第4話六角堂
マリエッタの入門が決まった。彼女は、積極的に授業に参加した。しかし、文化の違いというのは大きかった。姉弟たちが当たり前のように知っていることでもマリエッタは知らないということは多々あった。
たちまち、マリエッタは落ちこぼれたのだった。
剣術の授業はまだついていける。騎士としての訓練のおかげで形にはなった。鬼道の座学では、まったく歯が立たなかった。
「マリエッタ、なぜ人を生き返らせせてはいけないのか答えよ」
指名されたマリエッタは、立ち上がってしどろもどろになりながら答えを導く。
「はい! えっと……反魂の術は、成功した事がないからです」
マリエッタの答えに
「人を生き返らせるのは、人道に反します。また、反魂の術で蘇るのは、
「よろしい」
「私の回答、割とあっていると思うんだけど」
「筆記試験なら原点だ。
マリエッタの質問にも容易く
「マリエッタ、
このままだとますますマリエッタが授業についてこられなくなると、判断した
今日の授業がすべて終わり、早々に帰ろうとしたマリエッタを
「六角堂」と呼ばれている六角形の建物である。
「何、ここ」
「書庫だ。お前にはまずこの国の常識から叩き込む」
板張りの部屋に木製の棚が所狭し、と並んでいる。棚には紙製の本や、木簡が積み上がっていた。ローテーブルが置いてあるところには畳が敷いてある。
丸窓からは、大きな藤棚が見える。ちょうど花の盛りだ。遠くの景色まで見渡せる長めの良い部屋だ。
「わあ、こんなに本が沢山ある」
マリエッタは、部屋に入るなり中央へ歩み出て辺りを見回す。
「珍しいか?」
「私の国で紙は、貴重でしかもこんなに薄くて綺麗じゃなかったわ」
マリエッタは、手近にあった本を手に取りぱらぱらとページをめくった。本の手触りはマリエッタの祖国で手にした本よりも滑らかだった。使われている紙は薄くて丈夫だ。
「緋国の言葉は読めるか?」
マリエッタは本に目を通す。どの文字も初めて見る。
「ほとんど読めません」
美しい筆運びにマリエッタは、感嘆の声を上げた。
「筆で小さく文字なんて良く書けるわね。綺麗な筆跡……これは何て書いてあるの?」
「お前は、ちょっとは黙っていられないのか」
「相手にしてくれたって良いじゃない。何が常識なのかわからないんだし」
「え? そこ、怒るところ? そんなに私のこと嫌い?」
マリエッタの妄言を
「まずは、これを読めるようになれ」
「なにこれ」
「本のタイトルだ。子供向けの神話が書かれている。鬼道は神話時代から脈々と続く術だ。神話が分かっていないと全く理解できない」
「お二人さーん、ご飯持ってきたよ」
マリエッタの前の背の低い机の上に、
「
マリエッタのお礼に
「その顔は、ここで食べたら本が汚れるとか思っているでしょ。机を片付ければ良いじゃん!」
「
「は? そんなことないし。そうだ、マリエッタにも教えておくけど、私は
「誰よ、それ」
「兄だ」
「ああ……だから、あの時『お兄様によろしく』って」
「分かった?
「それだと、
「なしなーし!
マリエッタと
「これ、よく出るけど何という食べ物なの?」
「
「この緑色の葉っぱは判るわ。コリアンダーね」
「そうか、おまえの国の言葉ではコリアンダーというのか」
「緋国ではなんというの?」
「
「同じものを食べているのね。米と野菜を区別しているのには驚いたけど。米は野菜よ」
「この国では主食だ。米がとれない地域では小麦を育てる」
マリエッタはひとくち口に含む。椎茸のだしの効いた味が口に広がる。野菜はくったりトロっとするまで煮てあってマリエッタの好みだ。
「具だくさんの塩味のスープって感じね。美味しい」
マリエッタの無邪気な笑顔を
「ん? 何どうしたの?」
「黙って食え」
自分の視線に気がついていたマリエッタから顔をそらし
「ずっと私のことを見つめてくるから、用があるのかなと、思って聞き返したのに」
「いいから黙って食え」
「横暴だわ!」
夕食も食べ終わりそろそろ自室に戻ろうかという頃、
「課題は終わったのか?」
「全然、ほとんど文字が書けないから進まないわ」
「威張っていうことか。手伝うからどこまでできた?」
「
マリエッタは、鞄から書きかけの論文を取り出す。論文を手に取った
「読めない。字が汚い。お前、字を書いたことはないのか!」
「筆なんて初めて使ったの! 私の国では羽根ペンよ。もっと堅い物で書いていたの」
「木の棒で書いたとしてもこんな字にはならない」
「それに代筆する人がいたから、字がうまくなる必要などなかったわ!」
「祐筆を雇えるとは、随分と高貴な出身なんだな」
思わず口を滑らせてしまった自分の個人情報にマリエッタは、慌てて口をつぐんだ。右手で口を押さえ
「
「話をそらすな」
「教えて」
マリエッタは、
マリエッタは頑なに自分のことを話そうとはしない。
「……まあ、いい。筆は、こうやって持って」
文字通りマリエッタの手を取り筆の持ち方から
本からはらりと、一枚の紙がマリエッタの机の上に舞い落ちた。
「何か本から出てきたわ」
何気なしにマリエッタは、紙を手に取り、大きく書かれた文字を読み出す。
「高級楼閣番付……? うわっ」
読み上げてからマリエッタは声を上げた。高級楼閣は、高級娼婦を置いている店だ。その番付表が挟まれていたのだ。
「いいから、貸せ。見るな」
「これ、
マリエッタが
「うるさい!」
「楼閣の番付を持っているぐらいで偏見を持ったりしないわ」
「俺の物ではない」
「見ればわかるわよ。そんなに赤くなっちゃって。
「そもそもお前だって、なんで楼閣という文字が読めて意味がわかる!」
「騎士団の遠征で緋国に来たことがあるわ。男性の騎士たちはみんな楼閣に通っていたから」
遠征に出る時、お互いの居場所を把握しておく必要があった。もちろん騎士団のメンバーは、そこが何している店なのかサービスの質はどうであったのかという話をマリエッタ達、女騎士の前ではしなかった。紳士である。
「ほう、騎士」
急に冷静になった
「あ……っと。ほら、もうこれ畳んでこうして挟んで置くから」
ついに
「挟むな!捨てろ」
潔癖症な乙女のような反応する
「そんなに初心の上に生真面目で大丈夫? 変な女に引っかからない?」
「黙れ! 失せろ!」
「え? ちょっと、課題を見てよ」
剣を突きつけられているのにマリエッタは、困った様に言った。その表情が余計に
「いいから、失せろ!」
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