしているだけじゃないの?」
マリエッタは、国にいたころ
「仙洞門五氏は、そのまま緋国の領土を治める領主でもある。領民を健やかに過ごせるように整えるのは領主の役目だ」
仙洞五氏は領地を表す名字でもある。
「そうか。
「基本的に
「じゃあ、私が水術の才能に目覚めなかったら、卒業と同時に
「そうなる」
「寂しい! 明日、水術が開花するようにお願いしないと」
マリエッタの言葉に、
「どうしたの?」
「冗談でもそういうことを言うな」
マリエッタのまっすぐな視線から逃れるように
「え? 何が?
「出て行け!」
「え? またぁ。そこ、怒るところ? 事実よ」
「失せろ!」
マリエッタは、再び
仙洞門の奥に「天石」と呼ばれる大きな石がある。
天石の儀に参加する者の他に野次馬達も集まってきていた。
「これから『天石の儀』を行う」
天石の前には、
この石に触ることにより天恵が降り鬼道の術が使えるようになるという言い伝えがある。
マリエッタのような仙洞五氏以外の出身者は、全部で二十名ほどだ。全員が灰色の服装をしている。
ほかの参加者達は、石に触れただけで何かが起こった様子は見られない。
「マリエッタ・ドロニナ前へ」
マリエッタもほかの参加者と同じように天石に手を伸ばして触れた。
ヒヤリとした感触。普通の石のようだ。
何もないのか、と油断したところで触れた手のひらからしびれるような感覚が全身を駆け巡る。
――ぐっ
マリエッタは、お腹に力を入れて叫びそうになるのを堪える。
(え……なんだろう。体の奥が熱い)
マリエッタは、自分の視線がゆっくりと傾くのに気がついた。
――空が、青い
体が倒れることを知覚してもマリエッタは、足に力を込めて踏ん張れなかった。どうでもいい事が脳裏をよぎった。そのまま地面に崩れ落ちていく。
「マリエッタ!」
なぜか、今までに聞いたことがないほど慌てた
――ここは夢の世界だ。
マリエッタは、唐突に理解した。かつての自分の人生が周囲に映し出され早送りで過ぎていく。いつもアレクセイが「婚約破棄だ!」と言った時から人生が崩壊していく。エレオノーラが地べたに這いつくばるマリエッタを嘲笑した。
もう一段深いところに来た、とマリエッタは思った。あたりは闇に包まれている。どこへ進んでいるのかわからなかったがマリエッタは、前へ歩き出した。
明かりもないのに前方に「何かある」ことに気がついた。人がひとり入れそうな大きな箱が二つ並んでいる。
――棺だ。
マリエッタは、何故かそれが棺であると知っていた。見てはいけないと恐れる心がありながらマリエッタは近づき棺をのぞき込んだ。
棺の蓋は開いていた。中に眠っていたのはかつての自分達である。
マリエッタは声にならない悲鳴を上げた。
忘れられない。
今は生き延びれたとしてもかつて二回も冤罪で殺されたことを忘れたことはない。
――憎い!!
激情がマリエッタの体の中を駆け巡り燃え盛る炎となって体を焼き尽くすのを感じた。
次にマリエッタの意識が浮上した時は、天石の前ではない。どこかの部屋の天蓋付きの寝台に寝かされていた。
「ここは」
かすれた声でマリエッタが問えばすぐに返答があった。
「気がついたか」
「
「『天石の儀』で気を失ったのだ。どこかに痛みは? 体調は?」
「大丈夫。でもなんだか、体の奥に熱い芯があるみたい」
天石を触った直後、全身に痺れを感じた。そのままずっと体の芯が加熱されているような状態だった。
「儀式は成功したそうだ。修練を積めば鬼道が使えるようになる」
天石の儀が成功したと聞いてマリエッタは、起き上がって
「簡単な術を見せて」
今日ばかりはマリエッタの我が儘に
「よく見ていろ」
周りの景色を移し込んで虹色に飛んでいく水球の幻想的な美しさにマリエッタは、見惚れる。
「私もできるかな……?」
マリエッタも同じように右手のひらを上に向けて手のひらから水が出てくることを想像した。すると体の中心に燃えていた炎が右手のひらまで駆け抜ける感覚がした。次の瞬間、手のひらにぽっと蝋燭に点したような小さな炎が出現した。
「これは、炎術。
マリエッタが炎術の才能に開花した瞬間だった。
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